異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 4 一般の場合

4.12 Structual phase transition

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 横になっている緑兜の隙間にポーションを流し込む。

「エピックマンがボロボロになるなんて驚いたよ」

「……まったく,このマイティ・マジカル・アーマーがなければ危ないところだぞ」

 姫様が背中越しに僕のエプロンを触る。

「ルーン。ヨロイに着替えるのは、や」

「姬樣、あれはエピックマン専用装備ですから」

「装備や道具がクエストの明暗を分ける.俺としては,そんな軟派な装備でのぞむお前に驚かされるな」

 硬派な緑鎧を着こむエピックマンは、片手のガントレットをひらいて高く掲げる。

 拳を握りしめて伸びた腕を引き寄せると、その手にはゴーレムの核が掴まれていた。

 エピックマンが手にした核の先で、クレインの尻尾がぷらぷらと揺れている。

「ゴーレムはやはり壊れたが,どうにか核だけは届けられたな」

「必達の目標です。このデータが無ければ計画に支障が出ます」

 渡される核は、器用に動くクレインの尻尾とポンチョ内との間を移動する。
 腕の動きに合わせて星柄の布地が不規則に揺らめき、やがておさまった。

「アップデートが完了しました。なるほど、なるほど。これは示唆しさに富んだデータですね」

「どうかしたの、クレイン?」

 尻尾の先をへの字に曲げて思索するクレインを現実に戻す。クレイトン+はあまり考え込まないタイプなのでこうなるのは珍しい。

「失礼。深層の半神は全て、カオス挙動を示す浅層に進出しているようですね……」

「そうはいっても、特異点の解消は大変だ。計算で解けるのは孤立特異点がせいぜいなのに、集積特異点Non-isolated singularitiesまで生成しているから」

「このエピックマンに任せておけ」

 エピックマンが自信にみなぎる両拳を胸の前で打ち鳴らすと、リズミカルな重低音と共に巨大なハンマーが腕甲に納まった。


「マイティ・マジカル・ハンマーだ!!」


 重厚な余韻よいんが去ると、堅牢なハンマーを地面に立ててエピックマンは語る。

「ミスリルの魔力付与エンチャント加工は,ドラゴン炉を用いた超高温で行われる.常温で安定なβ-ミスリルの結晶構造を,γ-ミスリルに構造相転移させるためだ」

「ある温度よりも高温でエンチャントすると、魔力特性が加工後も引き継がれるっていうよね」

 超高温まではいかなくても、金属加工時に温度を上げることは広く行われている。
 街の工房なんかに行くと、金属を真っ赤になるまで、あるいは白熱するまで焼き入れる光景を見ることができるだろう。

 ミスリルに魔力付与エンチャントする際には、普通の炉では熱に耐えられないくらいの高温が要求されるので、ドラゴン炉と呼ばれる特殊な炉を用いる。

「高温で相転移したγ-ミスリルは,結晶の格子定数の差により,β-ミスリルよりも魔力体を多く固溶する.相転移したγ-ミスリルに魔力付与エンチャントした後,これを急激に冷却すると,γ相からβ相への構造相転移が固溶した魔力体により阻害され,一部が準安定構造を取る」

 得られた準安定構造は、そのままでは歪みがとても多くてもろいので、低温で焼き戻して歪みを取り、しなやかさを持たせてから使うそうだ。

 鍛冶師が金属を熱して冷ましたり金槌でたたいたりしている姿は良く見るけれども、その技術は各工程でそれぞれ違うものが要求される。素材によっても違ってくる難しい仕事だ。

「我々は準安定構造を利用し,常温においてもミスリルの魔力付与エンチャント効果を得ているが,逆に準安定相の結晶構造を最安定な相に戻すには,再び超高温にするか,あるいはそれ相応のエネルギーを供給してやればいい」

 エピックマンは青色に発光するミスリル合金を、魔法収納から新しく取り出して床に置いた。

「力技《レジェンドハートアクション:非弾性衝突》」

 そしてマイティ・マジカル・ハンマーを両手で掴んだまま、かかとを始点に回転をはじめ、1回転、2回転、3回転と速度を上げた所で大きく振り上げ、白い輝きにほとばしるハンマーヘッドを振り下ろした。

「マイティ! マジカル! インパクト!!!」

 豪壮を誇る撃打はミスリル片の青い輝きを消し去り、魔力付与エンチャント効果の切れた鈍色のミスリルのみが残る。

「この銅星等級のミスリル片と同様,《魔王城》そのものを構造相転移Structual phase transitionさせることで特異点を除去する」

「私たちがいるダンジョンを1つの結晶と解釈し、構造を直接変えようというのですか」

 クレイトン+は興味深そうに耳を立て、ポンチョ内で腕を動かした。

「乱費に耐えるだけの魔力源は、ルーンの担当ですね」

「姬樣、ちょっと魔力を使わせて頂きます」

「かしあありあは何も構わないの」

 背中におぶさる姫様と、僕の羽と尻尾の間で魔力が伝わる。なんだかくすぐったいような、気分が少しだけぼうっとするような、そんな感じがした。

 魔力を受ける僕を眺めるエピックマンは、ハンマーを肩に担ぎ上げる。

「しかし,よくもその膨大な魔力を制御できるものだ」

「召喚士にとっては魔力の精密調整は基本だから、そんなに難しくないよ」

 冷静に魔力を制御して、マイティ・マジカル・ハンマーの能力を調整する。

 あとはエピックマンの1撃の影響を、《魔王城》の特異点を含む階層全体に広げる魔法を用いれば良い。

 その準備はクレインが担当していて、星降るポンチョの中の腕は既に動きを止めていた。

「《魔王城》のクラッキングCrackingは私の担当です。魔法現象を、典型的カオスを示す1-50階層に波及させる準備は整っています」

「魔王は寝てるのによく好き勝手できるね」

「管理者実行用の魔力応答は取得済みです」

 ピンクブロンドの猫耳と尻尾が自慢気に上向いている。

 魔王権限を好きに扱うというクレインは、歩み出るエピックマンにどかされた。部屋を進む緑鎧は、踏み出すごとにその豪脚でもって重圧を示している。

 遠響する猛々たけだけしい音楽を背景に、エピックマンは肩にかついだマイティ・マジカル・ハンマーの頭をゆっくりと地面に下ろす。

 そして大きく息を吸い込んでから、雄叫おたけびを上げた。


「これが! 新世界創造の一撃ッ!!!」


 柄を肩に乗せ、てこの作用で動かす姿勢だ。

 しかし、姫様の魔力の影響化にあるハンマーヘッドは微動だにしない。

「ぐっ,ぐぅぅ…!!」

「エピックマン。なぜ力技でハンマーの運動量を設定しないんです」

「せ…世界を変革する英雄は,世界の重みをその肩に知る!」

 《魔王城》の構造そのものを変えるエネルギーを秘めた重みに、槌の柄と鎧が軋みを上げる。しかしハンマーヘッドは動かない。

「いくらワンダーメタルの全身装備でも、それを振るのは無茶だ」

「任せておけ…ッ,このエピックマンになッッ!!!」

 咆哮と同時に緑閃が放たれ、空間の曲面に沿う測地線Geodesicの軌道でダンジョンを照らす。それでもハンマーヘッドは動かない。

 力を振り絞るエピックマンを呼ぶ大声援が、どこからともなく聞こえてくる。

 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 
 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 

 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 
 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 

 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 
 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 

 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 
 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 

 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 
 エピックマン! エピックマン! エピックマン! 

 ハンマーは静止していた。

 悲鳴に近いエピックマンの叫び声がこだまする。

「ホワァァァッグァァァッッッッ,ドゥォオアアアア!!!!」

 あろうことか、エピックマンの気迫にハンマーが。まさか。

 けた外れの魔力体と化したマイティ・マジカル・ハンマーは、わずかに動くだけで時空間の歪みを伝播でんぱする。

 猛然たる魔力に時空間が収縮し、中心のエピックマンが遠く小さな点であるかのように映っていた。
 縮んだ距離の世界にいる小さな緑の点から、収縮して見えているはずの大槌が、尋常じゃなく大きく伸びる巨槌が、圧倒的な巨大さを伴って、徐々に頂点に達していく。

 光さえ渦を巻いて落下し始める風景の中心から、本来聞こえるはずの無い声が届いた。

「俺はワンダーランドの英雄,エピックマン=レジェンドハート!!」

【力技《レジェンドハートアクション:非弾性衝突》】

「マイティッ! マジカルッ! イン パ ク トォッッッ!!!」

 やがて魔力放射が減衰して視界に映る大きさが元に戻ると、浅層のマップにもう特異点の表示はなくなっていた。

 世界の変革を成し遂げた英雄は、陽気に手を振って僕たちを呼んだ。




 
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