異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 4 一般の場合

4.6 Blowing up

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 即席パーティにつきものと言われるのがパーティの分裂だ。

 エピックマンは移動した半神を追跡しに行ってしまったし、クレイトン+とは未だ連絡が取れていない。

 僕は魔法収納から自製の薬錠を取り出して飲み、ひとつ息を吐く。用心するに越したことはない。

 見事なパーティの分裂に際して、半神の召喚魔法には僕ひとりで対応する必要があるからだ。

 “簡単に行き来できるBijective”世界間での召喚は、同じ魔力応答の魔法を作用させれば送還できる。多くの場合、必要な魔力は、召喚対象から取得が可能だ。

 その召喚対象は、先ほどから横になって浮いていた。

 頭から生えた2本の黒巻き角と背中の羽は惡魔に特徴的な形質だ。白いブラウスと深紅のネクタイ、それから静かな夜のような礼装に身を包み、すらりと長く手足が伸びていて、両手首には灰色のリングが通っている。

 フォーマルな服装に反してだらーんとこちらを向く眠たげな彼女は、深紅の目の中央にくぼんだ黒い瞳孔でじっとりと僕を見ながら、気だるそうに口を開いた。

「還らない」

「そう言わないで。地界の御屋敷のみんなも心配してますから」

「や」

 半神の魔法で召喚されたのは、地界のとある屋敷に住む惡魔の姫様だった。僕も何回か地界で会ったことがあり、良く知っているはずだ。

 はずだという推論になるのは、僕の地界滞在の記憶が断片的なことによる。僕は、自分自身が世界間を移動する際にはあまり情報を運ばないように気を付けている。

「もうずっとここで暮らす」

「こんな何もない所より、もっと楽しい所がありますよ」

「墮落のかしあありあに、樂しさはいらないの。樂しくないのは、樂しさを希望するからなの」

 空間に染みつく姫様は、いつのまにか手に持っていた棒状の飴をあじあじしている。

「食む魂さえあればいい。こういう虛ろなる魂でも、墮落しきったかしあありあには構わないの」

「またそんなこと言って」

 ダンジョン内のモンスターは倒すと実体が消える、魔法生物がほとんどだ。
 その魔法生物を加工したものが、姫様が持っている棒状の飴だ。この飴は、地界の嗜好品として広く親しまれている。ただし本来は魔法生物は原料に適さず、確か、何か別のものを用いるはず。

 動作もなくランク8の階層のモンスターを棒飴へと変えた姫様を見る。やはりというか、深紅の目と没した黒瞳に光は宿っていない。

 この活力の無さで、よくここに召喚されてきたと思う。地界の御屋敷でも奥まった自室から1歩も出ていなかったのに。

 とにかく、活力が低い状態で安定化してしまっているのなら、外部から活性化するしかない。平地で止まった荷車にぐるまは、押すか引けば動き出す。

 僕が近寄っていって手を差し出すと、姫様は表情を変えずに手を乗せて返した。

「せっかく喚ばれたことですし、少し探検していきましょう」

「や」

 意気揚々と歩き出した第1歩で足が止まった。
 僕の伸び切った腕の先には、変わらず横たわって空中に静止する惡魔が、びくともせずに繋がっている。

 けれども感触が、握っているはずの手の感触がない。

 てのひらの温度であるとか、握ることで生じるはずの微妙な圧力や応力の変化、その一切が感じられなかった。

 今度は腕の先端がゆっくりとたぐり寄せられ、身体ごと空間に引き込まれていく。

 そうして僕は姫様の隣に寝転んで浮かんだ。繋がれた手首の先にある灰色のリングが、しゃらんと音を立てた気がした。

 まるで世界に溶けてしまうかのような、穏やかな安らぎが僕を支配していく。

 僕はもう重力からも解放されて、こんなに近くで向かい合う姫様がいることさえ気にならない。

「熱くも冷たくもない。重くも輕くもない。ここは何も起きない平穩なの。もうずっと、苦悶も愉悅もないここで暮らそ」

 表情を変えずに寝転がる惡魔は、ギザギザした歯で食んだ棒飴を、僕の弛緩しかんした口に近付けた。

「一緖にどこまでも墮ちよ。墮落した知性の魂は、あとで食んであげるから」

 ひと食みごとに深く、深く、意識の深い所に下っていく。

 姫様は、僕に食ませて小さくなってきた棒飴から手を放した。その手には新しい魂が握られている。
 そして、舌先で自分の唇をペロリと舐めて、その棒飴をとても緩慢に、あじあじと食む。

「無限の平穩へよども。墮落の地界、かしあありあがキミと一緖なの」

 僕のなくなった触覚に続いて、視覚や聴覚さえも希薄になりつつあるのかもしれない。恐らく、僕はそれさえ感じられなくなってきているんだろう。

 それでも。

 例え触れるものが感じられなくても、実在そのものが無くなっているとは感じられない。ただ今は、それらを自分で感覚する能力が姫様によって妨げられているのだろう。

 世界とそこにいる僕たちは実在している。

 測定すれば温度や、物質としての質量は定性できるはずだ。僕はそれを確かめたいと思う。

いつか僕が進歩を止めるまで、平穏はなくてもいい。

【Using: Injector注射

 魔法によって、僕自身に薬剤が注入された。

 薬効成分によって、僕の身体は電撃的に活性化されて起き上がり、僕を繋ぎとめていた姫様もろとも勢い余って地面に落下した。

「痛たた…。注入量が多すぎたかな」

「かしあありあをベッドから墮とすなんて、どうでもいいことをする」

「すみません。このクッションを代わりに使ってください」

 魔法収納から取り出した白いクッションを膨らませて姫様を乗せると、彼女はとても億劫おっくうそうにクッションに沈み込んだ。

 既に立ち上げてあった分析機器は正常に動作して実域の数値を表示し、つまりこの世界が実在していることを示している。

 それが分かれば次は、この準安定構造の階層に特異点があるのかを調べてみよう。

 半神の召喚魔法により横やりが入っているけれど、当初の目的通りに《魔王城》を攻略可能な状態に保つ必要がある。

「そのためには、こういう特異な所が多いと良くないわけです。少なくとも魔王が認識できる範囲は、滑らかな空間でないと」

「かしあありあのベッドだったの」

「今日のところは、僕の持ってきたクッションで我慢してください」

 調べてみると、どうも姫様がよどんでいた空間が特異点になっている。

 特異点というのは、例えて言うなら、こんがらがってしまった糸のような空間だ。どうにかほぐしてやる必要がある。

 幸いなことに今回の特異点は、射影幾何Projective geometryを応用することで比較的簡単に解消できる。

 糸をほどく時は、力任せに引っ張ってもうまくいかないことが多い。絡まっている所は、うまく緩めて伸ばして解きほぐす。

 夕陽で影が伸びていくように、特異点の近傍を射影して引き伸ばす。色々な方向に引き伸ばす操作を何回か繰り返すことで、この特異点は必ず解消できる。

 そして、特異点を解消することで《魔王城》は行儀よく振る舞うようになり、勇者が攻略しやすくなる。

「しんどそう。何もかも止めて墮ちれば辛さも感じないのに」

「大変ではありませんよ。ここまでくれば自動でできるので」

 魔法による自動操作を実行し、僕は自製の薬錠を飲む。
 
 特異点が解消されればこの空間は滑らかになり、自然になる。すなわち、この階層は《魔王城》として行儀よく振る舞うようになる。

 そうすれば、魔王は僕たちに介入するかもしれない。ランク2の階層でエピックマンの竜鱗を使えなくしたように。

 僕は予備の魔法収納を姫様に差し出す。

「姫様には、魔王からの呼び出しがあるかもしれません。クッション等の道具を入れておけるので、良ければ使ってください」

「これはいらない」

「そうですか。じゃあ、そのクッションも要らないですか? 高価なものなので、できれば返して頂けると」

「や」

「…まあいいか」

 大きく膨らませた白いクッションに抱き着いてだらける姫様は、相変わらずの虚無のわがままで僕の提案を拒否した。

「それでは、僕は別の階層に行こうと思うので、姫様はお好きなタイミングで還るようにしてください」

「いってらっしゃい」

 魔王が介入する前に別階層に移動するため、姫様を放置して先へ進んでしまうことにした。

【Caution: Magion Detected】

 数歩進んだところ、特異点の解消が終わっていたようで、魔力介入が検出された。思ったより早く解けたな。

 ダンジョンマスターによる介入は、恐らく戦力として姫様を呼び寄せるためのものだろう。ただし浅層で戦力として働くとは到底思えないので、特に害はないと判断できる。

 そう考えていた所、魔力板に表示された応答を見て、僕はかなり驚いた。

「って、僕も喚ばれてるのか?」

「おかえり。かしあありあは、お世話がいるの」

「何もいらないって言ってませんでした?」

「キミがわたしを起こしたから、しんどい」

 全然そうは見えないものの、姫様が嘘をつく必然性もない。しんどいというのなら、要望通りにお世話係になることにしよう。

 こちらに伸ばされた手を取ると、魔法の光が僕たちを包み込んだ。
















 魔法現象に伴う光が減衰してくると、僕たちの前には2つの輪郭りんかくが浮かび上がった。

「おっしゃあ! SSR演出来た!!!」

 僕より年上と見られる男性は、無造作な黒髪で、魔鎧らしき武装を身に纏い、何かに喜びの声を上げていた。

「魔王様、SSRとは何でしょうか」

「めっちゃレアってこと。課金なしで引くなんてスゲー運だよ、クレイン!」

「恐縮です」

 もうひとりは、頭上に猫耳を有する猫獣人キャットヒューマルの女性だった。ピンクブロンドの髪を左右にひと房ずつ垂らしたツインテールで、膝下まで覆う星降ほしふるポンチョを着込んでいる。

 そして、首元には奴隷の証たる首輪が装着されていた。
 
 それが、クレイン、と呼ばれている。猫獣人キャットヒューマルで、クレイン。…クレイン。
 思わず表情が硬くなる僕に、クレインの金色の瞳が向けられる。

Hello, world!ハローワールド

 クレイトン+、何やってんの君は。

 視界に表示されるメッセージは、同僚の合流を告げていた。王都からやってきた、くたびれた男であったはずの。




 
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