異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

文字の大きさ
42 / 56
Chapter 4 一般の場合

4.6 Blowing up

しおりを挟む
 即席パーティにつきものと言われるのがパーティの分裂だ。

 エピックマンは移動した半神を追跡しに行ってしまったし、クレイトン+とは未だ連絡が取れていない。

 僕は魔法収納から自製の薬錠を取り出して飲み、ひとつ息を吐く。用心するに越したことはない。

 見事なパーティの分裂に際して、半神の召喚魔法には僕ひとりで対応する必要があるからだ。

 “簡単に行き来できるBijective”世界間での召喚は、同じ魔力応答の魔法を作用させれば送還できる。多くの場合、必要な魔力は、召喚対象から取得が可能だ。

 その召喚対象は、先ほどから横になって浮いていた。

 頭から生えた2本の黒巻き角と背中の羽は惡魔に特徴的な形質だ。白いブラウスと深紅のネクタイ、それから静かな夜のような礼装に身を包み、すらりと長く手足が伸びていて、両手首には灰色のリングが通っている。

 フォーマルな服装に反してだらーんとこちらを向く眠たげな彼女は、深紅の目の中央にくぼんだ黒い瞳孔でじっとりと僕を見ながら、気だるそうに口を開いた。

「還らない」

「そう言わないで。地界の御屋敷のみんなも心配してますから」

「や」

 半神の魔法で召喚されたのは、地界のとある屋敷に住む惡魔の姫様だった。僕も何回か地界で会ったことがあり、良く知っているはずだ。

 はずだという推論になるのは、僕の地界滞在の記憶が断片的なことによる。僕は、自分自身が世界間を移動する際にはあまり情報を運ばないように気を付けている。

「もうずっとここで暮らす」

「こんな何もない所より、もっと楽しい所がありますよ」

「墮落のかしあありあに、樂しさはいらないの。樂しくないのは、樂しさを希望するからなの」

 空間に染みつく姫様は、いつのまにか手に持っていた棒状の飴をあじあじしている。

「食む魂さえあればいい。こういう虛ろなる魂でも、墮落しきったかしあありあには構わないの」

「またそんなこと言って」

 ダンジョン内のモンスターは倒すと実体が消える、魔法生物がほとんどだ。
 その魔法生物を加工したものが、姫様が持っている棒状の飴だ。この飴は、地界の嗜好品として広く親しまれている。ただし本来は魔法生物は原料に適さず、確か、何か別のものを用いるはず。

 動作もなくランク8の階層のモンスターを棒飴へと変えた姫様を見る。やはりというか、深紅の目と没した黒瞳に光は宿っていない。

 この活力の無さで、よくここに召喚されてきたと思う。地界の御屋敷でも奥まった自室から1歩も出ていなかったのに。

 とにかく、活力が低い状態で安定化してしまっているのなら、外部から活性化するしかない。平地で止まった荷車にぐるまは、押すか引けば動き出す。

 僕が近寄っていって手を差し出すと、姫様は表情を変えずに手を乗せて返した。

「せっかく喚ばれたことですし、少し探検していきましょう」

「や」

 意気揚々と歩き出した第1歩で足が止まった。
 僕の伸び切った腕の先には、変わらず横たわって空中に静止する惡魔が、びくともせずに繋がっている。

 けれども感触が、握っているはずの手の感触がない。

 てのひらの温度であるとか、握ることで生じるはずの微妙な圧力や応力の変化、その一切が感じられなかった。

 今度は腕の先端がゆっくりとたぐり寄せられ、身体ごと空間に引き込まれていく。

 そうして僕は姫様の隣に寝転んで浮かんだ。繋がれた手首の先にある灰色のリングが、しゃらんと音を立てた気がした。

 まるで世界に溶けてしまうかのような、穏やかな安らぎが僕を支配していく。

 僕はもう重力からも解放されて、こんなに近くで向かい合う姫様がいることさえ気にならない。

「熱くも冷たくもない。重くも輕くもない。ここは何も起きない平穩なの。もうずっと、苦悶も愉悅もないここで暮らそ」

 表情を変えずに寝転がる惡魔は、ギザギザした歯で食んだ棒飴を、僕の弛緩しかんした口に近付けた。

「一緖にどこまでも墮ちよ。墮落した知性の魂は、あとで食んであげるから」

 ひと食みごとに深く、深く、意識の深い所に下っていく。

 姫様は、僕に食ませて小さくなってきた棒飴から手を放した。その手には新しい魂が握られている。
 そして、舌先で自分の唇をペロリと舐めて、その棒飴をとても緩慢に、あじあじと食む。

「無限の平穩へよども。墮落の地界、かしあありあがキミと一緖なの」

 僕のなくなった触覚に続いて、視覚や聴覚さえも希薄になりつつあるのかもしれない。恐らく、僕はそれさえ感じられなくなってきているんだろう。

 それでも。

 例え触れるものが感じられなくても、実在そのものが無くなっているとは感じられない。ただ今は、それらを自分で感覚する能力が姫様によって妨げられているのだろう。

 世界とそこにいる僕たちは実在している。

 測定すれば温度や、物質としての質量は定性できるはずだ。僕はそれを確かめたいと思う。

いつか僕が進歩を止めるまで、平穏はなくてもいい。

【Using: Injector注射

 魔法によって、僕自身に薬剤が注入された。

 薬効成分によって、僕の身体は電撃的に活性化されて起き上がり、僕を繋ぎとめていた姫様もろとも勢い余って地面に落下した。

「痛たた…。注入量が多すぎたかな」

「かしあありあをベッドから墮とすなんて、どうでもいいことをする」

「すみません。このクッションを代わりに使ってください」

 魔法収納から取り出した白いクッションを膨らませて姫様を乗せると、彼女はとても億劫おっくうそうにクッションに沈み込んだ。

 既に立ち上げてあった分析機器は正常に動作して実域の数値を表示し、つまりこの世界が実在していることを示している。

 それが分かれば次は、この準安定構造の階層に特異点があるのかを調べてみよう。

 半神の召喚魔法により横やりが入っているけれど、当初の目的通りに《魔王城》を攻略可能な状態に保つ必要がある。

「そのためには、こういう特異な所が多いと良くないわけです。少なくとも魔王が認識できる範囲は、滑らかな空間でないと」

「かしあありあのベッドだったの」

「今日のところは、僕の持ってきたクッションで我慢してください」

 調べてみると、どうも姫様がよどんでいた空間が特異点になっている。

 特異点というのは、例えて言うなら、こんがらがってしまった糸のような空間だ。どうにかほぐしてやる必要がある。

 幸いなことに今回の特異点は、射影幾何Projective geometryを応用することで比較的簡単に解消できる。

 糸をほどく時は、力任せに引っ張ってもうまくいかないことが多い。絡まっている所は、うまく緩めて伸ばして解きほぐす。

 夕陽で影が伸びていくように、特異点の近傍を射影して引き伸ばす。色々な方向に引き伸ばす操作を何回か繰り返すことで、この特異点は必ず解消できる。

 そして、特異点を解消することで《魔王城》は行儀よく振る舞うようになり、勇者が攻略しやすくなる。

「しんどそう。何もかも止めて墮ちれば辛さも感じないのに」

「大変ではありませんよ。ここまでくれば自動でできるので」

 魔法による自動操作を実行し、僕は自製の薬錠を飲む。
 
 特異点が解消されればこの空間は滑らかになり、自然になる。すなわち、この階層は《魔王城》として行儀よく振る舞うようになる。

 そうすれば、魔王は僕たちに介入するかもしれない。ランク2の階層でエピックマンの竜鱗を使えなくしたように。

 僕は予備の魔法収納を姫様に差し出す。

「姫様には、魔王からの呼び出しがあるかもしれません。クッション等の道具を入れておけるので、良ければ使ってください」

「これはいらない」

「そうですか。じゃあ、そのクッションも要らないですか? 高価なものなので、できれば返して頂けると」

「や」

「…まあいいか」

 大きく膨らませた白いクッションに抱き着いてだらける姫様は、相変わらずの虚無のわがままで僕の提案を拒否した。

「それでは、僕は別の階層に行こうと思うので、姫様はお好きなタイミングで還るようにしてください」

「いってらっしゃい」

 魔王が介入する前に別階層に移動するため、姫様を放置して先へ進んでしまうことにした。

【Caution: Magion Detected】

 数歩進んだところ、特異点の解消が終わっていたようで、魔力介入が検出された。思ったより早く解けたな。

 ダンジョンマスターによる介入は、恐らく戦力として姫様を呼び寄せるためのものだろう。ただし浅層で戦力として働くとは到底思えないので、特に害はないと判断できる。

 そう考えていた所、魔力板に表示された応答を見て、僕はかなり驚いた。

「って、僕も喚ばれてるのか?」

「おかえり。かしあありあは、お世話がいるの」

「何もいらないって言ってませんでした?」

「キミがわたしを起こしたから、しんどい」

 全然そうは見えないものの、姫様が嘘をつく必然性もない。しんどいというのなら、要望通りにお世話係になることにしよう。

 こちらに伸ばされた手を取ると、魔法の光が僕たちを包み込んだ。
















 魔法現象に伴う光が減衰してくると、僕たちの前には2つの輪郭りんかくが浮かび上がった。

「おっしゃあ! SSR演出来た!!!」

 僕より年上と見られる男性は、無造作な黒髪で、魔鎧らしき武装を身に纏い、何かに喜びの声を上げていた。

「魔王様、SSRとは何でしょうか」

「めっちゃレアってこと。課金なしで引くなんてスゲー運だよ、クレイン!」

「恐縮です」

 もうひとりは、頭上に猫耳を有する猫獣人キャットヒューマルの女性だった。ピンクブロンドの髪を左右にひと房ずつ垂らしたツインテールで、膝下まで覆う星降ほしふるポンチョを着込んでいる。

 そして、首元には奴隷の証たる首輪が装着されていた。
 
 それが、クレイン、と呼ばれている。猫獣人キャットヒューマルで、クレイン。…クレイン。
 思わず表情が硬くなる僕に、クレインの金色の瞳が向けられる。

Hello, world!ハローワールド

 クレイトン+、何やってんの君は。

 視界に表示されるメッセージは、同僚の合流を告げていた。王都からやってきた、くたびれた男であったはずの。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

処理中です...