そしてB型の世界は始まる

ぞっぴー

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そしてB型は惹かれ会う

41.校舎裏の怪物(2)

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 放課後の学食にはすっかりお馴染みとなった顔ぶれが揃っていた。
 テーブルには空き袋や食べかけのお菓子が散らばり、まるで遠足の帰りのようなだらしない空気が漂っている。
 その中心でムックだけが席に沈みこみながら飴色に干からびたスルメを黙々と噛んでいた。
 だらしなく両手を擲って口だけを動かすさまはビール片手に野球中継に没頭している親父のようであった。

「全員揃ってるな? ……桐人もいるな?」

 強の問いかけに名指しされた桐人が眉をひそめる。

「連れてこられたんだよ……寝てたのに」

 小声で呟いたその言葉はスナック菓子のパリッという音にかき消され、誰にも届かなかった。

「じゃあ今から美月が掴んだ情報を元に眠れる化物の棲処へ向かおうか!」
「……校舎裏の怪物ね」

 強の拳が高く掲げられ、それに続いて仲間達も声高らかに拳を振り上げた。
 だが皆人と桐人はやれやれといった表情でその様子を横目に見ていた。

 向かったのは北校舎の裏手。そこはあまり人目につかない静かな場所だ。
 グラウンドの隅に並ぶフェンスのすぐ裏側で普段は目立たない花壇が整然と並んでいる。
 昼に強から情報を受け取っていた皆人は既に周囲に軽く聞き込みをしていたが、誰も「怪物」の存在など知らないと言っていた。
 この場に立ってみても草花の香りと遠くから聞こえる運動部の掛け声だけが耳に届く。

「……って言ってもここって別に何もないよな?」

 皆人が辺りを一望しながらぼやくと、ローズが手を腰に当てながら答えた。

「まあ……花壇があるだけですわね」
「……つまり、無駄足?」

 桐人がため息をついた。

 その瞬間、先程までの冒険心に満ちた空気が一気にしぼんでいく。強が期待していた不可思議なことなどどこにもなく、ただの日常の延長にすぎなかった。

「吹奏楽がたまたまここで、でかい奴に会っただけじゃないの?」

 桜が投げた仮説に皆人も無言で頷いた。熊のように大きな教師や、柔道部の主将などただでさえこの学校には怪物的な人間は少なくない。
 それがただ人の目に留まっただけで話が尾ひれをつけられたのだろう——そう結論しかけたその時だった。

「ほら、この前会ったあのデカい奴とか……なんて名前だっけ?」
「鉄将か?」

 強がすかさず名前を補足した。だが桐人や皆人はその名に聞き覚えがなかった。

「俺が何だって?」

 次の瞬間、夕陽が影を引くその先に人影が立っていた。

 ムックの上に、まるで夜が覆い被さるような巨大な影が落ちる。
 見上げたその視線の先、空を背負った大男が怪訝な顔で佇んでいた。巨大な背丈に、厳つい輪郭、そしてトレードマークとも言えるモヒカン。

 皆人の脳裏にはチビでか先輩の時に出てきた巨人の姿がはっきりと重なる。

「あんたが……校舎裏の怪物?」

 桜が無邪気に問いかけた。だがその声はまるで風に揺れる花びらのようにどこかひどく無防備だった。

「……なんだよそれ」

 鉄将は眉をしかめながらも首を傾げる。その仕草にはどこか拍子抜けするような人間味があった。

「前に吹奏楽部がここに来なかったか?」
「ああ、来たぞ」
「脅かしたのか?」
「あぁ? 俺はただ花壇に気をつけろよって言っただけだ」

 淡々と語られるその言葉に皆人達は一瞬黙り込んだ。
 どうやら吹奏楽部は彼の大きな体格と低い声に驚いて逃げてしまったらしい。それだけのことだった。

 それでも、怪物などという不名誉なあだ名が独り歩きしていたことを鉄将は知る由もなかった。

「……あー、まぁ、怖いもんなお前」

 強が悪びれずに言うと鉄将は眉間にしわを寄せた。

「喧嘩売ってんのか、お前」

 しかし怒声ではなかった。その一言にもどこか疲れたような響きがあった。

 ローズが小首を傾げながら鉄将の前に進み出る。その足取りは軽やかで、恐れを知らぬ少女のように屈託がない。

「貴方、背、高いですわね。身長何センチですの?」
「ひ、194……だが」
「でっかぁ~」

 強の素直な驚きで詰め寄ると鉄将は思わず一歩後ずさった。
 巨体がたじろぐその様子に緊張していた桐人と美月の肩が少し落ちる。硬直していた空気が少しだけほどけた。

 鉄将が視線を落とすと、そこには未だスルメを噛み続けているムックの姿があった。

「……お前ら、何なんだ」

 呆れとも驚きともつかぬ声を漏らす鉄将にムックは何かを察したようにスルメを差し出した。七味とマヨネーズを利かせた自家製スルメ。

「ど、どうも……?」

 戸惑いながら受け取った鉄将がそれを口に放り込むと、ムックは無言で彼の背をよじ登り、肩の上へ。
 肩車のようなその光景に、一同は一瞬息を呑んだ。

「……これ、馬鹿にされてんのか?」

 鉄将の頭にはムックが振った七味が雪のように舞い降りている。が、悪意は一切ない。ただ見晴らしの良い場所で間食しているだけだ。

「好感度MAXだ。良かったな!」

 強が陽気に親指を立てると鉄将は顔をしかめた。

「……良くねぇよ」

 その一言を合図に皆が笑い出す。
 ローズは嬉々として写真を撮り始め、さらに鉄将にスルメを持たせてムックに咥えさせようとする始末だ。

「誰か助けてくれ……」

 鉄将はため息交じりに呟いた。
 そしてその視線の先にいたのはかつて自分に絡んできた強。

 類は友を呼ぶ、彼が連れてきた友人達を見てその言葉が胸に響き、鉄将ははっきりと悟った。
 声なんてかけるんじゃなかった、と。
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