そしてB型の世界は始まる

ぞっぴー

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そしてB型は惹かれ会う

46.変わった先輩と変われない後輩

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 鉄将は空いた花壇にマリーゴールドの種を蒔くことにした。
 特別な理由があったわけではない。図鑑をめくった時、ふと目に飛び込んできただけだ。
 何となくーーけれど、それがなぜかしっくりきた。

 委員長に提案し、余っていた種を分けてもらう。
 既に咲いている花の世話ではなく、何もない土から始めるのは初めてだった。
 手探りの毎日。スマホで調べ、図書室に足を運び、それでも確信の持てないままシャベルを握る。

「ちょっと、掘りすぎじゃないかい?」

 不意にかけられた声に鉄将は驚いて振り返る。
 そこにはあの時の小さくて、大きな存在――チビでか先輩の姿があった。

「あなたは……ええと……」
「チビでか先輩だよ」

 屈託なくそう名乗った彼女に鉄将はほんの一瞬、顔を曇らせた。

「……それって、悪口ですよね?」
「まぁ、もともとはね」

 先輩はからりと笑った。
 その笑顔にはわざとらしささえ含まれていた。鉄将を安心させようとする、誰かのための笑い。

「でも今は、ちょっと気に入ってる」

 そう言って、小さく肩をすくめた。
 それが、彼と繋がるための名前だったから。

「……先輩、変わりましたね」
「そうかい?」

 初めて見たときの、背伸びしたような反発心はもうない。
 今の彼女は小柄な身体以上の強さを持っている。
 その変化を鉄将は素直に感じていた。

「先輩は……」
「……なんだい?」

 先輩の瞳が真っすぐに自分を見つめてくる。
 まるで逃げ道をふさぐように。
 鉄将は戸惑い、そして覚悟を決めるように唇を結んだ。

「……先輩は俺が怖くないんですか?」

 それはずっと抱えていた疑問だった。
 自分が人とは違うという意識が口をついて出た。

 けれど先輩はわずかも揺るがず、優しく笑って言った。

「助けてくれた人をなんで怖がる必要があるんだい?」

 両手を広げるような仕草で、まるごと受け入れてくれるような眼差し。
 その言葉に鉄将の胸が少しだけ、軽くなった。

 だけど、と先輩は続けた。

「……申し訳ないが、最初は怖かったさ。助けてくれた直後でもね」

 鉄将の目がわずかに揺れる。
 けれど、彼女は真剣な表情ではっきりと続けた。

「でもね、求平君と話している君を見て、不思議とその恐怖は消えていった。今は恐怖なんて微塵もないよ」

 彼女は思っていることを全てぶつけてくれた。鉄将は何も返せなかった。
 自分の中にある黒いもの、それすら包み込もうとするような彼女の眼差しが眩しかった。

「さっき、私が変わったって言ったよね」

 鉄将は小さく頷く。

「君は変わらないのかい?」

 その言葉は鉄将を撃ち抜く。一段ステージを上げた先輩にとっては鉄将の心を見透かすなど雑作もないことだった。
 それほど、周りの目を気にしていた彼女は周りに目を向けられるようになっていた。

「……そう簡単に人は変われないんですよ」
「変われるさ。少しのきっかけで。私がその証人だよ」

 その言葉に込められた重みを、鉄将は受け止めきれなかった。
 手を伸ばせば届きそうな希望がどうしても掴めない。

 あの日、踏み出した一歩が辛くも崩れ去った。
 暗闇に包まれたその先に道など見えなかった。

「もしかしたら……彼ならーー」

 チビでか先輩の独り言が春風にさらわれていく。

「そういえば、今度こそ君の名前を聞いていいかい?」
「……鬼怒川鉄将です」
「鬼怒川君はいつも放課後に花の手入れしてるのかい?」
「いえ、まちまちです。朝だったり、昼休みだったり……」

 それを聞いた先輩は、ふむ、と顎に手を当てて考え込み、一冊のノートを取り出すと何かを書きつけた。

「じゃあね、明日からはにするといいよ」
「……どういう意味ですか?」
「もしかしたら――君を変えてくれる人が現れるかもしれないからさ」

 チビでか先輩はウィンクを残し、ノートをぱたんと閉じた。
 中に何が書かれていたか、鉄将は気にも留めなかった。
 ただその言葉だけがなぜか脳裏に残った。

 だからこそ――
 鉄将は次の日から毎日、放課後に作業の時間を移したのだった。

 そして。
 先輩の言葉どおり、その「誰か」は現れた。

 求平強――あの眩しいほど真っ直ぐな男。
 否、鉄将自身がそれをどこかで期待していた。
 あの時、先輩の言葉を聞いた瞬間から。

 だから、強達の声を耳にしたとき、鉄将は、その前に姿を見せたのだ。

 求平強とその仲間達は、不思議な集まりだった。
 鉄将に怯える様子もなく、むしろ女子二人は最初から突っかかってくる勢いで話しかけてきた。
 最初こそ驚いた目をしていた他のメンバーも強の空気に巻き込まれるように鉄将との距離を縮めていく。

 自然体のまま、遠慮のない言葉をぶつけ合うその輪。
 鉄将にとってそれは初めて味わう温かさだった。

 あのとき――
 鉄将は強が差し出した手を無意識に取ろうとしていた。
 頭では拒もうとしていたのに、心が手を伸ばしていた。

 だが話が「クラス」のことに及んだ瞬間、心の奥に触れられたような痛みに、反射的に怒鳴ってしまった。

 自分を心配してくれた者達を、突き放す言葉で。
 その直後には後悔が雪崩のように押し寄せたがもう遅かった。

 鉄将は保健室を出るしかなかった。
「これでいい」そう、自分に言い聞かせながら。

 ――けれど後日。

 求平強は、あっけらかんとした顔で、また鉄将の前に現れたのだった。
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