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第2章 秘めし小火と黒の教師編

33.決着と油断

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「………まさか、火の属性まで使えるとはな。こいつは、あと何種類の魔法を使えるんだ?」

「ふふ、それはご想像にお任せしますよ」

「…………食えない野郎だ」

「それはお互い様でしょう?………さて、今度はこちらから行かせてもらいましょうか………ロック・スパイク!」


ヴォオオオオオオオオッーーーーーーー!!!!!


ブルートが魔法の使用命令を下したその時、"合成獣キマイラ"は天に向かって咆哮すると、岩でできた6本の大きな刺が頭上に現れ、それがレイヴンに向かって次々と飛んでいったのであった。


「うおっと!」


レイヴンは、追尾ミサイルのように猛スピードでこちらに向かって飛んでくる刺の軌道をまるで見切っているかのように6本全てを余裕で躱しきってしまい、体勢を崩すこともなく"魔法剣"を構えると、その剣に綺麗な青色のオーラが纏い始める。


「"水属性魔法付与アグア・エンチャント"!………"水影刃すいえいじん"!」


青色のオーラを纏った剣を振るうと、青い水の斬撃が地を這いながら"合成獣キマイラ"へと進んでいった。


「………同じ手は食わないと言ったはずですよ。"フレイム・ブレス"!!」


しかし、"合成獣キマイラ"の口から放たれた炎によりレイヴンの水影刃は蒸発してしまい、残った白い煙がただ空へと消えていったのであった。


「その程度の"魔法付与"では、この"合成獣キマイラ"の火属性の魔法には敵いませんよ」

「そのようだな。………なら"コイツ"はどうかな?」


そう言うとレイヴンは、握っている"魔法剣"の側面を剣身の付け根から剣先にかけて指でなぞりながら魔力を込める。すると、先ほどと同じように青いオーラが纏い始めたのだが、そのオーラの形が違っていた。

纏っているオーラの色は綺麗な青色なのだが、"魔法剣"の剣身には、やいば尖ったサメの牙のような三角形の刃が、左右合わせて8本も突き出しているのだ。


「はぁああっ!!!」


その8本の刃が突き出た"魔法剣"をレイヴンが力一杯振るうと、前と同じように地面からヒレだけを出して進むサメの如く獰猛な水の斬撃が、“合成獣キマイラ"へと迫っていった。


「やれやれ、どうやら学習しないようですね………"フレイム・ブレス"!


合成獣キマイラ“の魔法の前に通用する筈のない技を、懲りずに何度も繰り出してくるレイヴンに対し、ブルートが半ば呆れながらも迎撃するために火属性魔法の命令を下す。すると、“合成獣キマイラ“の口の中から放出された灼熱の炎が地を這いながら進む水の斬撃を飲み込もうとしていた。

しかし、炎に飲み込まれる寸前で水の斬撃は回転しながら宙を舞い、なんと“合成獣キマイラ“の“フレイム・ブレス“を回避したのだった。


「何だと!?………ならば、これはどうだ!"ウインド・スラッシャー"!!」


レイヴンの斬撃による予想外の動きに対して、一瞬動揺したブルートであったが、すぐに今まで見せたことがない風魔法の発動を命じたのだ。
"合成獣キマイラ"は背中に生えている巨大な蝙蝠のような翼を羽ばたかせると、左右のその翼から風のやいばが放たれ、宙を舞う水の斬撃目掛けて飛んでいったのだ。


「なっ!?」

「どうやらあの"合成獣キマイラ"、風属性の魔法も使えるようですね」

「1体で3つの属性使えるとか、もう反則じゃーん!!!」


風魔法が放たれるところを見ていたファイたちも正直、驚きを隠せずにはいられないかった。
なぜなら、魔道士を目指す自分たちでさえ、今はまだ1つの属性の魔法を使うのでさえ精一杯であるのだが、あの"合成獣キマイラ"は、今し方使った風魔法を含めると既に3種類の属性の魔法を使っていることになるので驚くのも無理はない。
しかも、そのどれもが補助と言うレベルではない威力なのは、レイヴンが水属性の魔法を付与している技に勝ってしまっているのが何よりの証拠であった。


「ハハハハッ!!!私の"合成獣キマイラ"に隙はありませんよ!!」

「…………そいつは、どうかな?」

「何………?」


空中を縦回転しながら弧を描くように敵へと降りかかろうとする水の斬撃に、"合成獣キマイラ"の翼から放たれた風の刃が触れそうになった瞬間であった。
突然、水の斬撃が分裂し、紙一重で風の刃を避け、そのまま"合成獣キマイラ"へと飛んでいったのだ。


「"水属性魔法付与アグア・エンチャント"!………水影刃すいえいじん鮫牙こうが!!」


そして、8つに分裂した水の斬撃が、もう防ぐ術がない"合成獣キマイラ"の体中を引き裂くその様子は、巨大な獰猛なサメの歯が獲物を噛みちぎっているようで、味方である筈のファイたちでさえ"合成獣キマイラ"が可哀想に見えてしまう程であった。

レイヴンの水影刃・鮫牙すいえいじん こうがにより、体中傷だらけになった"合成獣キマイラ"が、あまりの痛さに体を支えきれなくなったのか、崩れるように倒れてしまった。だが、どれも致命傷ではないためか死んではおらず、気絶しているだけのようであった。


「ふぅ………全く、3つの属性を操れるなんて厄介なモン作りやがって。お陰で、久々に骨が折れたぜ」


レイヴンは"合成獣キマイラ"が戦闘不能になったことを確認すると、"魔法剣"を握っている右肩に左手を当てて自分で揉みほぐしていた。
まだ、獣たちの凶暴化事件の黒幕であるブルートが残っているのだが、強敵であったその"合成獣キマイラ"を倒したのか、少しだけレイヴンに余裕ができていた。


「………まさか、私の"合成獣キマイラ"を倒すだなんて………あり得ない」


ブルートは、かけている眼鏡を震える手で抑えながら何度も何度も「あり得ない」と言う言葉を繰り返し呟いていた。それは、自分の作り出した"合成獣キマイラ"の強さに絶対的な自信があったのであろう。
しかし、それが敗れたために絶対的自信は崩れ去り、動揺してしまうのは無理もなかった。


「さてと、お前をどうするか決めないといけないな」


そう言うと、レイヴンはブルートに向けて紫色の水晶のような"魔法剣"を突きつけた。
未だ怒りが治らないのか、そのレイヴンの目には殺意のような感情が込められており、いつ斬り捨ててもおかしくない状況であった。

動揺して同じ言葉を繰り返していたブルートであったが、レイヴンの言葉に反応し、いつからか呟くのを止めていた。


「…….…参りました、降参ですよ」


ブルートは、敗北を認めたのか開き直ったかのように両手を上に掲げて降参のポーズを取っていた。その様子から、もう本人には戦う意思はなく、戦意も失せていたようであった。


「ほぅ、意外と諦めがいいんだな?」

「私の戦力は、アナタが一瞬で倒した"改造兵士"と"合成獣キマイラ"だけですからね。………さぁ、煮るなり焼くなり好きにすればいい」

「それじゃ、お言葉に甘えて………」


レイヴンは、ブルートに突きつけた"魔法剣"を一度空に向けて振り上げた。それを見たブルートも自らの死を悟ったのか、覚悟を決め目を瞑っていたのだ。


…………バキッ!!!


だが、ブルートに見舞われたのは"魔法剣"による斬りつけではなく、顔面への殴打であった。
あまりにも強烈な一撃だったのか、ブルートの体は勢いよく吹き飛ばされてしまっていた。


「ガハッ!!…………なっ!?」

「お前は軍に引き渡す。………あー、これでちょっとはスッキリしたぜ!」

「…………レイヴン」


ブルートを斬らなかったレイヴンを見て安心したクランは、本人でも知らず知らずのうちにレイヴンの方へと歩みを進めていた。


「………フフフ、アナタは甘いですね。その甘さが大切な者を傷つけるのですよ」

「今更、負け惜しみか?そんな事言っても、もう勝負は…………ッ!?」


レイヴンの見た先では、驚きの光景が広がっていた。それは、本来なら立つこともたまらない程の傷を受けている筈のその“怪物“が、あろうことかクランの至近距離に立っているのだ。


「アヒャハハハハッ!!!だから言ったでしょう、アナタの下らないその甘さが、大切な者を傷つけるとね!!」


レイヴンとの戦闘で"合成獣キマイラ"の強さを目の当たりにしたクランは、あまりの恐怖からか、その場から逃げることも、ましてや動くことすら出来ないほどに体が硬直してしまっていたのだ。


「やれ、"合成獣キマイラ"!その娘を引き裂いてしまえ!!」


"合成獣キマイラ"は、ブルートによる指示通りに目の前で怯えるクランを引き裂くべく、狙いを定めるかのように右の前脚を大きく振りかぶっていた。


「…………助けて………レイヴン!!!」


その時、少女の必死の叫びが森に響き渡ったのだった。








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