モナリザの君

michael

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接触

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 六千院千景の生活は決まっていた。
 朝は七時半に登校し、始業までは図書館で過ごす。お昼は晴れていたら中庭で食べる。授業が終わったらすぐに帰宅する。大まかにはそんなところだ。
  登下校は車で送迎されているので、千景と接触できるのは朝と昼しかない。
    というわけで、理沙はいま図書室の机の下に隠れていた。
  『千景姫を愛でる会』対策だ。
  『千景姫を愛でる会』は徹底していて、千景が図書室に来る前に見回りにきて、もし生徒がいたら退出を促すらしい。千景が一人で図書室を利用できるように。

「もっとも、こんな時間に利用者なんてほぼいないけどね」

 理沙は七時に図書室が開くと同時に入室した。それから図書室に来た生徒はいない。授業の参考資料を借りに、教師が一人来ただけだ。
  ちなみに、今日の図書当番だった生徒は朝早く入室してきた理沙を寝ぼけていたせいで見た幻覚だと判断した。
    なにしろ、入った時はまさかと思って半信半疑だったうえに、改めて図書室を見渡してもいないのだ。
   セーラー服を着たモナリザなどいるはずがない。
    図書当番だった生徒は常識を優先したのだった。
  実際には、理沙が机の下に隠れて見えなくなっていただけだったが。

「しかし、狭いわね」

 ただでさえ、小柄な女生徒たちのために用意されていた机は低めなのに、理沙の身長は百八十四センチ。腰を浮かすと机が持ち上がってしまいそうだ。

「道場ではうらやましがられるけど、日常生活では邪魔なのよね、頭を打つし」

 理沙がぼやいているとガラガラと扉が開いて、生徒が一人入ってきた。
    ピタピタと音をたててその生徒は図書室中を歩き回り、カウンターに戻って来て図書当番の生徒に話しかけた。

「資料を閲覧したいのだけど、いいかしら?」
「はい、いつものですね」

 二人はそろって、カウンターの横、図書資料室に入って行った。

「図書当番の子さえ排除するとは、本当に徹底してるわね『千景姫を愛でる会』。だけど『千景姫を愛でる会』の目もいなくなるならなおさら好都合。会話を邪魔されることもないわ」

 それから、さほど待つほどもなく扉が開き、誰もいない図書室──隠れている理沙以外──に、千景が入ってきた。
  千景は迷うことなく棚から一冊の本を選び、理沙が隠れている机に座る。理沙の目の前に細く綺麗な形をした足が現れた。
  
(さすが千景姫。志摩ちゃんと同じくらい細い。なのに妙に色気がある……ってそうじゃないわね。えっと、まずは自己紹介をして、仲良くなって、友達になる。これね)

 理沙は千景の隣の椅子をそっと押し出し、机の下からにょろにょろと這い出してその椅子に座った。
 理沙が横を向くと、千景が目を丸くして理沙を見つめていた。
  綺麗な顔だった。化粧をしているように見えないのに、肌は白く、唇は紅い。
    だが、一番綺麗だと感じたのは長い睫毛に囲まれた潤んだ瞳だ。
 その瞳に理沙の姿が映っていて、吸い込まれそうだった。

「千景姫、私と友達になりませんか?」

 千景の目がますます丸くなった。

(あっ、つい結論から言ってしまったわ)

 女性同士なのに見惚れてしまっていた。今なら『千景姫を愛でる会』の気持ちがわかる。
  これは話しかけるのも畏れ多い。大切に、宝石箱にしまっておきたくなる。それができないなら、邪魔なものを排除して、いつまでも眺めていたい。
 
(わかる……けど、やっぱりそれは違うと思う)

「いきなり、すいません。私は一年三組の最上理沙と言います」
「はい、私は六千院千景。二年一組です」

 理沙が頭を下げると、千景も頭を下げた。
  理沙が自己紹介をする間に千景は立ち直っていた。
  
(この人……凄い!)
  
  理沙は感動していた。
 いままで『モナリザの君』になった理沙に会って、ちゃんとした対応をした人は皆無だったのだ。
  それなのに千景は冷静に挨拶を返してきた。幻覚や妄想の産物だと思っていない、一人の人間として扱ってくれた。
  
(いきなり机の下からにょろにょろと現れたモナリザなのに!)
 
  冷静に対応されて逆に理沙は慌てた。
  千景が驚いて取り乱すことしか想定していなかった。大声で悲鳴を上げられた時のために、締め落とす方法は考えていたのだが。

「ええっと、私は一年三組の最上理沙で『モナリザの君』です。生徒会選挙に立候補しました。志摩も友達ですから千景姫も友達になりませんか?」

 そこまでまくしたててからしまったと思った。

(私はなにを言っているのかしら? 自己紹介で『モナリザの君』は意味不明だし、生徒会選挙に立候補しましたってライバル宣言にしかきこえないじゃない!)

 しかし、それでも千景は冷静に対応してみせた。

「はい、わかりました。友達になりましょう」

 にこりと千景は笑った。
  またしても理沙は千景に見惚れた。
  それくらい綺麗な笑顔だった。
  昨日中庭で小鳥に微笑んでいた時と違う。あの時の微笑みも綺麗だったが、今の方がずっと

「自分で言っておいてなんですが、いいんですか? 私をあやしいと思いませんか?」

    理沙はまだ冷静になれず、そう確認した。
 すると、くすくすと千景は笑い出した。

「すみません、少し昔を思い出しまして。あやしくありませんよ。ちょっと、嵐みたいに突然だなって思っただけです。本当に。いきなり友達になりませんかって」

 言われて理沙は顔が赤くなるのを感じた。

「恥ずかしい限りです、千景姫に……」
「千景でいいですよ。友達ですし」
「でも、私は一年ですから……それなら、千景さん、で」
「はい。では、私も理沙さんとお呼びしますね」

 千景は本をたたんで立ち上がった。

「千景……さん、本はいいんですか?」
「ええ。本はいつでも読めますし。それにこの本はもう読まなくてもいいと思いまして」

 千景が元の棚に本を直し、席に戻ってくる。

「ところで千景さんはなんの本を読んでいたんですか?」
「あれですか? 『オズの魔法使い』です」
「ああ、懐かしいですね。小さい頃アニメで見たことがあります。原作は読んだことはないんですが。千景さんは好きなんですか?」
「好きというか、身につまされるのです」
「……はあ」

 好きならともかく、身につまされるというのはピンとこなかった。
  
(オズの魔法使いはそんな話だったかしら?)

「それより、もっと話をしませんか? 理沙さんは何故『モナリザの君』なんですか?」
「それを話すと長くなりまして、いまの時間では……」

 チラッと時計に目を向けると、八時十分を指そうとしていた。抹茶の水女学園では、二十分には教室にいるのが望ましいとされていた。
 納得したように千景がうなずいた。

「それでは、またお昼にお会いしましょうか?」
「そうですね、ではお昼は屋上にでもいきませんか? 志摩ちゃんもいますし……」

 いや、待て。と理沙は口を閉じた。

(屋上は志摩ちゃんと秘密会議をするための場所なのよ。普通に千景さんを連れて行ったら、一緒に『千景姫を愛でる会』の皆さんをもご招待してしまうわ。それはまずいわね……)
  
「千景さん、ちょっと耳を貸してください」
「はい」
「おおっ」

 千景が髪をかき上げて耳をだす仕草にドキッとした。
  千景はさりげない仕草に華と色気があったが、いまのが一番理沙の心に響いた。

「どうしましたか?」
「いえ、なんでもないです。それでは失礼して──」

 こしょこしょとちょっとした計画を打ち明ける。
  二人きりなんだから耳を借りなくても良かったな、と思いながら。

「──千景さん、お願いしてもいいですか?」
「わかりました」
「……あっさり言いましたが、本当にいいんですか?」
「ええ、実は前にも一度だけしたことがあるんです」
「そうなんですか?」

 意外だった。
  理沙は千景が生粋の籠の中の小鳥だと思っていたが、違ったのかもしれないと考え直した。会話も自分からぐいぐいくるし。

「では時間も時間ですし、またお昼に会いましょう」

 理沙は席を立った。
 図書資料室に入った二人が出てこないうちに、一人で退散しようと思ったのだが、

「待って下さい。私も行きます。途中までですが、ご一緒しましょう」

 千景も立ち上がって寄り添ってきた。
 千景がじっと理沙を見つめていた。
  
(意外と背が高い。私より十センチ低いぐらいか。……ってそうじゃなくて、どうしようかな?)

 千景と並んで歩いていたりしたら、『千景姫を愛でる会』に目を付けられるだろう。
  それは──、

(なんだ。今更じゃない)

 千景と友達になった時点で遅かれ早かれ目を付けられる。
  なら、いつだって同じで、それならインパクトがある方がいいだろう。
    理沙は悪戯小僧のように笑って、腕を出した。

「それじゃあ、行きましょうか?」
「わかりました、

 千景も理沙と同じように笑い。理沙の腕に手をからませる。
 二人はそのまま、談笑しながら図書室を出る。
 それを、図書資料室から出てきた二人が、ポカーンと眺めていた。
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