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第3章 秘めし小火と級友の絆編
47.カレーライスと夜の学園
しおりを挟む時刻は、現在午後の6時を少し過ぎた辺り。夕方と言うこともあり、明かりが消えているこの部屋は割と薄暗かった。
フリッドの家は、研究者や医療関係者が多く住んでいる、"魔道区"にある閑静な住宅街にある。
この時間帯は他の区域に比べると静かな方で、今居るフリッドの部屋も、壁に掛かっている時計の秒針の音が微かに聞こえるほどに静まり返っていたのだ。
「………………………」
「………………………」
さらに、フリッドとクランの間にも異様な沈黙が流れる。
現在、フリッドの頭の中では、自分の部屋に同年代の女の子と一緒に居ると言う、こんな現実とは思えない状況になり得る可能性を、必死に導き出そうとしていた。
しかし、クランとの距離が近いせいか、クランが使っているシャップーのいい香りが漂ってきており、そのせいで頭が上手く回らなくなってしまっていたのだ。
「………ク、クラン?なぜここに?」
「……………ウィンに、フリッドを見ててって言われたから」
「えっと………そうじゃなくて、なぜ僕の家にクランが居るんでしょうか?」
「……………みんなで、コーヒーをご馳走になってたの」
「そ、そうなんですか…………」
「クラン~~!そろそろ出来るから、フリッドを起こしてあげて~って、もう起きてたんだね。おはよう、フリッド!!」
「…………ウィン?僕の家で一体、何をしてるんですか?」
「それは、リビングに行ってからのお・た・の・し・み♪」
2人に連れられてリビングに向かうフリッド。すると、その途中からいい匂いが漂ってきているのに気がついた。
「この匂いは、もしかして…………」
リビングに着くと、黒いエプロンを着けているファイが調理台で鍋に火をかけているところであった。
スパイスの効いたこの独特な匂いから察するに、どうやら鍋の中はカレーのようであった。
「あ、おはよう、フリッド。具合はどう?」
「ファイまで………一体どうして、こんなことを?」
「ハロルドさんに頼まれた、ってのもあるけど、フリッドには早く元気になって欲しいからさ」
「そうそう、フリッドはアタシたちの大事な仲間だしね。ね、クラン♪」
「……………うん」
ファイ、ウィン、そしてクランがフリッドを優しい眼差しで見つめる。
その瞬間、フリッドの頭の中で色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った。
兄に頼まれた、らしいがここまでする義理なんて何処にもない。
それに、クランはともかくファイやウィンは兄とは初対面の筈なのに、何故こんな面倒なことができるんだ?
見返りだって、兄が出すわけがないんだ。僕だって、それに見合う対価なんて持ってすらいない。
でも、この3人は。
このお人好しな"級友"たちは
義理なんてなくても
面識なんてなくても
見返りなんてなくても
こんな僕に………困っている人たちに、こうやって優しく手を差し伸べるのだろう。
「みんな………ありがとうございます」
僕は、この時初めて思った。
どうせ目指すのなら、こんなお人好しな"英雄"になりたい、と。
「さぁ、フリッド。いっぱい作ったから沢山食べてよ」
「………はい。では、いただきます」
先ほどまで、ハロルドが出してくれたコーヒーを飲んでいたリビングのテーブルに、今度はフリッドを含めた7組のメンバーである4人の姿があった。
そして、今テーブルの上にあるのは、アップルパイではなくスパイスの効いたカレーを白いライスの上にかけた、所謂“カレーライス“である。
スプーンを手に取り、ライスにカレーがかかっている部分を掬い、そのまま口に運ぶ。
フリッドは、口の中でスパイスの辛さと、具材の感触を味合うようにゆっくりと噛み締めると、名残惜しいそうに飲み込んだのだった。
「美味しい………煮込み具合がなんとも言えないです」
「うんうん!やっぱり、ファイって火を使うから火加減が上手いのかもねっ!!」
「……………本当に、美味しい」
「本当?実は、カレーだけは自信あったんだよね」
「しかし、よくわかりましたね。僕がカレーライスが好きだって」
「え?そうなの???」
「冷蔵庫にあった材料が、ジャガイモとニンジンと玉ねぎと肉と、それにカレーのルーだったから、カレーにしたんだけど………」
「きっと、お兄さんがカレーを作るつもりだったんじゃない???」
「…………妙ですね、兄さんはカレーを作るのだけは苦手で、材料すら買わない筈なのに」
「そうなんだ?」
「きっと、フリッドを驚かせるために、内緒で練習しようとしてたんだよ!!」
「そう、なのかも………しれないですね」
「あれで良かったのか?」
ハロルドが隣を歩くレイヴンに問いかける。
しかし、2人とも目線は合わせることはなかった。
「ん~~~。わからん」
──────プルルルルルルルルルルル!
魔道列車の到着を告げるベルが、レイヴンとハロルドが待つ駅のホームに鳴り響いた。
先ほどの白蜘蛛の使い魔から渡された手紙により、レイヴンとハロルドの2人を呼び出した張本人である、校長が待っているであろう“クロノス魔法学園“に向かうべく、今まさにレイヴンたちを乗せた魔道列車がホームから出発するところであった。
「キミ、そんなに適当で本当に先生なんてできているのか?」
「まぁ、あんまり教えすぎるのも、な。たまには、放っておくぐらいが丁度いい時もあるんだよ」
「それも、“あの人“に教えられたことか?」
「まぁな。それに………」
「それに?」
「硬く閉ざされた“アイツ“の心を、ちょっとでも開けるなら、それでいいんだよ」
「キミは、本当に過保護だなぁ」
「…………お前にだけは、言われたくねぇよ」
「何の、話かな?」
「お前さんだってアイツらを招くために、わざわざ来客用のカップを買い揃えたり、カレーの材料を仕入れたりしてたじゃねーか」
「………さて、何のことやら」
列車が"クロノス魔法学園"の最寄駅である、"クロノス駅"に着く頃には、だいぶ日が傾いときており、まばらではあるが通学路に設置されている街灯に明かりが点けられていた。
殆どの生徒は帰ってしまった夜の学園は、まるで時が止まっているかのように静かであった。
その静寂が支配する学園の廊下を、2人分の足音だけが不気味に反響している。
暫く進むと、今まで通り過ぎてきた他の部屋とは明らかに雰囲気が違っている、かなり立派な扉の前に到着したのだった。
そして、レイヴンは徐に扉に近づくと、軽く手の甲で2回ノックをする。
「…………入りなさい」
扉の中から、老人の声が聞こえて来る。レイヴンたちは、声に従い扉を開けると部屋の中へと吸い込まれるように入っていったのだった。
「わざわざ呼び出してしまって、すまんのぉ」
「いえ、校長の招集であれば、この"ハロルド・グラース"、いついかなる時でも馳せ参じますよ」
ハロルドはそう言うと、胸に手を添えながら少し体を前に傾かせ、会釈をする。
いつも偉そうにしているハロルドが、こうやって礼儀正しく接するのは、おそらく今となっては校長ぐらいであろう。
部屋の壁と言う壁の本棚に、難しそうな本がビッシリと並べられている。
まるで、図書室のような不思議な部屋の中央には、高級そうな木で作られた机に両肘を置き、然も寝ているかのように目を瞑り、静かに椅子に座る老人の姿があったのだ。
そう、この灰色の長い髭を蓄えた老人こそ、"クロノス魔法学園"の現校長であり、シャイニール王国で唯一"賢者"の称号を持つことを許された、最高の魔道士でもある………
"ウォルク・ホーライ・ K=クライメット"、その人である。
「2人を呼んだのは、他でもない。この国に忍び寄る………」
校長は、閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。すると、綺麗な灰色の眼で目の前に立つレイヴンとハロルドを見つめていた。
「脅威、についてじゃ」
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