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そしてB型の部活動は始まる
74.真のサバイバルゲーム
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「……分かった。お大事に」
短い通話を終えると門居はそっとスマートフォンを胸元に伏せ、目線を落とした。その眉間にはうっすらと皺が寄り、いつもの柔らかな表情には小さな陰が差している。
「藤岡君が熱を出して来られないそうです」
ぽつりと落とされた言葉に場の空気が一瞬だけ……揺れなかった。
強は背を向けたまま数を指折り始める。
ここにいる文芸部員は全員で七人。何度数えても同じ顔は五人、明らかに一人足りない。
そしてその場に双子のようにそっくりな顔が並んでいる光景に今更ながら口を開いたのは皆人だった。
「……ご兄弟ですか?」
「その件はもう終わったぞ」
やや間を置いて、強が冷ややかに切り返す。
門居があれこれ騒いでいる中、他の部員達は特に気にした様子も見せず、隣の席でムックと湯気の立つ紅茶を囲んで穏やかなティータイムに興じていた。
その中で三俣が代表するようにゆるく口を開く。
「というか、藤岡くらい居なくてもな」
誰かを否定するような口調ではない。ただ静かな現実の確認だった。
そもそもこの戦いは十五人全員で挑まなければならないというルールがあるわけではない。
さらに彼らはある事実を受け入れている。戦力としてそこまで自己評価は高くない。
故に藤岡一人居なくても揺るがないのだ。
ついでに言うならライバルが減り、活躍の機会が増えたとまで思っている者がいる始末。
しかしそれも敗北したら全てが無に帰す。
余りに動揺する門居を見送りながら、強はふと呟いた。
「……うちの部員、一人余ってるぞ」
その言葉に桐人がびくりと肩を震わせ、声を裏返らせた。
「えぇっ!? いやいや無理無理、無理だって。僕、やる気とか全然ないし、練習もしてないし、弾も当たらないよ絶対!」
肩をすくめ、両手をぶんぶんと振って全力で拒否する桐人。
もともとは応援としてここに来ていたはずの彼に突如降ってきた出場の話。
想定外の飛び火に顔色も変わる。
「まぁ良いじゃありませんの。せっかくですし、一人だけ参加しないのも寂しいですもの。楽しみましょう?」
そう言ってローズがにこやかに微笑む。その笑顔には一切の裏がない。
だがその真っ直ぐな無垢さがかえって桐人の逃げ道を塞いだ。
「いや……えぇ……」
困惑と戸惑いの入り混じった表情のまま桐人は項垂れる。背中を丸め、観念したように小声で漏らす。
「……数合わせだからね。当てにしないでね。何もできないからね!」
「分かった分かった」
強が軽く笑って肩に手を置いた。だが空気が緩むのも束の間、桜が耳をすませるように顔を上げ、次の瞬間、奥の扉が重々しく開かれた。
「揃ったようだな」
現れたのは迷彩柄のシャツにパンツ、そして顔まで黒布で覆った全身黒尽くめの集団。
無骨な銃器をぶら下げたその中央、ひときわ異彩を放つスカルマスクの男が一歩前へと進み出る。
ゆっくりとマスクを外すその仕草はまるで儀式のようだった。
現れた顔ーーそれはサバゲー同好会の部長、戸呂である。
「覚悟は良いか? 文芸部に金敷部」
口元を吊り上げ、悪びれもなく強達を一瞥する。
「俺達はいつでも戦闘態勢だ。この野郎」
「……あっさい売り言葉だな」
「教養の無さが透けて見えるわね」
皆人と瀬名がほぼ同時に切り返す。まるで約束された連携のような口撃。
敵は戸呂達のはずなのに、背後からの鋭利なツッコミが強の心を刺し貫いた。
そのダメージはものともせず強は戸呂へと向き直る。
「それで、ルールは?」
「真のサバイバルゲームだ」
返ってきたのは意味不明で不穏な言葉だった。
門居が言っていた例のやつだ。強が詳細を問おうとしたその時、間に割って入ったのはこの施設のオーナーZenである。
「ルールは全員撃破を目的とした殲滅戦。ただし通常のサバゲーとは決定的に違うのはヒットコールは無い点だ」
弾が当たったと判断した時に「ヒット」と声を上げ速やかに退場する。これがヒットコールだ。
これが無いと何をもって勝敗をつけるというのか。
このルールはサバゲー初心者の皆人でも知っている。
「じゃあ何をもって退場になるんですか?」
不安げに問いかける皆人にオーナーは静かに無線機を差し出す。
「このフィールドには百を超えるカメラが設置されている。私が本部から全体を監視し、ヒットを確認したら、そのプレイヤーに個別で無線を飛ばす。ヒットされた者はそこで失格となる」
機械的で公平なジャッジをするというオーナー。
第三者が審判をしてくれれば確かにありがたい。
「失格者は自ら退場することを禁止する」
オーナーが指を鳴らす。
奥から現れたのは全身黒の装束に身を包んだ大柄な二人の男。ただし丈が合っていないのか、腹部や腕の筋肉があらわに露出している。
不自然なほど完璧な腹筋がむしろ逆に不信感を煽る。
「彼らが死体を回収する。失格した瞬間、喋るのも、動くのも禁止。当然無線も遮断する。失格者はそこで戦場の遺体となってもらう」
なるほどな。そう皆人は相槌を打つ。彼らが言う真のサバゲーとはゲームではなく、本物の戦争の模倣のようだ。
「つまり、味方の状況も敵の数も連携がなければ何一つ分からなくなる……」
「ご名答だ、お嬢ちゃん」
察しの良い美月にニヤリと笑いながら、オーナーはさらに黒い袋から何かを取り出した。それは鈍く光るゴム製のダミーナイフだった。
「ヒット判定は銃撃またはこのナイフによる斬撃のみ。それ以外の攻撃は致命傷とはみなされない」
「……それって要するに、ヒット扱いにはしないけど何をしても構わないってことですか?」
おそるおそる桐人が訊ねる。その声にはすでに怯えと後悔が混じっていた。
オーナーは何の迷いもなく頷いた。
そのルールを聞いて、笑い出す者、目を燃やす者、そして静かに顔を引きつらせる桐人と皆人。
己の軽率な参加が今になって重たくのしかかってくる。彼らは心の中でそっと呟いた。
(……やっぱり、来るんじゃなかった)
短い通話を終えると門居はそっとスマートフォンを胸元に伏せ、目線を落とした。その眉間にはうっすらと皺が寄り、いつもの柔らかな表情には小さな陰が差している。
「藤岡君が熱を出して来られないそうです」
ぽつりと落とされた言葉に場の空気が一瞬だけ……揺れなかった。
強は背を向けたまま数を指折り始める。
ここにいる文芸部員は全員で七人。何度数えても同じ顔は五人、明らかに一人足りない。
そしてその場に双子のようにそっくりな顔が並んでいる光景に今更ながら口を開いたのは皆人だった。
「……ご兄弟ですか?」
「その件はもう終わったぞ」
やや間を置いて、強が冷ややかに切り返す。
門居があれこれ騒いでいる中、他の部員達は特に気にした様子も見せず、隣の席でムックと湯気の立つ紅茶を囲んで穏やかなティータイムに興じていた。
その中で三俣が代表するようにゆるく口を開く。
「というか、藤岡くらい居なくてもな」
誰かを否定するような口調ではない。ただ静かな現実の確認だった。
そもそもこの戦いは十五人全員で挑まなければならないというルールがあるわけではない。
さらに彼らはある事実を受け入れている。戦力としてそこまで自己評価は高くない。
故に藤岡一人居なくても揺るがないのだ。
ついでに言うならライバルが減り、活躍の機会が増えたとまで思っている者がいる始末。
しかしそれも敗北したら全てが無に帰す。
余りに動揺する門居を見送りながら、強はふと呟いた。
「……うちの部員、一人余ってるぞ」
その言葉に桐人がびくりと肩を震わせ、声を裏返らせた。
「えぇっ!? いやいや無理無理、無理だって。僕、やる気とか全然ないし、練習もしてないし、弾も当たらないよ絶対!」
肩をすくめ、両手をぶんぶんと振って全力で拒否する桐人。
もともとは応援としてここに来ていたはずの彼に突如降ってきた出場の話。
想定外の飛び火に顔色も変わる。
「まぁ良いじゃありませんの。せっかくですし、一人だけ参加しないのも寂しいですもの。楽しみましょう?」
そう言ってローズがにこやかに微笑む。その笑顔には一切の裏がない。
だがその真っ直ぐな無垢さがかえって桐人の逃げ道を塞いだ。
「いや……えぇ……」
困惑と戸惑いの入り混じった表情のまま桐人は項垂れる。背中を丸め、観念したように小声で漏らす。
「……数合わせだからね。当てにしないでね。何もできないからね!」
「分かった分かった」
強が軽く笑って肩に手を置いた。だが空気が緩むのも束の間、桜が耳をすませるように顔を上げ、次の瞬間、奥の扉が重々しく開かれた。
「揃ったようだな」
現れたのは迷彩柄のシャツにパンツ、そして顔まで黒布で覆った全身黒尽くめの集団。
無骨な銃器をぶら下げたその中央、ひときわ異彩を放つスカルマスクの男が一歩前へと進み出る。
ゆっくりとマスクを外すその仕草はまるで儀式のようだった。
現れた顔ーーそれはサバゲー同好会の部長、戸呂である。
「覚悟は良いか? 文芸部に金敷部」
口元を吊り上げ、悪びれもなく強達を一瞥する。
「俺達はいつでも戦闘態勢だ。この野郎」
「……あっさい売り言葉だな」
「教養の無さが透けて見えるわね」
皆人と瀬名がほぼ同時に切り返す。まるで約束された連携のような口撃。
敵は戸呂達のはずなのに、背後からの鋭利なツッコミが強の心を刺し貫いた。
そのダメージはものともせず強は戸呂へと向き直る。
「それで、ルールは?」
「真のサバイバルゲームだ」
返ってきたのは意味不明で不穏な言葉だった。
門居が言っていた例のやつだ。強が詳細を問おうとしたその時、間に割って入ったのはこの施設のオーナーZenである。
「ルールは全員撃破を目的とした殲滅戦。ただし通常のサバゲーとは決定的に違うのはヒットコールは無い点だ」
弾が当たったと判断した時に「ヒット」と声を上げ速やかに退場する。これがヒットコールだ。
これが無いと何をもって勝敗をつけるというのか。
このルールはサバゲー初心者の皆人でも知っている。
「じゃあ何をもって退場になるんですか?」
不安げに問いかける皆人にオーナーは静かに無線機を差し出す。
「このフィールドには百を超えるカメラが設置されている。私が本部から全体を監視し、ヒットを確認したら、そのプレイヤーに個別で無線を飛ばす。ヒットされた者はそこで失格となる」
機械的で公平なジャッジをするというオーナー。
第三者が審判をしてくれれば確かにありがたい。
「失格者は自ら退場することを禁止する」
オーナーが指を鳴らす。
奥から現れたのは全身黒の装束に身を包んだ大柄な二人の男。ただし丈が合っていないのか、腹部や腕の筋肉があらわに露出している。
不自然なほど完璧な腹筋がむしろ逆に不信感を煽る。
「彼らが死体を回収する。失格した瞬間、喋るのも、動くのも禁止。当然無線も遮断する。失格者はそこで戦場の遺体となってもらう」
なるほどな。そう皆人は相槌を打つ。彼らが言う真のサバゲーとはゲームではなく、本物の戦争の模倣のようだ。
「つまり、味方の状況も敵の数も連携がなければ何一つ分からなくなる……」
「ご名答だ、お嬢ちゃん」
察しの良い美月にニヤリと笑いながら、オーナーはさらに黒い袋から何かを取り出した。それは鈍く光るゴム製のダミーナイフだった。
「ヒット判定は銃撃またはこのナイフによる斬撃のみ。それ以外の攻撃は致命傷とはみなされない」
「……それって要するに、ヒット扱いにはしないけど何をしても構わないってことですか?」
おそるおそる桐人が訊ねる。その声にはすでに怯えと後悔が混じっていた。
オーナーは何の迷いもなく頷いた。
そのルールを聞いて、笑い出す者、目を燃やす者、そして静かに顔を引きつらせる桐人と皆人。
己の軽率な参加が今になって重たくのしかかってくる。彼らは心の中でそっと呟いた。
(……やっぱり、来るんじゃなかった)
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