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第2章 秘めし小火と黒の教師編

36.王国軍と翠玉色の剣

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……………ガッギィイイーーーンッ!!!



硬い金属同士が激しくぶつかりあったかのような甲高い音が、周囲に響き渡るのとほぼ同時に、突如大量の砂煙が舞い上がる。
それにより、その場にいた全員の視界が奪われてしまい、周囲の状況などは分かるはずもなかった。


「…………あぶねーあぶねー、もう少しで軍に引き渡す前に、"あの世"に逝かせちまうところだったぜ」

「………………!!?…………………」


未だ視界良好とはとても言えない砂煙の中から、馴染みのある声が聞こえてくる。
その少々気怠そうな声を聞いた瞬間、つい先ほど突然現れた"黒い羽"を見た時と同じように、僅かではあるがクランに反応が見られたのだ。

そして、段々と砂煙が晴れていくと、その光景にファイたちは驚愕するのであった。

なんと、深傷を負って倒れてしまったレイヴンが、あの"合成獣キマイラ"を軽く吹き飛ばしてしまうほどの強さを持つ黒い巨大な腕を、たった一振りの剣だけで受け止めていたのだ。
それに、彼が手にしているのは先ほどまで使っていた闇属性の"魔法剣"ではなく、見たことがない剣であった。
その鮮やかな翠玉すいぎょく色の剣身からは、ぼんやりと白い光が溢れているのがとても幻想的である。
また、つばに黒い翼が交差している様な飾りが付いており、柄には所々に穴や解れのある古びた灰色の帯が巻かれているのだが、巻ききれずに余った部分が、柄の先からいくらか伸びていた。


「……………本当に……………レイヴンなの……………?」

「そうだ、クラン。俺はちゃんとここにいる。だから落ち着くんだ」


まるで宥めるように優しく語りかけるレイヴンの言葉が届いたのであろうか、虚だったクランの目にも光が戻り、綺麗な琥珀色のその瞳には彼の姿がハッキリと映し出されていた。


「…………よかっ…………た」


安心して全身の力が抜けたのか、前のめりに倒れ込むクラン。それと同時に、魔法陣から現れた巨大な腕も"黒曜石"のように黒光りしていた色から土色へと変化していき、それに伴い全く動かなくなっていた。

倒れ込んだクランが、あわや地面にぶつかると思いきや、いつの間にか傍に来ていたレイヴンにより、しっかりと抱き止められたのであった。
どうやら、そのまま気を失ってしまったようだが、抱きかかえられた彼女のその目にはたくさんの涙が溢れていた。


「どうやら、心配かけちまったみたいだな。…………ごめんな、クラン」


レイヴンはそう言うと、クランを優しく抱きしめる。
すると、それがまるで合図だったかのように土色に変わって動かなくなった巨大な腕が見る見るうちに崩れていき、腕があったその場所にはただの土塊つちくれが残っただけであった。


「先生!クランは、大丈夫なの!?」

「あぁ、ただ気を失っているだけだ。お前らも、全員無事か?」

「アタシたちは全然平気!先生こそ、"合成獣キマイラ"にやられたけど、大丈夫だったの?」

「まぁ、傷の回復にちょっと時間がかかったがな。お前たちにも、心配をかけちまって悪かったな」

「そんなことより、一体何が起きたんですか?クランが呼び出したあの"巨大な腕"について先生は何か知ってるんですか?」


やや興奮気味なフリッドが、クランを抱きかかえるレイヴンに噛み付くように問い詰めている。彼女を起こさないようにあまり大きな声ではないのだが、怖いくらい真剣な彼の表情からは、並々ならない意志が感じられる。


「…………知ってはいる。でも、少し待ってくれないか?」

「え?」

「俺が言っちまうのは簡単だ。だけど、"こいつ"の口からお前たちに話したくなる日が必ず来る。….……だから、それまで待ってくれないか?」


きっとそれは、今はまだ腕の中で眠っているクランのためなのだろう。小さくではあるが頭を下げて頼むレイヴンの姿に、興奮気味であったフリッドもいつのも冷静さを取り戻していた。


「…………先生がそこまで言うのであれば、僕はそれでも構いません」

「ファイとウィンも、それでいいか?」

「うん、俺も全然待つよ!」

「ア、アタシもアタシも!!」

「ありがとな。クランのクラスメイトがお前たちで本当に良かったよ」


ちなみに全員に忘れ去られているブルートとはと言うと、迫りくる巨大な黒い腕の恐怖により気絶してしまい、しかも口から泡を拭いていると言う有り様であった。



「ところでさっ!これからどうするの?さすがに、このままって訳にもいかないよね~?」

「あぁ、それならさっき使い魔を飛ばしてある。そのうち軍が来てくれるだろうから、そしたら…………ん?」

「どうしたの?先生?」


レイヴンが話を途中でやめたことに、不思議に思っていたファイたちだったが、すぐにそれを理解することとなる。

なぜなら、恐らくここからそう遠くない所から、"ある音"が段々と近づいてきているのだ。


「…………これは、足音?」


そう、その"ある音"と言うのは、足音であった。
しかし、"合成獣キマイラ"のようにズドン、ズドンと重い足音ではなく10~20人くらいの集団が、息を合わせて行進しているような足音であった。

そして、その足音がすぐ近くまでやってくると林の間の道から、謎の集団が隊列を組んでこちらに向かってきたのだ。


「もしかして、あれって"王国軍"じゃない?」

「えぇ、間違いありません。あの"旗印"は、"シャイニール王国軍"のものです」


フリッドの言う通り、謎の集団の一人が持っている旗には火、水、地、風、氷、雷、闇の7つを象徴する印で囲まれている中央に、他の印よりも一回りくらい大きな光の印が描かれている。これはこの国に住む者なら誰もが知っている、"シャイニール王国"の紋章であった。


「良かった!"王国軍"が来てくれたのなら、もう安心だよね!」


軍の到着に、ファイたちも安堵の表情を浮かべる。なにせ、簡単と言われた"依頼"に"朧月おぼろづき"や"合成獣キマイラ"、おまけにクランが呼び出した"巨大な黒い腕"など異様な者たちが次から次へと現れたのだから、無理はなかった。
だが、その中でレイヴンだけが、この"軍"の登場に不審を抱いていたのであった。


「…………妙だな」

「え?妙って、どう言うこと?」

「俺が使い魔を飛ばしたのは、ついさっきだ。だから、"軍"の到着があまりにも早すぎる。それに…………」

「それに?」

「アイツらは、"親衛隊"だ」

「"親衛隊"?そんな部隊、"軍"にありましたか?」

「"親衛隊"と言っても、それは所謂"異名"みたいなもので正式には、"シャイニール王国軍司令官直属部隊、通称"第0ゼロ番隊"だ」

「えぇ!?司令官直属部隊って、あの"五大英雄"の一人、"ギルバート・ガードナー"の?」

「って、ことになるな」


隊列を組んでこちらに向かってきていた"王国軍"が、目の前まで来ると一斉に歩みを止め、整列する。その彼らの一糸乱れぬ動きは、日々の血の滲むような鍛錬によるものだと言うのが、戦闘経験が浅いファイたちが見てもわかるほどであった。


「あ、レイヴンさん!よかった、無事だったんですね!」


すると、整列したまま微動だにしない20名ほどの軍人達の中から、明らかに軍人ではない女性が慌てた様子で出てきたのだ。


「アンタは、確か"ギルド"の受付の?」

「ハイ!"ブリーゼ・ヴェーチェル"です!」


事務作業がしやすそうな、女性用のスーツに身を包んだ女性。職場の制服なのだろうか、胸のところに"ギルド"の紋章が描かれている。黄緑色の美しい髪を横に止めている髪型が、童顔である彼女によく似合っていた。

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