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そしてB型の部活動は始まる
65.彼らがここへ来た理由
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「桐人は分かってたのか? あれがエアガンだって」
静かに問いかけた皆人の言葉に桐人はカップの縁に口をつけたまま目を細め、紅茶を一口、喉の奥へと流し込んだ。
香り高い蒸気がふわりと顔を包む。
「本物のわけないでしょ。ここ、日本だよ?」
その軽い口調に皆人は肩の力を抜くように小さく頷いた。
「……そう言われれば、まぁそうか」
常識で考えれば、誰だってすぐに分かる筈だ。
だが皆人はちらりと視線を横に流す。ふぅ、と小さく息を吐いたローズの横顔が目に入った。
どこか安堵の色を湛えたその微笑みに皆人の胸にもやっとした緊張が溶けていく。
「良かったですわ。執事が所持しているのとそっくりでしたので……最近の玩具はほんとうによくできていますのね」
白磁のような指先でティーカップの縁をなぞりながらローズが呟く。
「……ってお嬢様がおっしゃってますが?」
皆人の皮肉交じりの言葉に、桐人は軽く肩を竦めて返した。
「……巨傲は独立国だから」
常識という土俵にすら立ってこない相手。皆人は苦笑し、肩をすくめるしかなかった。
「それでも貴方! いくらおもちゃでも危ないじゃありませんの!」
ローズの語気が鋭くなる。その横顔にわずかに怒りの火が灯る。
「って言っても、一般人は痣になるだろうけど……強君なら大丈夫じゃないの?」
桐人が事もなげに言う。
「桐人は俺を何だと思ってんだ……」
桜や鉄将みたいな人外と一緒にするな。
頭を抱えた強の呟きはもはや独り言に近い。
外野のやり取りが賑やかに続く中、その中心からやや離れた場所では依然として桜と瀬名の視線が鋭く交錯していた。
空気が張りつめ、ピンと弦が引かれたような緊張感が部室に漂う。
門居は両手を広げるようにして間に入ろうと懸命に動き、鉄将は立ったまま彼女が引き下がるまで武器を押さえ続けている。
沈黙を切り裂くように瀬名の一言が放たれた。
「……合格よ」
その瞬間、彼女の纏っていた殺気がすうっと消える。それは張り詰めていた糸が音もなく緩むように。
鉄将はゆっくりと銃から手を離し、桜は縄を器用に仕舞い込んだ。
瀬名も同様に軽やかにエアガンを回してホルスターへと収め、椅子に深く腰を落とす。
「あなた達に救援を求めるわ」
簡潔だが初依頼の言葉だった。彼女の視線が皆を一人一人捉える。
桜達も自然とそれぞれの位置に腰を下ろし、話を聞く構えを取る。
すっ飛ばされた背景を補足するように門居が一歩前に出て説明を始めた。
「僕達と一緒にサバゲー同好会と勝負してもらえないでしょうか?」
「……サバゲー部じゃなくて同好会なんだな」
強の呟きにローズが眉をひそめた。
「そこですの?」
「まず高校でサバゲーって活動実績作れるの?」
桐人は淡々と言った。その言葉には現実的な視点が含まれていた。
しかしそこを裏の力ですっ飛ばした金敷部が言えることではない。むしろ金敷部の活動実績とは何か? いくら悩んでも微塵も出てこない。
皆人はそんな思考を巡らせながら一抹の不安を覚えていた。
金敷部は厄介なものに首を突っ込もうとしているのではないか、と。
「元々、瀬名先輩はサバゲー同好会の副部長だったんです」
「それが何で今になって文芸部に?」
強の率直な疑問に瀬名は微かに笑みを浮かべる。
「……私、どう見ても文芸部っぽいでしょ?」
「ガワだけだろ」
見た目だけで言えば窓際で小説を嗜んでいそうな彼女、しかし今はそんな面影すらない。
強が呟いたその瞬間、パァン! という鋭い破裂音が空気を裂いた。
エアガンの弾が風を切り、彼の耳元をかすめて床へと転がった。
射撃の瞬間は誰も見ていない。ただ音だけが鮮烈に残る。
そのスピードは桜を撃った時より数段上だった。
彼女が銃を抜いた、という事実だけが残像のように全員の脳裏に焼き付いた。
皆人は背筋から震え上がった。もし今、あの銃口が自分に向けられていたら――と。
瀬名は銃を構えたまま、ゆっくりと語り出す。
「私はある日、気付いたの。私が生きるのは血にまみれた戦場ではないって、刺激なんていらないって」
その声には確かな決意とどこか憧憬めいた響きがあった。
それを聞いていた強の脳裏に何かが引っかかった。言葉にできない既視感。
戦場ーー刺激、直近でその単語を聞いた覚えがある。しかしそれ以上は思い出せない。
まぁそのうち分かるだろと、強は自分の額を軽く叩いて思考を止めた。
その視線の先では鉄将が桐人に尋ねていた。
「そのサバゲーってのは……そんなに血みどろになるような危険なものなのか?」
「そんなわけないでしょ。……普通《・》はね」
桐人の声にはどこか引っかかる余韻があった。
普通はという但し書きがこの学校におけるサバゲーの異質さを仄めかしている。それも全て目の前の彼女のせいだった。
「それで、なんでサバゲー同好会と勝負になるの?」
美月が興味を失ったように声を投げる。膝の上では細い指がピアノの鍵盤を模すように動いていた。
早く会話を終えて弾きたいのだろう。
「サバゲー部は……いえ、同好会は瀬名先輩を取り戻したいんです。最初は話し合いでした。でも部長の戸呂先輩が痺れを切らして。……勝負しろって」
「私は承諾した」
「文芸部が負けたら同好会に戻ってもらう……そういう約束で?」
皆人の問いに瀬名は無言で頷く。
「でも……受ける必要なんて、なかったんじゃないですか?」
皆人の言葉には率直な疑問とそれ以上に「なぜ?」という戸惑いが滲んでいた。
刺激がいらない、平穏を望むならば戦わなければいい。それだけのはずだ。
だが瀬名は少し微笑んで、あっさりと答えた。
「喧嘩は売られたら買うのが礼儀よ」
その一言で皆人は天を仰いだ。隣で門居も頭を抱えて項垂れている。
――身内に振り回されるのはどうやら彼も同じらしい。
桜と強だけがまるで共感するように「確かに」と頷いているのが皆人にとってはなおさら頭痛の種だった。
静かに問いかけた皆人の言葉に桐人はカップの縁に口をつけたまま目を細め、紅茶を一口、喉の奥へと流し込んだ。
香り高い蒸気がふわりと顔を包む。
「本物のわけないでしょ。ここ、日本だよ?」
その軽い口調に皆人は肩の力を抜くように小さく頷いた。
「……そう言われれば、まぁそうか」
常識で考えれば、誰だってすぐに分かる筈だ。
だが皆人はちらりと視線を横に流す。ふぅ、と小さく息を吐いたローズの横顔が目に入った。
どこか安堵の色を湛えたその微笑みに皆人の胸にもやっとした緊張が溶けていく。
「良かったですわ。執事が所持しているのとそっくりでしたので……最近の玩具はほんとうによくできていますのね」
白磁のような指先でティーカップの縁をなぞりながらローズが呟く。
「……ってお嬢様がおっしゃってますが?」
皆人の皮肉交じりの言葉に、桐人は軽く肩を竦めて返した。
「……巨傲は独立国だから」
常識という土俵にすら立ってこない相手。皆人は苦笑し、肩をすくめるしかなかった。
「それでも貴方! いくらおもちゃでも危ないじゃありませんの!」
ローズの語気が鋭くなる。その横顔にわずかに怒りの火が灯る。
「って言っても、一般人は痣になるだろうけど……強君なら大丈夫じゃないの?」
桐人が事もなげに言う。
「桐人は俺を何だと思ってんだ……」
桜や鉄将みたいな人外と一緒にするな。
頭を抱えた強の呟きはもはや独り言に近い。
外野のやり取りが賑やかに続く中、その中心からやや離れた場所では依然として桜と瀬名の視線が鋭く交錯していた。
空気が張りつめ、ピンと弦が引かれたような緊張感が部室に漂う。
門居は両手を広げるようにして間に入ろうと懸命に動き、鉄将は立ったまま彼女が引き下がるまで武器を押さえ続けている。
沈黙を切り裂くように瀬名の一言が放たれた。
「……合格よ」
その瞬間、彼女の纏っていた殺気がすうっと消える。それは張り詰めていた糸が音もなく緩むように。
鉄将はゆっくりと銃から手を離し、桜は縄を器用に仕舞い込んだ。
瀬名も同様に軽やかにエアガンを回してホルスターへと収め、椅子に深く腰を落とす。
「あなた達に救援を求めるわ」
簡潔だが初依頼の言葉だった。彼女の視線が皆を一人一人捉える。
桜達も自然とそれぞれの位置に腰を下ろし、話を聞く構えを取る。
すっ飛ばされた背景を補足するように門居が一歩前に出て説明を始めた。
「僕達と一緒にサバゲー同好会と勝負してもらえないでしょうか?」
「……サバゲー部じゃなくて同好会なんだな」
強の呟きにローズが眉をひそめた。
「そこですの?」
「まず高校でサバゲーって活動実績作れるの?」
桐人は淡々と言った。その言葉には現実的な視点が含まれていた。
しかしそこを裏の力ですっ飛ばした金敷部が言えることではない。むしろ金敷部の活動実績とは何か? いくら悩んでも微塵も出てこない。
皆人はそんな思考を巡らせながら一抹の不安を覚えていた。
金敷部は厄介なものに首を突っ込もうとしているのではないか、と。
「元々、瀬名先輩はサバゲー同好会の副部長だったんです」
「それが何で今になって文芸部に?」
強の率直な疑問に瀬名は微かに笑みを浮かべる。
「……私、どう見ても文芸部っぽいでしょ?」
「ガワだけだろ」
見た目だけで言えば窓際で小説を嗜んでいそうな彼女、しかし今はそんな面影すらない。
強が呟いたその瞬間、パァン! という鋭い破裂音が空気を裂いた。
エアガンの弾が風を切り、彼の耳元をかすめて床へと転がった。
射撃の瞬間は誰も見ていない。ただ音だけが鮮烈に残る。
そのスピードは桜を撃った時より数段上だった。
彼女が銃を抜いた、という事実だけが残像のように全員の脳裏に焼き付いた。
皆人は背筋から震え上がった。もし今、あの銃口が自分に向けられていたら――と。
瀬名は銃を構えたまま、ゆっくりと語り出す。
「私はある日、気付いたの。私が生きるのは血にまみれた戦場ではないって、刺激なんていらないって」
その声には確かな決意とどこか憧憬めいた響きがあった。
それを聞いていた強の脳裏に何かが引っかかった。言葉にできない既視感。
戦場ーー刺激、直近でその単語を聞いた覚えがある。しかしそれ以上は思い出せない。
まぁそのうち分かるだろと、強は自分の額を軽く叩いて思考を止めた。
その視線の先では鉄将が桐人に尋ねていた。
「そのサバゲーってのは……そんなに血みどろになるような危険なものなのか?」
「そんなわけないでしょ。……普通《・》はね」
桐人の声にはどこか引っかかる余韻があった。
普通はという但し書きがこの学校におけるサバゲーの異質さを仄めかしている。それも全て目の前の彼女のせいだった。
「それで、なんでサバゲー同好会と勝負になるの?」
美月が興味を失ったように声を投げる。膝の上では細い指がピアノの鍵盤を模すように動いていた。
早く会話を終えて弾きたいのだろう。
「サバゲー部は……いえ、同好会は瀬名先輩を取り戻したいんです。最初は話し合いでした。でも部長の戸呂先輩が痺れを切らして。……勝負しろって」
「私は承諾した」
「文芸部が負けたら同好会に戻ってもらう……そういう約束で?」
皆人の問いに瀬名は無言で頷く。
「でも……受ける必要なんて、なかったんじゃないですか?」
皆人の言葉には率直な疑問とそれ以上に「なぜ?」という戸惑いが滲んでいた。
刺激がいらない、平穏を望むならば戦わなければいい。それだけのはずだ。
だが瀬名は少し微笑んで、あっさりと答えた。
「喧嘩は売られたら買うのが礼儀よ」
その一言で皆人は天を仰いだ。隣で門居も頭を抱えて項垂れている。
――身内に振り回されるのはどうやら彼も同じらしい。
桜と強だけがまるで共感するように「確かに」と頷いているのが皆人にとってはなおさら頭痛の種だった。
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