八月の流星群

さとう涼

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第三章 傷だらけのロンリネス

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 その後、三人は解放された。廊下に出るや否や、めぐるが伊央のもとへ駆け寄る。

「大丈夫だった?」
「うん、当時の状況を聞かれただけ。なにも問題ないよ」
「でもあの細いほうの刑事さん、すごく冷たくて意地悪そうだから。なんていう名前だっけ? し、し……」
「四方堂」
「そう! よく覚えてるね」
「めぐるの記憶力が悪いだけだよ」

 めぐるが頬をふくらましてむくれる。その光景を遠峯がほのぼのとした気持ちで眺めていた。

「おまえら、本当に仲がいいんだな。ふたりの間にいったいなにがあったんだよ?」
「どういう意味?」

 めぐるがたずねる。

「雫石って誰とも打ち解けようとしなかったから。なんか不思議で」
「別になにもないよ。たまたま話が合っただけ」
「それなんだけど。なんで高比良だけなんだよ? 俺が話しかけたって、ほぼシカトされるのに」
「それは話が合わないからじゃない?」
「なんだよ、それ。答えになってないだろう。まあいいけど。今日は雫石くんの意外な面をいろいろ見られたから。消火器で火を消したり、警察に嫌みを言ったり。ちゃんと感情のある人間なんだとわかって安心したよ」

 普段は無口で周囲の人間を威嚇するようにして遠ざけている伊央が、炎と煙をもろともせずに消火作業をしている姿は勇敢だった。逆に遠巻きに見ていた生徒たちに激しい違和感を覚えた。スマートフォンで動画や写真を撮っている人間が悪いというわけではないが、遠峯はどうにも腑に落ちない行動に思えてならなかった。

「遠峯くんのほうこそ意外な一面があるよね。伊央もびっくりしなかった?」

 けれど伊央は無表情のまま、瞬きをするだけ。本当に興味がないようだ。

「ああ、あのときのことか。教室で堤の椅子を蹴りあげていたな」

 筧が爆発物騒動のあった日のことを思い出して言う。

「あれはなんか頭にきて……。この話をするのは初めてなんだけど、実は俺の姉貴がスウェーデンでテロの巻き添えになったんだ。命は助かったけど、大怪我して、今は車椅子生活だよ」
「スウェーデン? あっ、そのニュース、覚えてるぞ。日本人大学生の旅行者が爆弾テロに巻き込まれたんだよな? たしか爆発物はナイトクラブの近くに止めてあった車に仕掛けられたものだったはず」
「はい、そうです。その大学生が姉です」
「そうか、遠峯のお姉さんだったのか」

 筧が深刻な顔になる。

「自宅にはマスコミはもちろん、野次馬も押し寄せてきた。参ったよ。結局、家にいられなくなって、家族で母親の実家のあるこの街に引っ越してきたんだ」

 三年前、このニュースはワイドショーでセンセーショナルに扱われた。
 ヨーロッパではテロが多発している。そのなかでもスウェーデンは比較的治安がいいとされていたが、当時スウェーデンでは数週間前にテロが起きたばかりで警戒地域だった。

 当初は被害女性に同情的な意見が多かった。だがそう時間を置かずして世論は傾きはじめる。

 そんな場所に女性がひとりで旅行するというのもさることながら、夜の遅い時間に出歩いていたことが問題視されるようになり、自業自得と批判する声も続出。ネットニュースのコメント欄はのきなみ誹謗中層の嵐。SNSなどでも同じだった。

「俺も両親も姉貴は軽率だったと思ってる。たくさんの人に迷惑をかけたことも申し訳ないと思ってる。けど、姉貴は呑気に観光しようとしてたんじゃなくて入院中の友達に会いにいっただけなんだ」

 日本に留学中だったスウェーデン人の女性が病気のために帰国。手術前の彼女を励ますため、遠峯の姉は急きょ渡航した。爆弾テロは見舞い後、彼女の家族と外で食事をした帰りの出来事だったそうだ。

 話を聞き、めぐるも筧もいたく同情した。

「それなのに、なにも知らないテレビやネットを見ているだけのやつらに危機管理が希薄だとか、死ねとか言われたくないっつーの……」
「『死ね』という言葉は論外だけど、危機管理の意識が薄いというのは、大方の日本人に言えるよな。誹謗中傷している人間だって、どれほど意識しているのかなんてわからないし、実際うちのクラスの生徒は呑気なやつばっかりだったもんな」
「筧先生もそう思うだろう? 俺も信じられなかった。学園の生徒がスマートフォンで写真や動画を撮ってネットに投稿する神経がわかんないよ」

 現地の病院で重症の姉の姿を目のあたりにした遠峯にとって、テロは現実味を帯びたものだ。飛び散った破片で顔や手足が傷だらけの姉が痛みと恐怖で涙を流している様子は今も彼の脳裏に鮮明に焼きついている。
 だから許せなかった。
 おそらく姉を誹謗中傷する人間とクラスメイトの意識はそう大差はないだろう。匿名をいいことに気楽な気持ちで正義感を振りかざしたコメントを発していた。なかにはそれでストレス解消をしている者もいただろう。そんな人間に姉は死にたくなるほどの苦しみを与えられたのだ。
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