そしてB型の世界は始まる

ぞっぴー

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そしてB型の部活動は始まる

87.美月の深い一撃

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 敵はそこまで素早いわけではなかった。
 人ならぬ反射神経を持つ仲間達に比べれば、むしろ普通と言ってよかった。

 その人外の一人に数えられる鉄将でさえ、美月を背にした状態では全力を発揮できない。
 敵の気配を途切れさせぬよう、しかし背後の少女を孤立させぬよう、巨体は音を殺して森を進む。
 湿った落ち葉を踏むたび、緊張が靴底を伝って軋むようだった。

 美月は息を切らしながらも鉄将が自分の歩調に合わせてくれていることを感じ取っていた。
 その優しさが胸に沁みる。だが同時に不甲斐なさが腹の底を灼く。

(……私が足を引っ張ってる)

 その思いが銃を握る手にまで伝わった瞬間、視界の先で森が裂ける。
 突如、目前に現れた壁のような影に美月は息を呑んだ。

「ふぇ――!?」

 情けない声が漏れる。
 それは前方を駆けていた鉄将の広い背中だった。

「ど、どうしたの鉄将君!?」
「やつの気配が消えた!」

 鉄将の声に美月は思わず目を見開く。
 追っていたはずの気配が突如として消失した――否、断ち切られた。
 それを美月は感じ取ることはできない。だが、鉄将の言葉に疑いを挟む余地はなかった。

「気をつけろ妬根。またどこからか狙ってくるぞ」

 鉄将の低い声が森を震わせる。
 美月はその響きに背筋を伸ばし、揺れる梢を仰いだ。
 無風のはずなのに木々がざわりと震える。
 まるで闇が手招くように枝を揺らしているかのようだった。

 美月はライフルを地に突き立て、両頬を叩く。

(……私がしっかりしなくちゃ!)

 鉄将は牽制に徹するしかできない。決め手を生み出すのは自分だ。
 だが自分には敵を感じ取る力がない。
 ならば――。

(感じ取れないなら、読むしかない……! 相手の思考を、行動を!)

 その決意を宿した瞳を見て鉄将は短く頷いた。
 言葉は要らなかった。

 ――その時だった。
 前方で草が微かに揺れる。
 わずかな風、ほんの気配。それを見逃す二人ではない。
 互いに目を交わし、同時に構える。
 だが相手からの反応はない。

「逃げた……?」

 鉄将は低く呟き、瞬時に判断を下す。
 迷いを断ち切るように前へ踏み込んだ。

「鬼怒川君、気をつけてね!」

 美月もそれを追う。
 もし本当に逃走しているなら、距離を空けられる前に追わねばならない。
 けれど、もし逃げてなどいないとしたら。
 美月の胸の奥に不穏な鼓動が鳴り始めた。

「音がしたのはこの辺りだ」

 鉄将は草木を掻き分け、音の出所を探る。
 そして――地面に落ちた一本の小さな筒を見つけた。
 拾い上げた瞬間、それが敵スナイパーのスコープだと気づくまで、数秒。
 そのわずかな時間があればスナイパーには十分であった。


 ――サンは彼らを見下ろしていた。

 気配を断ち、木上に座して息を潜める。
 狩人のように、獲物が罠に掛かる瞬間をただ待つ。
 愛銃からスコープを外し、空へ放る。
 それは弧を描き、ひゅうと音を立てて鉄将達の前方へ落ちた。

(さすがに警戒するっすね)

 木陰の中で、サンの唇が僅かに歪む。
 敵が動かぬのは当然。罠を疑っているからだ。
 だがこれで彼女の策が生きてくる。
 敢えて攻撃を仕掛けず、逃げ続ける姿を演出したのもこの瞬間のため。

 敵は思う。
 さらに逃げたのか――と。

 その言葉が風に乗って届いた瞬間、サンは拳を強く握った。
 草を掻き分けた鉄将の後頭部、その一点へと照準を合わせる。

(ここで終わらせるっす……)

 しかし、その瞬間だった。
 スコープを外したことで広がった視界が鉄将の背後――美月の姿を映し出す。

 銃を構えた少女。
 彼女の瞳は真っ直ぐにサンを見上げていた。

(……なんで!?)

 凍りついた。
 次の瞬間、心臓に刃を突き立てられたような衝撃。
 サンの全身が拒絶反応のように硬直する。

(なんで……私を、捉えてやがる!?)

 気配は断ったはずだった。鉄将ですら追えぬ完璧な隠密。
 それなのに――なぜ。

 思考が途切れるより早く、本能が叫んだ。
 このままでは危険だと。
 或いはそのまま引き金を引けば敵を一人倒せたかもしれない。
 しかしサンの意思を裏切るように、銃口が反射的に美月へと向く。
 生存本能が優先された結果だった。

「――遅い」

 その声は冬の刃のように冷たかった。
 音より早く、光より鋭く。
 一発の弾丸が空を裂き、サンへと突き刺さった。
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