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第二章 無情な世界のメランコリー
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朝を迎えたというのに空に太陽はない。分厚い灰色の雲がどこまでも続いていた。遠くで雷鳴が轟き、土砂降りの雨がアスファルトを容赦なくたたきつける。辺りが霞んでしまうほどの強烈な雨は三十分ほど続き、やがて小降りになった。
荒々しくもこの雨は久しぶりの恵みの雨だった。雨は地上の熱を奪いながら空気中の汚れた塵を洗い流してくれた。
バスの遅れはあるものの、電車は時刻表通りに運行している。
二日ぶりに生徒たちが登校した学園はおおいににぎわっていた。
理由は明白だ。学園内で発見された不審物というのが、精巧に作られた爆発物の模型だったからだ。しかも駅前で発見された赤いキャリーバッグのなかに入っていた爆発物の設計図通りというものだから、おとといの午後から全国区でニュースとなっていた。
火薬を使わずとも身近なもので爆発物の製作は可能だ。そんなことはネットにいくらでも情報が載っている。だが今回のものは素人が見よう見真似で作ることのできる代物でもなかった。要するにいたずらにしては手がこみすぎていた。
西城ヶ丘学園で見つかった不審物はあくまでも模型であって、実際に爆薬も化学薬品も入っていなかったのだが、看過できないものであった。
「誰だよ? 学校を爆破したがってるやつは」
「でもいっそのこと、粉々にしちゃってもよかったのに。学校が休みになるじゃん」
「そうなったって、どうせすぐに仮設校舎が建てられるに決まってんだろう。それでもって学校が休みになった分、夏休みと冬休みが削られるよ、きっと」
めぐるのクラスも朝からそんな会話が飛び交っていた。それは異常なテンション。クラスにはおかしな連帯感が生まれていた。
めぐるは教室に入ると、すぐさま伊央の席に目を向けた。
「おはよ」
窓の外を眺めている伊央に声をかけると、伊央は一瞬驚いたようにめぐるを見あげたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、「おはよ」と返した。
「ニュース見た?」
めぐるもさっそく不審物の話題を持ち出す。
「見たよ。駅前に赤いキャリーバッグを置いた人物と、この学園に爆発物の模型を置いた人物は同じみたいだね」
ネットやテレビのニュースでは赤いキャリーバッグが置かれた周辺の防犯カメラを調査中らしく、世間では犯人が捕まるのは時間の問題だともっぱらのうわさだ。
「なんでこの学園だったんだろうね。今回は本物の爆発物じゃなかったけど、次は本当に爆破させる気なのかな? それはどこなんだろう? この学園か、それとも別の場所なのかな?」
伊央はやけに楽しげに言う。教室で伊央が笑顔を見せるのは初めてだ。
「怖いこと言わないで。この校舎のどこかに仕掛けられたら、わたしたち死んじゃうかもしれないんだよ。おとといだって、あれが本物だったらわたしたちもどうなってたか」
「素人が作るものに、校舎を粉々にしちゃうほどの破壊力なんてないよ」
「なんでわかるの?」
「基本的に大量の爆薬が必要だから。でも日本じゃ、そう簡単に手に入らないよ」
それを聞いて少し安堵するが、不安が消えたわけじゃない。この学園に犯人が忍び込んだのは事実で、学園の関係者の可能性も否定できないのだ。
「でも三度目の正直だっけ? 日本にそんなことわざがあるよね。次はドカンといくかもね」
伊央は澄ました顔でとんでもないことを言う。それからおもしろがるように口角をあげたまま、窓の外に視線を移した。
遠峯が登校してくると、さっきまでとは違う空気が教室に流れ込んだ。二日前の気迫を身にまとったまま、遠峯は自分の席につく。
前の席の堤が遠峯に気づくが、振り返ることはなかった。普段だったら、このふたりはなにかしら言葉をかけ合うのだけれど、今のところその気配はない。
一方、教室のうしろのほうでは莉々亜を含む三人の女子が立ち話をしていた。
「莉々亜ちゃんのSNSにコメント殺到中だね」
「フォロワーも一気に増えてるし、すごいな」
「そうなの。みんなに応援してもらってありがたいよ」
ローカルアイドルグループ『マカロン☆ハニーガール』のメンバーである莉々亜が開設しているSNSには、全国から励ましのメッセージが寄せられていた。
というのは、莉々亜はおとといの夕方、駅前で行われていたテレビ局の街頭インタビューを受けていたのだ。現役女子高生の莉々亜が声高らかに言い放った、「テロなんかに負けません!」というインタビュー映像は、世間に一際大きなインパクトを与えた。
なんでも駅前で発生した赤いキャリーバッグ事件と西城ヶ丘学園の爆破予告の関連性をいち早く嗅ぎつけた地元のメディアが西城ヶ丘学園の生徒を見つけては、片っ端からインタビューしていたらしい。偶然、リポーターにマイクを向けられたという莉々亜は、臆することなく堂々とした受け答えだった。
さらにその映像がSNSで拡散され、数時間のうちに莉々亜の名前と顔が全国に知れ渡ることとなったのだ。
莉々亜のアイドル活動の動画の再生回数も一日で一万回に達した。それまでは多くてもせいぜい五十回ほどだったので、それに比べれば驚異的な数字だ。
「今度の日曜日に市民ホールでライブをやるんだけど、今日のことがあったから一時は中止の話まででちゃったの。でも全国から応援メッセージが届いて、開催できることになったんだ」
莉々亜がうれしそうに話す様子は微笑ましい。一緒にいるほかの女子ふたりも「よかったね」と言っている。
莉々亜はアイドル志望のわりに、あまりがつがつしたところがなく、どちらかといえば謙虚だ。背中の半分まである長いダークブラウンの髪とカラコンを入れていないナチュラルな大きな目が彼女のチャームポイント。明るく愛らしい莉々亜は男ウケがよく、地方で埋もれていた彼女の存在は『M市の最強天使』と称された。
おかげで二日後に予定している『マカロン☆ハニーガール』のライブチケットは完売。一番小さいホールですら埋められなかった席が、思わぬ誤算で満席となり、スタッフたちは手放しで喜んでいる。
荒々しくもこの雨は久しぶりの恵みの雨だった。雨は地上の熱を奪いながら空気中の汚れた塵を洗い流してくれた。
バスの遅れはあるものの、電車は時刻表通りに運行している。
二日ぶりに生徒たちが登校した学園はおおいににぎわっていた。
理由は明白だ。学園内で発見された不審物というのが、精巧に作られた爆発物の模型だったからだ。しかも駅前で発見された赤いキャリーバッグのなかに入っていた爆発物の設計図通りというものだから、おとといの午後から全国区でニュースとなっていた。
火薬を使わずとも身近なもので爆発物の製作は可能だ。そんなことはネットにいくらでも情報が載っている。だが今回のものは素人が見よう見真似で作ることのできる代物でもなかった。要するにいたずらにしては手がこみすぎていた。
西城ヶ丘学園で見つかった不審物はあくまでも模型であって、実際に爆薬も化学薬品も入っていなかったのだが、看過できないものであった。
「誰だよ? 学校を爆破したがってるやつは」
「でもいっそのこと、粉々にしちゃってもよかったのに。学校が休みになるじゃん」
「そうなったって、どうせすぐに仮設校舎が建てられるに決まってんだろう。それでもって学校が休みになった分、夏休みと冬休みが削られるよ、きっと」
めぐるのクラスも朝からそんな会話が飛び交っていた。それは異常なテンション。クラスにはおかしな連帯感が生まれていた。
めぐるは教室に入ると、すぐさま伊央の席に目を向けた。
「おはよ」
窓の外を眺めている伊央に声をかけると、伊央は一瞬驚いたようにめぐるを見あげたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、「おはよ」と返した。
「ニュース見た?」
めぐるもさっそく不審物の話題を持ち出す。
「見たよ。駅前に赤いキャリーバッグを置いた人物と、この学園に爆発物の模型を置いた人物は同じみたいだね」
ネットやテレビのニュースでは赤いキャリーバッグが置かれた周辺の防犯カメラを調査中らしく、世間では犯人が捕まるのは時間の問題だともっぱらのうわさだ。
「なんでこの学園だったんだろうね。今回は本物の爆発物じゃなかったけど、次は本当に爆破させる気なのかな? それはどこなんだろう? この学園か、それとも別の場所なのかな?」
伊央はやけに楽しげに言う。教室で伊央が笑顔を見せるのは初めてだ。
「怖いこと言わないで。この校舎のどこかに仕掛けられたら、わたしたち死んじゃうかもしれないんだよ。おとといだって、あれが本物だったらわたしたちもどうなってたか」
「素人が作るものに、校舎を粉々にしちゃうほどの破壊力なんてないよ」
「なんでわかるの?」
「基本的に大量の爆薬が必要だから。でも日本じゃ、そう簡単に手に入らないよ」
それを聞いて少し安堵するが、不安が消えたわけじゃない。この学園に犯人が忍び込んだのは事実で、学園の関係者の可能性も否定できないのだ。
「でも三度目の正直だっけ? 日本にそんなことわざがあるよね。次はドカンといくかもね」
伊央は澄ました顔でとんでもないことを言う。それからおもしろがるように口角をあげたまま、窓の外に視線を移した。
遠峯が登校してくると、さっきまでとは違う空気が教室に流れ込んだ。二日前の気迫を身にまとったまま、遠峯は自分の席につく。
前の席の堤が遠峯に気づくが、振り返ることはなかった。普段だったら、このふたりはなにかしら言葉をかけ合うのだけれど、今のところその気配はない。
一方、教室のうしろのほうでは莉々亜を含む三人の女子が立ち話をしていた。
「莉々亜ちゃんのSNSにコメント殺到中だね」
「フォロワーも一気に増えてるし、すごいな」
「そうなの。みんなに応援してもらってありがたいよ」
ローカルアイドルグループ『マカロン☆ハニーガール』のメンバーである莉々亜が開設しているSNSには、全国から励ましのメッセージが寄せられていた。
というのは、莉々亜はおとといの夕方、駅前で行われていたテレビ局の街頭インタビューを受けていたのだ。現役女子高生の莉々亜が声高らかに言い放った、「テロなんかに負けません!」というインタビュー映像は、世間に一際大きなインパクトを与えた。
なんでも駅前で発生した赤いキャリーバッグ事件と西城ヶ丘学園の爆破予告の関連性をいち早く嗅ぎつけた地元のメディアが西城ヶ丘学園の生徒を見つけては、片っ端からインタビューしていたらしい。偶然、リポーターにマイクを向けられたという莉々亜は、臆することなく堂々とした受け答えだった。
さらにその映像がSNSで拡散され、数時間のうちに莉々亜の名前と顔が全国に知れ渡ることとなったのだ。
莉々亜のアイドル活動の動画の再生回数も一日で一万回に達した。それまでは多くてもせいぜい五十回ほどだったので、それに比べれば驚異的な数字だ。
「今度の日曜日に市民ホールでライブをやるんだけど、今日のことがあったから一時は中止の話まででちゃったの。でも全国から応援メッセージが届いて、開催できることになったんだ」
莉々亜がうれしそうに話す様子は微笑ましい。一緒にいるほかの女子ふたりも「よかったね」と言っている。
莉々亜はアイドル志望のわりに、あまりがつがつしたところがなく、どちらかといえば謙虚だ。背中の半分まである長いダークブラウンの髪とカラコンを入れていないナチュラルな大きな目が彼女のチャームポイント。明るく愛らしい莉々亜は男ウケがよく、地方で埋もれていた彼女の存在は『M市の最強天使』と称された。
おかげで二日後に予定している『マカロン☆ハニーガール』のライブチケットは完売。一番小さいホールですら埋められなかった席が、思わぬ誤算で満席となり、スタッフたちは手放しで喜んでいる。
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