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第2章 秘めし小火と黒の教師編

31.改造兵士と狂気の科学者

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「………"ただの教師"だと?ふざけるなっ!!」


部下をレイヴンに瞬く間に全員倒されてしまったのが余程悔しかったのか、ブルートは怒った。ただ、大声で怒鳴っただけでは収まり切れないのか、血が出そうなほど強く下唇を歯で噛みしめていたのだ。


「そいつらは、私の実験により獣の力を与えた"改造兵士"だぞ!ただの教師などに倒せる訳がないっ!!」

「あー、道理で動きが人間離れしてると思ったぜ」

「………その人間離れしてる"改造兵士"を軽く倒しておいて、よく言いますよね」

「ホント、味方で良かったよね」


少し離れた位置で、フリッドとファイが呆れながら小声で話していた。先ほど、"改造兵士"が獣の如く速さでこちらに襲いかかってきた時は肝を冷やしたが、レイヴンによりその"改造兵士"たちが返り討ちにしたため、心に余裕が出来た証拠であった。



「くっ………。まぁ、いいでしょう。その"改造兵士"共は、どうせ失敗作でしたから」


さっきまで、怒りに満ち悔しがっていた時とは違い、冷静さを取り戻したブルート。しかも、それどころか自分の部下たちは失敗作だったために、あっさりやられても仕方がなかったかと言わんばかりな薄ら笑いを浮かべていたのであった。


「アンタ、自分の仲間に対して随分と酷い言いようじゃないか。やられはしたが、労いの言葉くらいあってもいいんじゃないのか?」

「………仲間?フン、ただの失敗作の"実験体モルモット"
に興味はありません。なぁに、また作ればいいだけの話です」

「………どうやら、テメェにはキツいお仕置きが必要みてぇだな」


レイヴンのその言葉を聞いた瞬間、ブルートの薄ら笑いは消え、実験のためならば非情なことをするのも厭わない邪悪な"狂気の科学者"の冷酷な表情へと変わっていた。


「お仕置き?………そんな生意気な言葉は、私の"|合成獣キマイラ《キマイラ》"を無力化してから言うんですね」


ブルートは懐から"例の瓶"を取り出すと、その瓶の先端に付いている注射器の針を"合成獣キマイラ"に突き刺したのであった。瓶の中に入っていた怪しげな紫色の液体が見る見るうちに減っていき、"合成獣キマイラ"の体に流れていったのである。
すると、"合成獣キマイラ"は苦しそうにもがき始めたのだった。おそらく、薬の副作用を必死に耐えようとしているのであろう、悲鳴とも聞こえるその鳴き声がその辛さを物語っていた。


「………"月の雫"か。しかし、どこでそんな量を仕入れた?裏の市場でも小瓶1本でも相当な額がはる代物だぞ?」

「何を言ってるんですか?仕入れるもの何も、"コレ"は私が作ったものですよ?」

「なっ!?………まさか、こんな恐ろしい"魔薬"をばら撒いたのも、貴様の仕業だって言うのか!」

「えぇ、お陰で"組織"は潤いましたし、こうやって実験にも使える!………あぁ、私はなんて天才なのでしょうか!!」

「……….組織だと?テメェ、一体何者なんだ?」

「いいでしょう、冥土の土産に教えてあげます」


そう言うと、ブルートは自らが着ているローブを掴むと、それを思いっきり上空へと投げ飛ばしたのだった。すると、ローブの中から、紫色のスーツの上に科学者が実験の時に身につけている白衣を着た男が現れた。
そして、手には黒い手袋をはめており、研究が忙しいのか青紫色のその長い髪は、あまり手入れされずボサボサの状態であった。


「私は、"朧月おぼろづき"合成獣キマイラ研究室、室長の"ブルート・シェーヴル"。いずれ、世界を変えると言う偉業を成し遂げる研究者となる者だ!!」


ブルートはそう叫びながら両手を広げ空を仰いだ。おそらく、自らの研究で世界を変えた時のことを想像しているのであろう、そのうっとりとした表情は達成感で満ち溢れていた。


「………"朧月おぼろづき"、今世間を何かと騒がせてるテロリスト集団か。なるほどな、"月の雫"がテメェらの資金源になっていたとはな」

「私も正直驚いているんですよ。ただの副産物でしかなかったこの薬がこんな事になるなんてね」

「副産物だと?それに、世界を変えるとか言ってたが、それは一体どう言うことだ?」

「おっと、これから死にゆく人たちには必要のないことでしょう。やれ!"合成獣キマイラ"!!」


ブルートにより、邪魔者の排除命令が下されたのを合図に、“合成獣キマイラ“の限界まで見開いた二つの目が赤く輝きだし、それと同時に身体が不気味なドス黒い紫色のオーラを放ちながら見る見るうちに大きくなっていった。
そして、元のサイズの2倍ほどの大きさにとなったその時、"合成獣キマイラ"は天に向かってこれまでにない大音量で雄叫びを上げたのであった。


ヴォオオオオオオオオッーーーーーーー!!!!!



レイヴンを除くその場にいる全員が、反射的に耳を塞いでしまうほどの大音量の雄叫びは大地だけではなく空気までも揺らし、それにより強烈な突風が発生したのだった。ファイたちは、それに吹き飛ばされまいと必死に堪えるのが精一杯であった。


「………さぁ、楽しいショーの始まりですよ!!あぁ、あまり呆気なくやられないでくださいよ?戦闘データの参考になりませんからねぇ!!」

「………上等だ。こいつをさっさと倒した後、テメェの顔を一発ぶんなぐって、目を覚まさせてやるぜ!!」


黒いオーラを纏う剣を軽く左右に振ったあと、受けて立つと言わんばかりにその剣を力強く握り、構えるレイヴン。
そんな剣を構える姿を見るのは、ほぼ毎日鍛錬を付けてもらっているファイでさえ初めてであり、それほど本気だと言うのが見てとれた。


「この森の動物たちも、その"合成獣キマイラ"も、悪党だがテメェの部下も、くだらねえ実験なんかで弄んでいい権利なんか誰にも無いってことをなぁっ!!」


レイヴンは物凄い気迫で、"合成獣キマイラ"へと駆け出した。その駆けるスピードは、先ほどの"改造兵士"との戦闘の時よりも速く、"合成獣キマイラ"の目の前まで来るのにも、ほんの僅かな時間しかかからなかったのだ。


「まずは体勢を崩して、そこから一気に畳みかけてやる!」


"合成獣キマイラ"の目の前まで来たレイヴンは、"合成獣キマイラ"の右前脚に狙いを定め、そこをすれ違いざまに剣で斬りつけたのであった。


………カキンッ!!!


レイヴンの剣は、狙い通り"合成獣キマイラ"の右前脚を斬りつけた筈、だった。
しかし、その剣は前脚に1mmも食い込むことはなく、まるで金属同士がぶつかりあり合った時のような甲高い音を鳴らし、無情にも弾かれてしまったのだ。


「………なっ!?」


剣を弾かれてしまったことで逆に体勢を崩されてしまい、さらに自分のスピードによる反動で吹き飛ばされたレイヴンはとても驚いていた。
最初は一体何が起きたのか分からず混乱していたのだが、すぐに冷静さを取り戻し、"合成獣キマイラ"を注意深く観察すると、何かを理解したのかニヤリと笑ったのだ。


「なるほど、土属性の防御魔法か。やってくれる」


よく見てみると"合成獣キマイラ"の右の前脚は、まるで岩壁のような如何にも堅そうな表面へと変わっていて、レイヴンが斬りつけた筈の場所には、一筋の小さい傷が付いていただけであった。


「その通り、土属性の肉体硬化魔法により鋼の如く防御力となった身体は、アナタのその"魔法剣まほうけん"では斬れませんよ?」

「………そのようだな。まさか、魔法も使えるようにしていたとは、ちょっと驚いたなぁ」


レイヴンは、一度深く深呼吸すると再度剣を構えた。そして、久しぶりの強敵に心踊る気持ちを抑えられないのか、不敵な笑みを浮かべるのであった。










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