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第四章 絶望のクライ
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西城ヶ丘学園の理事長である御影徳之助は御年六十九歳。
妻は三年前に他界しているが、結婚したのは御影理事長が二十代の頃だ。つまり伊央は婚外子ということになる。
「伊央はどうして御影理事長がお父さんだと思うの?」
「施設にいたとき、御影徳之助が何度か来ていたんだ。あの人は施設に寄付をしていたから、その関係で慰問していたんだと思ってたけど、僕に会いに来ていたらしい。みんなには内緒だよって、お菓子やおもちゃをもらったこともあるんだ」
「御影理事長が伊央のお父さん……。伊央のお母さんはなにか理由があって育てられなくて、それで施設に預けたってこと?」
「そういうことになるね。不倫の子だから僕を捨てたんだよ。実の母親も御影徳之助も」
ならば、梅村の言っていた伊央にそっくりな男性はなんだったのだろう。あの男性の画像を見せても大丈夫だろうか。
「伊央に見てもらいたいものがあるの」
めぐるは伊央にスマートフォンを見せながらタップした。
「この画像は梅村くんから転送してもらったの。この男の人なんだけど……」
伊央の顔が強張った。
「この男の人も御影さんというらしいの」
「御影? この人、なんなの? なんで僕にそっくりなの?」
自分と瓜ふたつの顔を見て、さすがの伊央も驚愕していた。
「隣に写っている女の子はわたしと同じ中学の子で、梅村くんの友達なんだけど、梅村くんたちが通っていた塾の先生なんだって。この写真は二年前に撮影したものだと言ってた。御影理事長の息子さんの可能性はないかな? もしそうなら伊央のお父さんかもしれないよ」
「御影徳之助には娘しかいないと思うけど」
「伊央にはつらい話になっちゃうんだけど、実はこの人は一年前に亡くなっているそうなの。ずっと塾講師だったらしいから、学園の経営にもたぶんかかわっていなかったんじゃないかな。だから御影理事長に息子がいることもあまり知られていないのかも」
「亡くなっている?」
やはり動揺している。けれどそのことを隠すわけにもいかなかった。伊央の本音と向き合うために、こちらも真実を告げる必要がある。
「でもこの人が御影徳之助の息子だっていう証拠はないよね?」
「如月先輩ならわかるかも。聞きにいってみない?」
「生徒会長に? どうせ追い返されるよ。あの人は潔癖っぽいから、事情を知ったら、ますます口を閉ざすはず」
「真実を知るのは伊央の権利だよ。会いたくないと言ってるけど、本当は会いたかったんだよね?」
「会いたくないって言ってるだろう! 何度も言わせるなよ!」
伊央はいつになく激しく感情を爆発させた。だが、めぐるは伊央の言葉とは裏腹の心情を感じていた。「会いたくない」と強く主張すればするほど、「会いたい」に聞こえてしまう。
でも強制はできない。伊央が素直に「会いたい」と言えるまで待つしかない。
「わかった。ごめんね、もう余計なことは言わないから」
めぐるは伊央の心を少しでも落ち着かせようと、彼の左手を取り、固く握られた拳をやさしく解いていく。
怒りにまかせ、無意識に力が入っていたことに気づいた伊央は、「ごめん」と左手の力をそっとゆるめた。
「僕の母親は、僕をひとりで産んだあと、へその緒がついた状態でこの場所に捨てていったんだよ」
伊央は周囲を見渡し、まぶしそうに軽く目を細めた。
「ここに?」
「この丘には昔、産院があったんだ。看護師さんが僕を見つけてくれた。めぐるはここが産院だったことを覚えてる?」
「覚えてるっていうか、わたし、その産院で産まれたの。だけどそれから数年後に院長先生が病気になってしまって、それで産院をたたんだって、お母さんから聞いた」
「そっか。そんなことがあったのか」
「えっ、待って。伊央の誕生日ってわたしと同じだよね。ということは、わたしたち、同じ産院にいたってこと?」
「驚いたな。こんなことってあるんだ。でも、これでしっくりきた。だから僕たちは惹かれ合うんだね」
伊央に言われ、めぐるも同じように思った。
伊央は無条件に受け入れられる存在だった。風変りだし、気難しいところもあるが、それもよしと思えた。その理由が同じ星のもとで生まれたことだと考えたら、妙に納得できた。
「ずっと思ってた。どうせ捨てるなら、産まれる前に母親の手で殺してくれればよかったのにって。捨てられた瞬間の生あたたかい風、固い地面の感触、虫の鳴く声……そしてとてつもない恐怖。全部覚えてる」
「全部?」
「そうだよ、全部だよ」
産まれた瞬間のことをそれほど鮮明に記憶しているなんて……と、めぐるはにわかには信じられなかった。ましてや赤んぼうが音まで認識できるはずがない。
だが、めぐる自身もこれまで伊央の声にならない声を感じてきた。そう考えたら、少なくとも伊央は嘘を言っているのではないと確信できた。
伊央はさらに続けた。
「それだけじゃないよ。僕を産んだ母親は、僕がお腹にいたとき、『産むわけにいかない』って僕に向かって言ったんだ。その記憶がなんなのか、幼い頃は理解できなかった。だけど成長するにつれ、パズルが完成していくように理解できた。最初から祝福されていない命だった。だから産んだあとに、あっさりと捨てることができたんだよ」
周辺の草や木は伊央の悲しみに共鳴しているかのように音を立てて揺らいでいる。夏の風がめぐるの肌を撫で、身体を貫いていった。
途端、どうしようもなく泣きたい気持ちになって、激しい不安と孤独が襲う。めぐるは自分の存在が脅かされる恐怖を生まれて初めて体感していた。
午後六時半。テレビのローカルニュースで、久しぶりに爆発物騒動の事件が報道された。
【たった今入ったニュースです。今月の七月四日、何者かによって私立西城ヶ丘学園の屋上に爆発物の模型が置かれ、生徒や教職員が避難した事件の続報です。先ほど、同校の生徒が爆発物の模型を置いた威力業務妨害の疑いで逮捕されました。またこの生徒は先月の六月三十日、M駅西口の新幹線の高架下駐車場に赤いキャリーバッグを置いた事件についても犯行を認める供述をしており、警察が事情を聞いているということです。なお、このふたつの事件について、市内に住む二十代の男も威力業務妨害の疑いで逮捕されています】
読みあげられた記事は短いものであったが、テレビを見ていためぐるは衝撃を覚えた。同じ学園内に犯人がいた。高校生にあんな大それたことができるのかと信じられない気持ちだった。
逮捕された生徒が莉々亜であるとうわさで聞いたのは翌朝のことだった。莉々亜の自宅の近所に住む人間が画像つきでSNSに投稿したのが発端だった。
近所の騒々しさに気づいた住人が窓から外を見ると、女性警官に連れられ、車に乗り込もうとしている莉々亜が見えたそうだ。
投稿者は顔も氏名も明かしていなかったが、自宅付近に止まっている警察車両を写した一枚の写真から、爆発物騒動の犯人として逮捕されたのが莉々亜だと特定された。
妻は三年前に他界しているが、結婚したのは御影理事長が二十代の頃だ。つまり伊央は婚外子ということになる。
「伊央はどうして御影理事長がお父さんだと思うの?」
「施設にいたとき、御影徳之助が何度か来ていたんだ。あの人は施設に寄付をしていたから、その関係で慰問していたんだと思ってたけど、僕に会いに来ていたらしい。みんなには内緒だよって、お菓子やおもちゃをもらったこともあるんだ」
「御影理事長が伊央のお父さん……。伊央のお母さんはなにか理由があって育てられなくて、それで施設に預けたってこと?」
「そういうことになるね。不倫の子だから僕を捨てたんだよ。実の母親も御影徳之助も」
ならば、梅村の言っていた伊央にそっくりな男性はなんだったのだろう。あの男性の画像を見せても大丈夫だろうか。
「伊央に見てもらいたいものがあるの」
めぐるは伊央にスマートフォンを見せながらタップした。
「この画像は梅村くんから転送してもらったの。この男の人なんだけど……」
伊央の顔が強張った。
「この男の人も御影さんというらしいの」
「御影? この人、なんなの? なんで僕にそっくりなの?」
自分と瓜ふたつの顔を見て、さすがの伊央も驚愕していた。
「隣に写っている女の子はわたしと同じ中学の子で、梅村くんの友達なんだけど、梅村くんたちが通っていた塾の先生なんだって。この写真は二年前に撮影したものだと言ってた。御影理事長の息子さんの可能性はないかな? もしそうなら伊央のお父さんかもしれないよ」
「御影徳之助には娘しかいないと思うけど」
「伊央にはつらい話になっちゃうんだけど、実はこの人は一年前に亡くなっているそうなの。ずっと塾講師だったらしいから、学園の経営にもたぶんかかわっていなかったんじゃないかな。だから御影理事長に息子がいることもあまり知られていないのかも」
「亡くなっている?」
やはり動揺している。けれどそのことを隠すわけにもいかなかった。伊央の本音と向き合うために、こちらも真実を告げる必要がある。
「でもこの人が御影徳之助の息子だっていう証拠はないよね?」
「如月先輩ならわかるかも。聞きにいってみない?」
「生徒会長に? どうせ追い返されるよ。あの人は潔癖っぽいから、事情を知ったら、ますます口を閉ざすはず」
「真実を知るのは伊央の権利だよ。会いたくないと言ってるけど、本当は会いたかったんだよね?」
「会いたくないって言ってるだろう! 何度も言わせるなよ!」
伊央はいつになく激しく感情を爆発させた。だが、めぐるは伊央の言葉とは裏腹の心情を感じていた。「会いたくない」と強く主張すればするほど、「会いたい」に聞こえてしまう。
でも強制はできない。伊央が素直に「会いたい」と言えるまで待つしかない。
「わかった。ごめんね、もう余計なことは言わないから」
めぐるは伊央の心を少しでも落ち着かせようと、彼の左手を取り、固く握られた拳をやさしく解いていく。
怒りにまかせ、無意識に力が入っていたことに気づいた伊央は、「ごめん」と左手の力をそっとゆるめた。
「僕の母親は、僕をひとりで産んだあと、へその緒がついた状態でこの場所に捨てていったんだよ」
伊央は周囲を見渡し、まぶしそうに軽く目を細めた。
「ここに?」
「この丘には昔、産院があったんだ。看護師さんが僕を見つけてくれた。めぐるはここが産院だったことを覚えてる?」
「覚えてるっていうか、わたし、その産院で産まれたの。だけどそれから数年後に院長先生が病気になってしまって、それで産院をたたんだって、お母さんから聞いた」
「そっか。そんなことがあったのか」
「えっ、待って。伊央の誕生日ってわたしと同じだよね。ということは、わたしたち、同じ産院にいたってこと?」
「驚いたな。こんなことってあるんだ。でも、これでしっくりきた。だから僕たちは惹かれ合うんだね」
伊央に言われ、めぐるも同じように思った。
伊央は無条件に受け入れられる存在だった。風変りだし、気難しいところもあるが、それもよしと思えた。その理由が同じ星のもとで生まれたことだと考えたら、妙に納得できた。
「ずっと思ってた。どうせ捨てるなら、産まれる前に母親の手で殺してくれればよかったのにって。捨てられた瞬間の生あたたかい風、固い地面の感触、虫の鳴く声……そしてとてつもない恐怖。全部覚えてる」
「全部?」
「そうだよ、全部だよ」
産まれた瞬間のことをそれほど鮮明に記憶しているなんて……と、めぐるはにわかには信じられなかった。ましてや赤んぼうが音まで認識できるはずがない。
だが、めぐる自身もこれまで伊央の声にならない声を感じてきた。そう考えたら、少なくとも伊央は嘘を言っているのではないと確信できた。
伊央はさらに続けた。
「それだけじゃないよ。僕を産んだ母親は、僕がお腹にいたとき、『産むわけにいかない』って僕に向かって言ったんだ。その記憶がなんなのか、幼い頃は理解できなかった。だけど成長するにつれ、パズルが完成していくように理解できた。最初から祝福されていない命だった。だから産んだあとに、あっさりと捨てることができたんだよ」
周辺の草や木は伊央の悲しみに共鳴しているかのように音を立てて揺らいでいる。夏の風がめぐるの肌を撫で、身体を貫いていった。
途端、どうしようもなく泣きたい気持ちになって、激しい不安と孤独が襲う。めぐるは自分の存在が脅かされる恐怖を生まれて初めて体感していた。
午後六時半。テレビのローカルニュースで、久しぶりに爆発物騒動の事件が報道された。
【たった今入ったニュースです。今月の七月四日、何者かによって私立西城ヶ丘学園の屋上に爆発物の模型が置かれ、生徒や教職員が避難した事件の続報です。先ほど、同校の生徒が爆発物の模型を置いた威力業務妨害の疑いで逮捕されました。またこの生徒は先月の六月三十日、M駅西口の新幹線の高架下駐車場に赤いキャリーバッグを置いた事件についても犯行を認める供述をしており、警察が事情を聞いているということです。なお、このふたつの事件について、市内に住む二十代の男も威力業務妨害の疑いで逮捕されています】
読みあげられた記事は短いものであったが、テレビを見ていためぐるは衝撃を覚えた。同じ学園内に犯人がいた。高校生にあんな大それたことができるのかと信じられない気持ちだった。
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