小鳥の囀り

木野葉ゆる

文字の大きさ
1 / 14

雛の寝床・奇跡のような時間

しおりを挟む
『雛の寝床』

こんなあたたかさは、知らない。

冷たい床で、痣だらけで、あちこち痛む体を丸めて、部屋の隅っこで眠る。
部屋は散乱した服やら、ゴミやらで、足の踏み場もない。
いつも空腹で、お腹が切なくて、少ししか眠れない。

それが、僕の日常だった。

君の新しい家族だよ、と紹介されたのは、背の高いおじさんと、お兄さん。
僕の親戚らしい。

いつも僕を殴って、食べ残しのお弁当をくれるあの女の人は、もう帰ってこないらしい。警察に捕まったって、おじさんが言った。

僕は物心ついた時から、あの部屋しか知らない。外へ出たことはない。

言葉もまともに喋れない僕を、おじさんも、お兄さんも、可哀そうにと言った。
ちゃんとした生活をしよう。俺達が守ってあげるから、何も心配いらないよ。
優しい言葉を掛けてくれたけど、僕はおじさんとお兄さんを好きになれなかった。

学校という場所に通うことになった。
義務らしい。
勉強なんかしたことがない。何も分からない僕は、特別支援学級というところに通う。
言葉を教えてくれた。文字を、数字を、教えてくれた。
勉強は、ちょっとだけ面白かった。

養護教諭の先生は、男の人だった。
僕は、その先生だけは、好きだった。

おじさんや、お兄さんが、僕の体を触るのは、気持ちが悪かった。

でも、先生に抱きしめられるのは、嬉しかった。

学校を卒業するとき、僕は先生に言った。
先生のうちの子にして。

先生は、児童相談所という場所に連絡して、僕をおじさんとお兄さんのいる家から連れ出してくれた。

僕が先生のうちの子になれたのは、僕が十八歳になってからだった。

初めて先生と一緒に眠った時、僕は思った。
こんなあたたかさは、知らない。
僕の今までの人生には、なかったものだ。

僕は、このあたたかさを忘れないでいよう。
このあたたかさを大切にしよう。
 
僕を救い出してくれた先生を、ずっと、好きでいよう。
 
鎖で繋がれた狭い部屋の中で、僕はただ、そう思った。


 
『奇跡のような時間』

先生、あったかい。
そう言った君を、何処へも行かせたくないと、そう思った。
 
「いい子にしていたかい? 」
帰宅して、君の部屋の扉を開けたら、君はベッドの上でウトウトしていた。
「また眠っていたの? ちゃんとお昼ごはんを食べたかい? 」
君はただ首を横に振る。
「先生、食べさせて」
甘えた声を出す君が、愛おしい。
「じゃぁ、鎖を外して、リビングにおいで」
 
君を繋ぐ鎖の鍵は、机の上の宝石箱の中に、いつでも置いてある。
本当は、君は自由なのだ。
でも、君は望んで囚われている。
飼われることに、安心感を覚えるのなら、僕が飼ってあげる。

「このスープ、美味しいね」
スプーンで食べさせてあげたら、君は嬉しそうにそう言った。
「野菜サラダも、ちゃんと食べるんだよ」
キュウリが嫌いな君は、ちょっと嫌そうな顔になる。
「そんな顔しても、かわいいだけだから。ちゃんと食べたら、ご褒美にプリンを作ってあげるよ」
「先生、本当? じゃぁ頑張って食べるね」
君はようやく、自分でフォークを手にして、サラダを食べ始めた。

手のかかる幼児を相手にしているようだけれど、君は本当はとても賢い。
僕の教えたことは、なんでも覚えた。
株をやってみるかい? と、パソコンの使い方を教えたら、君に与えた僅かな資金を、あっという間に何倍にも増やして見せた。
 
「ビックリ箱みたいだ」
君にそう言ったら、不思議そうな顔をしていたけれど、本当にそう思うよ。
 
君に選んでもらえて、僕は本当に幸せだ。
いつか、この狭い部屋から出ていく日が来たとしても、僕は幸せだと思う。
君と暮らすこの奇跡のような時間を、ずっと大切に覚えていよう。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...