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第一章 悲しみのエンパシー
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【今日、午後四時頃、JRの職員から『不審なキャリーバッグが置いてある』と警察に通報がありました。場所はM駅西口の中央口から三〇〇メートルほど北にある新幹線の高架下駐車場です。現場は一時騒然となりましたが、周辺を封鎖して県警の爆発物処理班がX線などを使って中身を調べたところ、金属片などは確認されず、爆発物でないと断定。すぐに回収されました。しかしキャリーバッグのなかには、爆発物の設計図と爆発物の原料となり得る数種類の化学物質が記されたメモが入っており、警察では爆弾テロの予告の可能性を否定できないとして、キャリーバッグが放置された経緯を慎重に調べています】
午後六時半。テレビから流れてくるのは若い男性アナウンサーが読みあげるローカルニュース。画面に黄色い立入禁止のテープで囲まれた現場が映し出され、防護服を着た機動隊員がキャリーバッグの確認作業を行っていた。
最近ではスーツケースやダンボール箱が放置されているだけで警察が出動する騒ぎとなり、そのたびにSNSには緊迫した現場の写真や動画がアップされ、拡散される。ついでに意気揚々とした撮影者のコメントも世界中にばらまかれる。
けれどその程度のニュースは珍しいことでもなくなり、インターネットのアーカイブには残っても、世間には三日もすれば忘れられる運命。人の心は移ろいやすく、薄情だ。
先のニュースは三日前の六月三十日の土曜日にM市であった出来事だ。爆発物関連のメモが入っていたということで、かなりの緊迫感があったせいか翌日の地元は大盛りあがりだった。だが三日目である今日は一変。一気に終息に向かっていた。
M市は人口三十万人ほどの地方の中核市。市の中心には高速道路が通り、新幹線の駅もある。工業団地には有名メーカーの大きな工場がいくつも誘致され、中心市街地には多くの商業ビルがひしめき合う。冬は少し寒さが厳しいが、豪雪地域というわけではなく、住みやすい街といえる。
しかしそれだけのこと。都会でもなく、ド田舎でもない中途半端に開発された個性のない街。郊外の道沿いにチェーンストアやパチンコ屋、マンションが立ち並ぶ景色はここ数年代わり映えなく、観光スポットに乏しいこの街は魅力的という言葉にはほど遠かった。
そんな街に再びざわつく出来事が起ころうとしている。
誰かが人差し指でそれを実行した。今、この瞬間に──。
「あっ、まただ」
家族が寝静まった深夜、二階の自分の部屋で机に向かい、数学の問題を解いていたところだった。高比良めぐるは妙な感覚がして、シャーペンを走らせる手を止めた。
“妙な感覚”というのは言葉ではうまく説明できない。強いて言うなら“耳鳴り”だろうか。大きいとも小さいとも言い難い音量。また遠くからなのか、それとも近くで発生している音なのかもわからない。とにかくどこからともなく音が響いてくるのだ。
パトカーや消防車のサイレンを低音にしたような、はたまた人のうめき声のような。なんとも形容しがたいその音の正体はさっぱりわからない。
その音は三ヶ月ほど前から感じるようになった。一日に数回のときもあれば、三日間なにも感じない日が続くときもある。
音を感じる。それはいったいどういうことなのだろうと、めぐる自身も不思議に思っていた。
たしかに耳を通してなにかが聞こえてくる。けれど耳を澄ませるというより、神経を研ぎ澄まないと聞き逃してしまいそうになる。
めぐるは少しクセのあるミディアムボブの黒髪を両耳にかけると、耳のうしろに手を添え、ぎゅっと目を閉じた。
耳に響いてくる音はさっきよりも小さくなっていた。それから数分ほどでテレビの電源をオフにしたときのように、プツリと音が途絶えてしまった。
この瞬間、いつも心細くなる。なにか大切なものを手放してしまったような悲しい気持ちになって、罪悪感でいっぱいになるのだ。
午後六時半。テレビから流れてくるのは若い男性アナウンサーが読みあげるローカルニュース。画面に黄色い立入禁止のテープで囲まれた現場が映し出され、防護服を着た機動隊員がキャリーバッグの確認作業を行っていた。
最近ではスーツケースやダンボール箱が放置されているだけで警察が出動する騒ぎとなり、そのたびにSNSには緊迫した現場の写真や動画がアップされ、拡散される。ついでに意気揚々とした撮影者のコメントも世界中にばらまかれる。
けれどその程度のニュースは珍しいことでもなくなり、インターネットのアーカイブには残っても、世間には三日もすれば忘れられる運命。人の心は移ろいやすく、薄情だ。
先のニュースは三日前の六月三十日の土曜日にM市であった出来事だ。爆発物関連のメモが入っていたということで、かなりの緊迫感があったせいか翌日の地元は大盛りあがりだった。だが三日目である今日は一変。一気に終息に向かっていた。
M市は人口三十万人ほどの地方の中核市。市の中心には高速道路が通り、新幹線の駅もある。工業団地には有名メーカーの大きな工場がいくつも誘致され、中心市街地には多くの商業ビルがひしめき合う。冬は少し寒さが厳しいが、豪雪地域というわけではなく、住みやすい街といえる。
しかしそれだけのこと。都会でもなく、ド田舎でもない中途半端に開発された個性のない街。郊外の道沿いにチェーンストアやパチンコ屋、マンションが立ち並ぶ景色はここ数年代わり映えなく、観光スポットに乏しいこの街は魅力的という言葉にはほど遠かった。
そんな街に再びざわつく出来事が起ころうとしている。
誰かが人差し指でそれを実行した。今、この瞬間に──。
「あっ、まただ」
家族が寝静まった深夜、二階の自分の部屋で机に向かい、数学の問題を解いていたところだった。高比良めぐるは妙な感覚がして、シャーペンを走らせる手を止めた。
“妙な感覚”というのは言葉ではうまく説明できない。強いて言うなら“耳鳴り”だろうか。大きいとも小さいとも言い難い音量。また遠くからなのか、それとも近くで発生している音なのかもわからない。とにかくどこからともなく音が響いてくるのだ。
パトカーや消防車のサイレンを低音にしたような、はたまた人のうめき声のような。なんとも形容しがたいその音の正体はさっぱりわからない。
その音は三ヶ月ほど前から感じるようになった。一日に数回のときもあれば、三日間なにも感じない日が続くときもある。
音を感じる。それはいったいどういうことなのだろうと、めぐる自身も不思議に思っていた。
たしかに耳を通してなにかが聞こえてくる。けれど耳を澄ませるというより、神経を研ぎ澄まないと聞き逃してしまいそうになる。
めぐるは少しクセのあるミディアムボブの黒髪を両耳にかけると、耳のうしろに手を添え、ぎゅっと目を閉じた。
耳に響いてくる音はさっきよりも小さくなっていた。それから数分ほどでテレビの電源をオフにしたときのように、プツリと音が途絶えてしまった。
この瞬間、いつも心細くなる。なにか大切なものを手放してしまったような悲しい気持ちになって、罪悪感でいっぱいになるのだ。
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