異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 4 一般の場合

4.13 Oracle

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 僕たちはマイティ・マジカル・ハンマーを掲げる英雄に集まっていた。

「見たか,このエピックマンの雄姿を!」

「あれだけの特異点が一網打尽、さすがはエピックマン」

「あのヨロイは墮ちそうにないの」

 クレインだけは大した感動もなさそうに、星降ほしふるポンチョの中で腕を動かした。

「これで行儀の悪かった召喚勇者は、浅層から取り除かれたと推定されます」

 《魔王城》の浅層は自然な構造に相転移した。自然な《魔王城》に出現しないような存在は不利になって、少しの魔力で簡単に追い出される。

 追い出される先は例えば、いわゆるダンジョンの超階と呼ばれる場所だ。厳密には元のダンジョンとは異なる時空間になっている。

 そして、僕たちが今いる場所も《魔王城》の超階の一部である。

「しかし,魔王さえもこちら側に来るとはな」

「クレイトン+の推定では魔神が宿ってるって話だからね」

 魔王への対応をどうしたらいいだろうか。

 超階に移動してきた魔王や勇者は、超自然的に異世界から召喚された召喚者である。ここは基本に立ち返り、超然な状態を自然な状態にすればいいだろう。

「神を分離して宿主を元の世界に送還できる状態にするのが自然かな。勇者と同じ対応で済むし」

「元の世界に還すのは良いが,《魔王城》に魔王が不在では困りごとだろう」

「自然な《魔王城》なら代理が立つんじゃないの。昔も魔王配下の下剋上げこくじょうとか、似たようなことあったらしいし」

「不確かな成り行き任せは避けるべきです。私の案を話しましょう」

 クレインは金色の猫目をまたたかせると、計画を語り出した。

「まず召喚者を皆殺しにして超然現象を分離する。ここまではルーンと同じです」

「僕がいつ皆殺しにするなんて言ったのかな」

「さっきの魔王より魔王らしいの」

 僕たちの反応を尻尾で払ってクレインは説明を続ける。

「死体を操作して魔王に据えておき、事が済んだら死者をまとめて強制送還。これで後腐れありません」

「物騒が過ぎる.俺達の住む世界で生きようという者もいるだろうに」

「魔神が宿る魔王がここにいる以上、既に私たちの住む世界に問題が生じている可能性があります。手段など選んでいる状況ではないでしょう」

 魔神の存在は、僕たちの住む世界で実在するモンスターと関連があるとされている。もし世界から魔神の存在がなくなれば、モンスターの挙動に影響する可能性は十分にある。

「しかし、エピックマンの意見にも1理ありますね。手段を問わないのであれば、ギルド職員として勇者の生存率上昇を目指す方が好ましい」

 クレインは猫耳を立てて僕の方に向けた

「それではルーン、適当に蘇生させてください」

 確かに僕は術理で召喚した惡魔に、死者の蘇生をしてもらった実績がある。ただし今回は蘇生対象が段違いに多い。この規模では姫様にお願いするか、どうしようか。

 背中から僕の耳元で、ひっそりとした夜のような声が聞こえた。

「かしあありあとの契約に至る對價たいかは、ルーンの命すべて。それ以外にないの」

「やっぱりそうですよね。もう少し考えるので、少々お待ちください」

 契約すべきかどうかを考えて、僕は向こうでたおれている魔王に目を付けた。魔神と推定される超然現象を利用すれば、うまく対価を支払えるだろう。

「無限の力を利用しよう」

「そう来るか….神からの猛襲にどう受けて立つかも,ひとつの観せ場になるな」

「ルーン、エリクサーを。まずは魔王を起こします。そこから神を引っ張り出すのは難しくありません」

 尻尾で薬瓶を受け取ったクレインと一緒に、僕は魔王に近寄った。

 死んだように動かない第29代魔王から、呪詛じゅそ怨嗟えんさにまみれた渇望が感じられる。


ふざけんな 俺じゃない
       どうして 濡れ衣
     違うだろッ
  裏切ったのか     同じ苦しみを
    絶対に  お前もか
殺す 殺してやる


「キミの渴望は、かしあありあとの契約には至らないの」

「まだ契約は不要です。ここは私がいます」

 眠そうにこぼす姫様に答えたクレインは、エリクサーで第29代魔王を回復させた。

「どういう、つもりだ。俺を回復して」

「私の目的は他者を傷つけることではありません。私の意図しない所で勝手に苦しむ者は出るようですがね。常々、不可解なことです」

「てめぇ…!」

「特にその、“怒り”と呼ばれる感情には、不思議な傾向が観察できます」

 クレインは尻尾をピンと立てて、第29代魔王を遮った。

「“怒り”で不快になるのは貴方自身。その貴方自身の精神的苦痛が、他者への暴力により解消されるという確信を持つ。この確信は、怪我などの身体的苦痛に対しては、めったに見られない考え方です」

 怪我をしたら、魔法やポーションで回復するか、自分の治癒力に期待するのが普通の考え方だ。他者を怪我させると自分の怪我が早く治ると思うのは、よっぽどの特殊事例だろう。

「目的は自らの精神的不調の解消。その最も効率的な手法は、魔法や薬による感情制御です。幸いなことに専門家がいますから、実演して貰いましょう」

「“怒り”を異常とするかは、本来は慎重に考える必要があるんだけれど」

 僕はバッグから魔導書を取り出し、ページを開いて特殊紙に魔法陣を転写した。

「魔王さんの要望は、魔王さんと同じような精神的苦痛をクレインに味合わせるというものですね。ここでは、“怒り”という状態を変換する魔法を、魔王さんとクレインに作用させます」

 感情の抱き方は個別に差があり、厳密に等価な感情を他者に与えることはできない。変換の対象になるのは、それぞれの“怒り”について、魔王とクレインで共通する部分だ。

 今回はクレイトン+がGUIを用いた精神介入を既に実施していることが重要だ。

 なぜならばふたりの状態を、共通のシステム、ここではGUIで関連づけることができるからだ。ちょうど、冒険者の状態がギルドカードの内容と関連づけられるように。

 ただし、“怒り”という心情は、クレイトン+のシステムには表現されない。よって、“怒り”を共有で扱える別のシステムを考えて、対称操作Symmetry operationを行う。

 ここでは、そのシステムが具体的に何なのかを知る必要は無くて、変換の構造にのみ注目すればいい。
 今回の場合、上記した変換、すなわち対称操作は群を成し、その群は壁紙群Wallpaper grouppmmと群同型Group Isomorphismだ。

 魔力を行使して魔王とクレインの感情状態を変換すると、第29代魔王はき物が落ちたように表情を無くした。

「これで、精神的苦痛は解消されているはずです。怒りの心情について、魔王さんは無い状態、クレインは有る状態になりました」

「心情を入れ替え…? だったら、だったら何故、あいつは平然としているんだ!! 俺の苦しみは! 怒りは! そんなもんじゃ無かったはずだ!」

 立ち上がった第29代魔王が震える指で差す先、僕から受け取っていた薬錠を飲み干したクレインは、変わらずの無表情のままで口を開いた。

「私にとっては、魔法と薬物で容易に制御できる、ひとつの状態に過ぎません」

「…ふ、ふざけるな! 人の気持ちを玩具おもちゃのように扱いやがって!」

「得体のしれないGUIに入力を繰り返し、あげくに他者を隷属れいぞくさせる魔法を用いたりすれば、解析されて玩具にされるのは当然の理屈です」

 クレイトン+のシステムは、GUIを通した入力から、魔法という出力を得る。

 心を操作する魔法について入出力情報を解析すれば、入力と出力をいれ替えるための魔力応答が得られる。僕たちの世界の変換魔法は可逆Reversibleだから、逆に心を操作されるのは自然と言えば自然だ。

「まあ、貴重なデータの提供には感謝致します。私の“ゲーム”のアップグレードにも寄与することでしょう」

 でも、この召喚者にとっては、とても不条理に感じられたのだろう。ワナワナと震えて拳を握る魔王に、クレインは表情を変えずにお辞儀じぎをした。

「貴方はここでゲームオーバーです。元の世界でのご健勝、お祈り申し上げます」

「テメェーーーーーー!!!!」

 第29代魔王から不穏な瘴気がにじみ出し、あちこちが破れたりズレたりした空間に、じわじわと広がっていく。

「解消された精神的苦痛を、再び得ようとする。想定した事とはいえ、実に不可解です」

「これまで経験してきた出来事全てが、感じてきた心情の全てが、今の俺を作り上げてんだ。お前達のやっていることは……生命への冒涜ぼうとくだ!」

 揺らめく黒い不穏が魔王の姿を隠した。

【Using ghost_restitution】

 不意に出現した漆黒のかまが僕たちの首を刈り取ろうとして、そのまますり抜けていった。

「戦闘の可能性がある環境で、安全策を講じていないとでも思いましたか」

「ふざけやがって…。どういうスキルだ?」

「スキルでいえば、“力技《レジェンドハート・アクション:不弾性衝突》”と、表現するのでしたか。このようなケースでは、反発係数を負値に設定すれば、多くの物理攻撃はすり抜けます」

 物理的攻撃にはエピックマンの、魔法的攻撃には僕のシステムが強い。そして、超自然的環境下でのシステム連携は、クレイトン+により実施されている。

 系内にいる僕たちに攻撃が通用する確率は、ほとんどゼロだ。

「屁理屈はそれだけか?」

「ぅぐっ!??」

 だから、クレインが殴り飛ばされたのは、とても運が悪い結果と言える。

 濃い瘴気を纏う第29代魔王は、吹き飛んで横向きに倒れ込んだクレインを見下ろした。

「生存する…命ってのはなぁ、理屈じゃねえんだよッ お前らがどれだけの防御を築いても、それを破んのに理屈なんざ必要ねェ!!」

「………」

 膨らみ続ける魔力は、まるで別の実在が混ざってきているみたいだ。

「理屈じゃあどうにもならねえ魔の混沌。感情っつう混沌の力は、相手が何だろうが理屈なくブッ殺すんだよ。隣の奴を殺しッ! 生き残るのにッ! 理屈などあってたまるかッ!!」

「………やはり、魔神が出てきましたか。……ならば、こちらも…計算機を、変えましょう」

 かすれた声を出すクレインは膝を立てて上体を起こし、星降ほしふるポンチョの中で腕を動かした。

 ピンクブロンドの猫耳と尻尾が両目と同じ金色になり、顔も短い毛に覆われて、動物のような顔つきに変化していく。

 そして同じく金色の毛に覆われた両手足を地面につき、よろめきながら4つ足で立ち上がろうとする。

「ふん、獣神の因子を覚醒かくせいさせたか」

「相手が_魔神の力、であれば、私_もパワーを取るまッ……」

 やや濁った声を発し終わる前に、覚醒したクレインは頭から叩きつけられ、床面にクレーターを生じた。

「血沸き肉おどる混沌を直視せん奴に何ができるッ! 平和ボケした馬鹿共が上から目線で講釈垂れやがって…。戦いだってのに、安全などあるわけ無ェだろッ!」

 魔王を取り巻いていた漆黒の瘴気が、巨大な魔神を成していく。

「死を匂う強烈な痛みなくして何が戦いだ! 死んだ者が生き返るなど何が生命だ! これからお前たちの爪を剥ぎ、生皮を剥がし、生きたまま身体の端からゆっくりと切り刻んでやる。死までの無限の時間の中、その身で真理を存分に味わえッ!!!」

 魔神から生じるエネルギーは、無尽蔵に滅茶苦茶な増大を続け、僕たちではもうどうしようもない規模になりつつある。

「あのふざけた駄神共の相手をする前に。まずお前だよ、クレイン。こんな抜けた外套ポンチョで俺から身を護れると……」

 星降ほしふるポンチョを漆黒の脚甲で破いた魔神は、そこで動きを止めた。

「………何だ、お前…生き物か?」

【言ったでしょう。計算機マシンを変えると】




 
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