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そしてB型は惹かれ会う
31.鍵盤奏でる呪言(3)
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「あいつ妬根じゃないってよ」
強が軽く呟くと同時に皆人の冷たい声が降りかかった。
「そりゃあお前みたいな奴が飛び込んで来たら拒絶するわ。バーカ」
その言葉が合図だったかのように仲間達の容赦ない蹴りが強に飛ぶ。桜から始まる連携攻撃だ。
「あはははは! もうっ、あんたほんとに最高!」
桜は声を上げて笑い、ついには涙を滲ませる始末。皆人は肩をすくめるとそんな彼女に指示を出す。
「桜、縛ってくれ」
「了解~」
そうして再び拘束された強は猿轡までされて椅子代わりにされる。踊り場の片隅で第二の作戦会議が幕を開けた。
「さて、あほのせいでいろいろと面倒な事になったわけだが?」
「強君が初手から引っ掻き回すなんて今に始まった事じゃないでしょ?」
「むしろ最初に足を引っ張られる所からが始まり、みたいなものですわよね」
口を揃えて頷く。それはすでに強という存在に対する共通理解だった。
その様子を見て桜は憐れむような目で皆人達へと視線を送る。
「あんた等苦労してんのね」
「お前もその一員なんだけどな……」
和やかさが一瞬だけ漂うそのとき、廊下側の扉が静かに軋みを立てた。
桜は素早く鞄からコンパクトミラーを取り出し、斜めの角度から廊下を映し出す。
ミラー越しに覗いた先には慎重に顔だけを覗かせ、周囲を窺う少女の姿があった。
その顔が引っ込むと同時に桜のミラーが畳まれる。
スパイ気分の彼女はいつもと違う日常を楽しんでいた。
「吹奏楽部の話を聞くに相手は十中八九、妬根さん。強のせいで当然警戒心は強まってるわね。普通に聞きに行っても他人のふりをされるのがオチか」
桜が静かに分析すると皆人が提案する。
「もう普通に吹奏楽部の子を連れてきて正面から問い詰めた方が早くないか?」
「それも一つの手段だけど、少し試してもいい?」
「それは構わんけど……何を?」
「こっちも他人のふりをするの」
桜の口元に静かな笑みが浮かぶ。仲間達がその背を見守る中、彼女は軽やかな足取りで再び多目的室の前へと向かう。
その室内から聞こえる音はさっきとは違う柔らかなものだった。草原を撫でる風のような旋律。
明るく、でもどこか寂しげな、心に染み込むメロディーがそこにあった。
桜は音が途切れたタイミングを見計らい、軽くノックした。
「はい」
扉の向こうから返ってきた声は淡々としていた。明らかに警戒している。
だが桜はそのまま扉をそっと開け、相手の言葉を遮るように深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。どうしても吹奏楽部で電子ピアノが必要で! 申し訳ないんだけど妬根さんに貸してるそれ、一度返してもらってもいい?」
声のトーンも一つ高く、一色桜は別人を演じていた。自分を知られている可能性も考慮して顔は見せない。
突然の事に彼女も慌てるように言葉を紡ぐ。
「えっ? あ、私こそ吹奏楽部でもないのに借りちゃって……どうぞ持ってっ――」
言葉の途中、彼女の表情が曇る。不穏な空気に気づいたのだ。
しかし、時すでに遅し。桜の口角がゆっくりと上がる。
それに気づいた彼女はしまったと顔を歪めた瞬間、桜にタックルが炸裂した。
彼女の体が弾け飛び、代わって現れたのは――。
「やっぱりお前が妬根じゃねーか!」
求平強、再び解き放たれた災厄である。逆上した桜の縄を軽くいなしつつ教室の中へ突入する。
それに続くように皆人達も扉を潜った。
「な、なによ!? そんな大人数で私に何の用なの!?」
妬根の戸惑いが爆発する。無理もない。突然の乱入者に囲まれ、まともな反応ができる方がどうかしている。
「何で妬根じゃないって嘘ついたんだ?」
「そりゃあ、あなたみたいな怪しい人が来たら関わりたくないでしょうが!」
「それはそう」
皆人がツッコミを入れながらも妬根を改めて観察する。
彼女の髪は光を撫でるような優しいブラウン。
長く伸びたロングヘアーは前髪だけが几帳面に右へ流され、額の小さな三日月のようなおでこが覗く。
それが彼女の無防備でいながら計算されていない愛らしさを形作っていた。
だがつり上がった目元には鋭い棘が宿っている。
警戒心に裏打ちされたその視線はまるで野良猫が無遠慮に差し伸べられた手をじっと見つめるように冷ややかであった。
それが妬根という少女だった。
「妬根さん」
そう声をかけたのはローズだった。
皆人は計算されたローズの行動を先読みする。
ここで男が出ていくのは得策ではない。同じ女性として彼女に任せるのが一番かもしれない。
皆人が見守る中、ローズは静かに胸元に手を差し入れた。
そこから取り出されたのは札束。数えてみれば分厚く、三束以上ある。
「お金なら有りますわよ」
「お前はもう帰れ」
皆人はローズの首根っこを引っ捕まえ、イタズラ猫を放り出すように廊下に投げ捨てた。こうなれば、もはや自分がやるしかない。
「ごめんな。こいつら、まともじゃないんだ」
皆人は慎重に言葉を選びながら妬根の目を真っ直ぐ見た。
「何で私を探してたの?」
「そりゃあ、お前が面白いと思ったからだよ」
「このバカ……!」
静かに接触しようとしていた皆人の努力を強が横からぶち壊す。
「俺は特別な人間を集めている。妬根もそこに入れる逸材だ!」
七不思議を解明するのが目的であって、決して集めているわけではない。
毎度の事なのだが、変わる目的に皆人は大きくため息をついた。
「特別って何よ。あなたたちの何が特別なのよ!?」
「聞きたいか? 良いだろう、見せてやる」
強はすぐに皆を一列に並べた。そして端に立つムックの肩に手を置き、堂々と宣言する。
「ムックは無限の胃袋を持っている」
唐突すぎる紹介、その滑り出しを皮切りに場を読んだ桜達が続く。
「秒で縛れる」
「すぐ寝れる」
「……ツッコミができる」
「お金がありますわ!」
もはや「特別」というより「特異」な集団だった。
そして最後に強は胸を張って言い放つ。
「皆を統率するリーダーシップがある」
「どこがじゃあああ!!」
仲間全員からの怒声と同時に飛び出した強烈な蹴りが強を床に沈めた。が、その一連のやり取りに妬根はふっと吹き出す。
ゆっくり溶かすのではなく、いっそ壊してしまった方が早い。そんな攻略があることを皆人は初めて知った。
強の無鉄砲さは時として正解を引き寄せる。その不思議な力に皆人は心の中で苦笑するのだった。
強が軽く呟くと同時に皆人の冷たい声が降りかかった。
「そりゃあお前みたいな奴が飛び込んで来たら拒絶するわ。バーカ」
その言葉が合図だったかのように仲間達の容赦ない蹴りが強に飛ぶ。桜から始まる連携攻撃だ。
「あはははは! もうっ、あんたほんとに最高!」
桜は声を上げて笑い、ついには涙を滲ませる始末。皆人は肩をすくめるとそんな彼女に指示を出す。
「桜、縛ってくれ」
「了解~」
そうして再び拘束された強は猿轡までされて椅子代わりにされる。踊り場の片隅で第二の作戦会議が幕を開けた。
「さて、あほのせいでいろいろと面倒な事になったわけだが?」
「強君が初手から引っ掻き回すなんて今に始まった事じゃないでしょ?」
「むしろ最初に足を引っ張られる所からが始まり、みたいなものですわよね」
口を揃えて頷く。それはすでに強という存在に対する共通理解だった。
その様子を見て桜は憐れむような目で皆人達へと視線を送る。
「あんた等苦労してんのね」
「お前もその一員なんだけどな……」
和やかさが一瞬だけ漂うそのとき、廊下側の扉が静かに軋みを立てた。
桜は素早く鞄からコンパクトミラーを取り出し、斜めの角度から廊下を映し出す。
ミラー越しに覗いた先には慎重に顔だけを覗かせ、周囲を窺う少女の姿があった。
その顔が引っ込むと同時に桜のミラーが畳まれる。
スパイ気分の彼女はいつもと違う日常を楽しんでいた。
「吹奏楽部の話を聞くに相手は十中八九、妬根さん。強のせいで当然警戒心は強まってるわね。普通に聞きに行っても他人のふりをされるのがオチか」
桜が静かに分析すると皆人が提案する。
「もう普通に吹奏楽部の子を連れてきて正面から問い詰めた方が早くないか?」
「それも一つの手段だけど、少し試してもいい?」
「それは構わんけど……何を?」
「こっちも他人のふりをするの」
桜の口元に静かな笑みが浮かぶ。仲間達がその背を見守る中、彼女は軽やかな足取りで再び多目的室の前へと向かう。
その室内から聞こえる音はさっきとは違う柔らかなものだった。草原を撫でる風のような旋律。
明るく、でもどこか寂しげな、心に染み込むメロディーがそこにあった。
桜は音が途切れたタイミングを見計らい、軽くノックした。
「はい」
扉の向こうから返ってきた声は淡々としていた。明らかに警戒している。
だが桜はそのまま扉をそっと開け、相手の言葉を遮るように深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。どうしても吹奏楽部で電子ピアノが必要で! 申し訳ないんだけど妬根さんに貸してるそれ、一度返してもらってもいい?」
声のトーンも一つ高く、一色桜は別人を演じていた。自分を知られている可能性も考慮して顔は見せない。
突然の事に彼女も慌てるように言葉を紡ぐ。
「えっ? あ、私こそ吹奏楽部でもないのに借りちゃって……どうぞ持ってっ――」
言葉の途中、彼女の表情が曇る。不穏な空気に気づいたのだ。
しかし、時すでに遅し。桜の口角がゆっくりと上がる。
それに気づいた彼女はしまったと顔を歪めた瞬間、桜にタックルが炸裂した。
彼女の体が弾け飛び、代わって現れたのは――。
「やっぱりお前が妬根じゃねーか!」
求平強、再び解き放たれた災厄である。逆上した桜の縄を軽くいなしつつ教室の中へ突入する。
それに続くように皆人達も扉を潜った。
「な、なによ!? そんな大人数で私に何の用なの!?」
妬根の戸惑いが爆発する。無理もない。突然の乱入者に囲まれ、まともな反応ができる方がどうかしている。
「何で妬根じゃないって嘘ついたんだ?」
「そりゃあ、あなたみたいな怪しい人が来たら関わりたくないでしょうが!」
「それはそう」
皆人がツッコミを入れながらも妬根を改めて観察する。
彼女の髪は光を撫でるような優しいブラウン。
長く伸びたロングヘアーは前髪だけが几帳面に右へ流され、額の小さな三日月のようなおでこが覗く。
それが彼女の無防備でいながら計算されていない愛らしさを形作っていた。
だがつり上がった目元には鋭い棘が宿っている。
警戒心に裏打ちされたその視線はまるで野良猫が無遠慮に差し伸べられた手をじっと見つめるように冷ややかであった。
それが妬根という少女だった。
「妬根さん」
そう声をかけたのはローズだった。
皆人は計算されたローズの行動を先読みする。
ここで男が出ていくのは得策ではない。同じ女性として彼女に任せるのが一番かもしれない。
皆人が見守る中、ローズは静かに胸元に手を差し入れた。
そこから取り出されたのは札束。数えてみれば分厚く、三束以上ある。
「お金なら有りますわよ」
「お前はもう帰れ」
皆人はローズの首根っこを引っ捕まえ、イタズラ猫を放り出すように廊下に投げ捨てた。こうなれば、もはや自分がやるしかない。
「ごめんな。こいつら、まともじゃないんだ」
皆人は慎重に言葉を選びながら妬根の目を真っ直ぐ見た。
「何で私を探してたの?」
「そりゃあ、お前が面白いと思ったからだよ」
「このバカ……!」
静かに接触しようとしていた皆人の努力を強が横からぶち壊す。
「俺は特別な人間を集めている。妬根もそこに入れる逸材だ!」
七不思議を解明するのが目的であって、決して集めているわけではない。
毎度の事なのだが、変わる目的に皆人は大きくため息をついた。
「特別って何よ。あなたたちの何が特別なのよ!?」
「聞きたいか? 良いだろう、見せてやる」
強はすぐに皆を一列に並べた。そして端に立つムックの肩に手を置き、堂々と宣言する。
「ムックは無限の胃袋を持っている」
唐突すぎる紹介、その滑り出しを皮切りに場を読んだ桜達が続く。
「秒で縛れる」
「すぐ寝れる」
「……ツッコミができる」
「お金がありますわ!」
もはや「特別」というより「特異」な集団だった。
そして最後に強は胸を張って言い放つ。
「皆を統率するリーダーシップがある」
「どこがじゃあああ!!」
仲間全員からの怒声と同時に飛び出した強烈な蹴りが強を床に沈めた。が、その一連のやり取りに妬根はふっと吹き出す。
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