1000 BLADES-サウザンド=ブレイズ-

丁玖不夫

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第3章 秘めし小火と級友の絆編

48.遭難と魔術書

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「お主らを呼んだのは、他でもない。この国に忍び寄る脅威についてじゃ」


 校長の顔は、いつにもなく真剣であった。こんな表情は、普段学園の生徒たちが見ることはまずあり得ないだろう。
 大切な生徒たちに、要らぬ心配をかけたくない。
 それが、"賢者"クライメットと言う人なのだ。


「その脅威ってのは、1年前に“予知夢“で見たって言う例のやつか?」

「“予知夢“…………クロノス一族だけが使える魔眼、“クロノス・アイ“の持つ能力の一つで、寝ている時にそう遠くない未来が見える、でしたよね?」

「左様。じゃが、今回のは以前お主たちに話したものとは別の脅威じゃ」

「新たに“予知夢“を見たってことか。内容は?」


 不意に、校長が椅子から立ち上がる。
 そして、自らが見たとされる“予知夢“についての真実を、静かに語り始めたのだった。


「…………“偽りの王座に 

     かすかに揺れる月光が重なりし時 

             輝く都に闇を招く“………」


 校長は、まるで幼い子供たちに昔話を聞かせるかのように話始める。その時の校長は、どこか遠くを見つめていて、見た“予知夢“を必死に伝えようとしているようであった。


「…………“盾の守護者と黒き剣士に導かれし 

      光の姫君と若き騎士が

     邪悪に染まりし偽剣を討ち倒さん“…………」


 真剣な面持ちで話す校長の言葉に、2人はいつの間にか、その不思議な物語を聞き入ってしまっていた。
 話が終わった後でも、余韻がまだ続いているのか、未だ沈黙が続く校長室の中には静粛な空気が流れているのだった。


「…………これが、ワシが見た“予知夢“の全てじゃ」

「…………幽かに揺れる月光、ねぇ。これってやっぱり」

「十中八九、"朧月おぼろづき"のことだろうね」

「それに、光の姫君ってことは…………」

「…………ブライト殿の忘形見、じゃの」


 3人は、深刻な様子で互いの意見を確認し合う。どうやら、ここまでの認識は大凡一致しているようであった。


「それ以外は、イマイチわかんねぇな」

「判断材料が足りない気がする」

「……………そのようじゃな。そこで、2人には情報収集を頼みたいのじゃ」

「なるほど。しかし、王国に関わることなら軍にも事情を話し、協力要請をした方がいいのでは?」

「ワシの"予知夢"のことを知るのは、同族と、極少数の者だけじゃ。あまり、多くの者に知られるのは避けたい…………それに」

「軍関係者に、"朧月おぼろづき"が紛れ込んでいる可能性がある、か」


 レイヴンの言葉に、校長が深く頷く。


「でも、軍を頼れないってなると手に入れられる情報に限りがあるぜ?」

「かと言って、軍から盗むと言うわけにもいくまい」


 レイヴンが、頭を掻きながら難しい顔をして悩んでいる。
 一方、ハロルドも思考を巡らせているのか、両腕を組みながら一人でブツブツと呟いていた。

 そんな2人の様子を見た校長が、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。



「それなら、ワシに幾つか心当たりがある」









「……………みんなに、話したいことがあります」


 カレーライスを食べ終わり、フリッドの家のダイニングで他愛のない話で盛り上がっていた7組のメンバーであったが、意を決したフリッドの言葉により一変して、フリッドの性格通りの真面目な雰囲気へと変わったのだった。


「まずは、クラン。すみませんでした」

「………………え?」

「あの事件の時に、クランの身に起きたことを先生に聞こうとしたら、クランの口から聞いてくれと言われました」

「………………そう、みたいだね……………」

「だけど、僕は先生との約束を破り、兄さんから聞き出そうとしました。本当に、すみませんでした…………」

「………………でも、どうして?」


 クランは、少しだけ顔を俯いたままフリッドに問いかける。その時のクラン声は、別に怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもく、普段のクランのままのように思えた。


「………………ハロルド先生とあんな"勝負"をしてまで、あの日起こったことを知りたかったの………………?」

「…………それは、さっき見た筈です。兄との"勝負"の時に」

「それって、もしかして………」

「そうです。僕の中に棲まう氷の獣、"フェンリル"。それが、あの日のことを知りたかった衝動の元凶、ですね」


 フリッドは、深く深呼吸をすると目を瞑る。
 そして、10秒程経っただろうか。
 まるで、覚悟を決めたかの如く目を開けると、そのまま3人の顔を順番に見回したのだった。


「あれは、そう寒いある冬の日のことでした。兄さんに連れられて白銀都市、"グランディネ"に行ったんです」


 "幻想の白銀都市 グランディネ"。
 シャイニール王国の、北東に位置する寒地。クリュスタルス家が治める領地で、冬になると立ち待ち、辺り一面が銀世界へと変わる雪国である。また、その美しい雪景色を見ようと、毎年多数の人が訪れる観光地となっているのだ。


「兄の用事が早めに終わったので、都市周辺の森に遊びに行ったんですが、そこで2人揃って迷子になってしまったんです」

「えっ!?冬の森で遭難とか、割とヤバかったんじゃない???」

「兄さんのおかげでなんとか森は脱出することはできました。でも、病弱だった僕は、その時の遭難がきっかけで、酷い高熱を出してしまったんです」


 さっきまで、昔話を懐かしんでいた優しい表情とは打って変わって、深刻な顔を浮かべるフリッド。
 それと同時に、テーブルの上に置かれていた手も震えており、それによりフリッドがどれだけ苦しかったのかが容易に想像できてしまうほどであった。


「……………酷い高熱って、大丈夫だったの?」

「40度以上の熱が出てたので、大丈夫ではなかったですね」

「40度以上って、ヤバいじゃん!!」

「えぇ。ですからすぐ馬車で王都まで戻り、兄が開発していた"魔道医療機器"まで使って僕の治療は続きました。しかし………」

「………しかし?」

「一向に良くはなりませんでした。さらに、ただでさえ病弱だった僕の体力が日に日に削られていたので、正直時間の問題でした」


 フリッドの身に起きた絶体絶命の危機に、ファイたちも深刻そうに聞いていた。そんな彼ら様子からは、まるでフリッドが味わった苦しみや辛さを、自身に置き換えて聞いているようであった。


「しかし、兄さんが見つけてきた"ある物"によって、僕は奇跡的に生き延びることが出来たんです」

「ある物???」


「………それが、この"魔術書グリモア"でした」


 フリッドは、ベルトに固定してある留め具を外すと、革で出来ている立派なブックカバーに包まれている、古めかしい一冊の本を取り出したのだった。
 皮のブックカバーから本を取り出すと、やけに茶色かかったページの色から、その本が如何に年季が入っている物なのかが、見てわかる程であった。
 本自体にも金属で枠組みとして補強されており、とても大事に扱われていることがわかった。


「兄さんが持ってきた、この"魔術書グリモア"と僕を強制的に"連動リンク"させることで、尽きかけていた体力は持ち直し、僕は今こうして生きてられるんだと思います」

「………………でも、思わぬ"オマケ"も付いてきた………………そうでしょ?」

「………はい。強制的に"連動リンク"したために、"魔術書グリモア"の中にいたとある怪物が、僕の魔力と"同期"してしまったんです。その怪物こそが………」

「────"フェンリル"、だね」

「えぇ、その通りです。この"魔術書グリモア"は僕を救ってくれましたかが、それと同時にあんな怪物が僕の体に入り込んでしまったのは、流石の兄さんでも予想外だったでしょうね」





 ────ぐぅ~~~~~。


 突然、真面目な話をしていたこの空間に誰かの腹の虫の音が鳴り響いた。


「…………すみません。あまりに真剣な話をしたせいか、またお腹が空いてきてしまいました」


 普段からクールな彼のお腹から、かなり大きな音が出た事で、それを聞いたファイたちから思わず笑いが溢れたのだった。


「ハハハ、カレーならまだまだあるよ!少し温めるから、ちょっと待っててね。ウィンとクランも食べる?」

「食べたい!!………けど、夜だからちょっと遠慮しておこうなかな~」

「……………私も、大丈夫」

「そっか。それにしても、さっきだって3杯もおかわりしたのさ、フリッドってそんなに食べるんだね」

「………あぁ、久しぶりに"フェンリル"が出てきたせいでしょうか。そんな時は、沢山食べないとすぐお腹が減ってしまうんです」

「でもさ、そんなに食べたら太っちゃうんじゃない?」

「それが、これも"フェンリル"のせいかもしれませんが、昔からいくら食べても太ったりしないんですよね」


 フリッドの言葉を聞いた瞬間、思わずウィンとクランが立ち上がる。
 さらに、フリッドを見るその目は真剣そのもので、まるで2人も何かに取り憑かれているかのようであった。


「なにソレ!!フリッド、ズルくない!?」

「……………食べても太らないなんて、羨ましい……………」

「………いやいや、2人ともさっきの話聞いてましたよね?」

「……………フリッドだって、女の子の苦しみや辛さをわかってない……………」

「そーだ、そーだ!!」

「…………えぇ」


 激しく詰め寄られて困惑しているフリッドの様子を見たファイは、鍋でカレーを温めながら、苦笑いを浮かべるのであった。



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