月に導かれるが如く。

michael

文字の大きさ
5 / 9

門黒屋狂想曲。

しおりを挟む

 その夜、門黒屋の二階にある奥の間に三人の男たちがいた。

「彩音たん! 彩音たん! どんな服装で来るかなー! うーん、はあ、はあ、はあ、ふへー」

静馬しずま、ちょっと静かになさい。自分の息子ながら気持ち悪い。本当に名前負けっ」

「ぱーぱの方が気持ち悪いよ。ねえ、万右衛門まんえもん先生?」

 静馬と呼ばれた男、それは茶屋で彩音に迫っていたチンピラ風の男だった。腰には『竹光』を指したままで、変な顔で変な舞を踊っている。変人という言葉がこれ程似合う男も珍しい。
 そしてそれを手に持った扇子でたしなめたのは、門黒屋の主である門黒徳兵衛もんぐろとくべえ。静馬とは実の親子なのだが全然似ていない。もっとも徳兵衛は顔を真っ白に塗り眉を丸く書いており、近寄りたくない人種という意味なら確実に親子ではあるが。
 最後に万右衛門先生と呼ばれていた『侍』は「どちらも同じだ」と言いながらニヤニヤしている。紺の着流しに身を包み、百七十少しの身の丈で中肉中背の体躯。ちょいワル、素浪人風の容貌は他二人の変顔のせいかやたらとダンディーに見えるから不思議である。腰の『刀』は鞘から柄まで黒一色のシンプルなものだが、見る者が見ればそれが業物である事が一目でわかるだろう。
 宴会が出来るほどの大きな部屋に合わせたのか、人の大きさ程の大きな障子窓が開いていた。そこから見える満月を、吉兵衛は見上げながら呟いた。

「今宵は満月が霞でかすんでいて、こう、何とも言えずに綺麗ですねぇ。なんというんでしたっけ、こういう月は?」

 徳兵衛の言葉に万右衛門は、片手の瓢箪を揺らしながら障子窓に近づき空を見上げた。

「……朧月おぼろづきだっ」

 そして月を見るなり苛立たしげに吐き捨てた。いきなり、笑みをなくし感情をあらわにイラつく姿に徳兵衛は驚く。

「な、何かありましたかな?」   

「ふんっ、この『刀』の前の持ち主のことだ! くたばる間際に、俺に向かって「朧月おぼろづきの霞も同然」、っとかぬかしやがった! 俺の剣の腕は霞の様に不確かだとぬかしたんだ! 正々堂々とした『刀』抜きの勝負で俺に負けやがったくせに! 俺は剣の腕だけでも強い! 俺は弱くないっ!」

 八つ当たり気味に、万右衛門は力いっぱい障子を閉めた。

カンッ!
  
  しかし、勢いが強すぎて跳ね返り再び開いた。

 バツの悪そうな表情を浮かべ、今度は静かに閉める。そのまま枠の部分に腰掛け瓢箪から酒を飲んで気持ちを切り替えた。

「ふん、もっとも『侍』の本質は『刀』の力だ! 『刀』の力があるから『侍』は強いんだ! どんなに自己の力が強くても『刀』を持ってない奴はただのカモだ! なあ、徳兵衛!」

「まったくですね。今日、怒鳴り込んできた男、あれもここら辺では『大吉なのに大凶』と恐れられる男なんですよ。なのに、『刀』を使えばあのような怯えよう、実に可笑しかった」

 酒を飲んで気を取り直した万右衛門は鞘ごと自分の『刀』を高く掲げた。この『刀』に触れているだけで力が湧いてくるのを感じる。何しろこれはこの世界に百本しかない本物の『刀』なのだから!
 それに追随し、徳兵衛は拍手を持って答える。
 気が済んだのか万右衛門は腰に『刀』を戻し、満足げな表情で徳兵衛に尋ねた。

「ところで、ちゃんと見逃したんだろうな?」

「ええ、もちろんです。ちゃんと大吉の手下が都に行くのを

 そう聞くと万右衛門は再びニヤニヤ笑みを浮かべ、口の中で笑った。

「ふっふっふ。都の『侍』が来たら、町の住民を奴の周囲に集め、この『刀』を使う! もし都の『侍』に『刀』の力が効かなくても、恐怖に固まった住民で身動きが取れなくなる。そこを射殺すなりなんなりしたらいい!」

「でも、都の『侍』が住民を盾にしたらどーするのー?」

 変な舞いを踊り終わった静馬が、のーてんきな口調で疑問をなげかける。

「いや、それはないな。都の『侍』さんはたいそうお優しいらしいからな、絶対に住民を助けようとしてはまるぜ。……それまでに、この町の住民の弱みをつかんでいうことを聞かせる役、任せたぜ徳兵衛?」

「ふふっ、大丈夫でございます。一番厄介な大吉は終わりましたし、あとは簡単でございます」

 そういうと万右衛門と徳兵衛は顔を見合うと、ニタリと笑みを浮かべた。
 実にだ。
 
ーーお主も悪よのう、門黒屋。

ーーいえいえ、万右衛門様ほどではありません。

 そんな会話を心の中で交わす二人。
 含み笑いをし続ける二人を、興味なさげな様子で眺めていた静馬だったが、ふと思っていたことを万右衛門に尋ねた。

「ところで先生、『エセ侍』っていつまで続けるのー?」 

「ああ、それはカモがかかるまで続ける。『侍』は『エセ侍』を嫌う。プライドの高い連中だからな。『エセ侍』の噂を聞いたら、絶対に殺しに来る」

 その言葉にあごに人差し指を付けて、静馬は考え込む。

「それって、絶対僕を殺しにくるんだよねー?」

ーー当たり前だろ?  お前は馬鹿か阿呆か変態なのか?

 そう心の中では思いながらも、何でもない事の様に万右衛門は言う。

「その危険は否定は出来ない。だが、そのための今日の娘が報酬だ。それでお前は納得しただろう? 門黒屋、この町に近づく『侍』の情報収集は怠るな」

 万右衛門の言葉に「抜かりはございません」と徳兵衛は答えた。
 静馬も彩音の事になると頭がお花畑になるのか、くるくる回っている。
 縦方向に。連続後方宙返り。何気に静馬の身体能力は高い。
 順調すぎて怖いぐらいだと万右衛門は思い、満足げにうなずく。
 やがて、回るのに力が尽きた静馬が言い出した。

「ねえ、はぁはぁ、二人は、はぁはぁ、彩音たんが、はぁはぁ、どんな服装で来ると思うー?  はぁはぁ。あの子は絶対脱いだら凄くなるタイプだよー!」

 息を切らし顔を赤くした静馬は危ない人にしか見えないし思えない。
 もはやただの変態だ。

「知りませんよ、そんなこと。それより、静馬。あなた、外ではちゃんとしてるんでしょうね?」

「もちろん、決まってんじゃねーか? どんなもんよ、親父」

 徳兵衛の問い掛けに、静馬はがらりとチンピラ風に態度を変えてみせる。

 態度を変える。

 言葉を変えると、変態。

 静馬の文字通り、変態の変態だ。

「ふう、内では変態、外ではチンピラ……。あ、どうして、こんなになったのか。いったい原因、なんでしょう?」

 歌うように言った徳兵衛を、二人はビシッと指差した。
 それを素知らぬ顔で扇子で自分を扇ぎ徳兵衛は気付かない振りをした。
  
トン、トン、トン。
  
 そのとき襖の外から合図があった。
 いいタイミングだ、と徳兵衛はふすまに寄る。
  
「どうしましたか?」  

「へえ、彩音が届きやした」

 徳兵衛が部下からの報告を二人に伝えると万右衛門も静馬もうなずいた。特に静馬は喜色満面の笑顔で何度もうなずく。
 それを確認すると徳兵衛はこの部屋に彩音を入れさせるように指示した。
 やがてふすまの外から「持ってきやした」と部下の声がかかりふすまが開く。 

「イッツ、ショーターイム!」

 静馬の言葉が響いた。
    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】俺が信長で、幼馴染が吉乃と濃姫!? ~転生幼馴染トリオ、本能寺フラグ回避して戦国スローライフ目指します

月影 流詩亜
ファンタジー
事故で転生したのは、まさかの織田信長!? しかも、隣にいたはずの可愛い幼馴染(双子)も、なぜか信長の側室「吉乃」と正室「濃姫」に! 史実の本能寺フラグを回避するため、うつけの仮面の下、三人は秘密の同盟を結ぶ。 現代知識と絆を武器に、戦国スローライフを目指すサバイバル開幕!

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...