八月の流星群

さとう涼

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第四章 絶望のクライ

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「出産を終えて間もなく、母親の容態が急変した。すぐに救急車で総合病院に運ばれたが、亡くなってしまったんだ」
「伊央のお母さんもこの世にはいないんですか?」
「ああ。医者の話では、出血が止まらず、手の施しようがなかったそうだ。だが、そのときにわたしは思いついてしまった。赤んぼうは遠く離れた産院にいる。ならば産まれていないことにしようと」
「それってどういうことなんでしょう?」

 めぐるはまさかと思いながらたずねた。

「子どもが母親のお腹のなかにいる状態で、ふたり同時に亡くなったことにした。医者にはわたしが口止めをし、母親の死因は出血多量のためとわたしから伝えた。つまり尚央は、自分が死ぬ直前まで伊央の誕生を知らなかったんだよ」

 あまりの身勝手さにめぐるは拳を固く握った。なんの権限でそんなことができるのだろう。

「そんなの、ひどいです! なんでそんな嘘をついたですか!? こんなの、誰も幸せになれないじゃないですか……。尚央さんがあまりにもかわいそうです。伊央も……かわいそうです」

 めぐるは涙をこらえきれず、嗚咽まじりに訴えた。

「わたしは最低な人間だ。あの頃は、尚央にはいい大学を卒業してもらって、のちにこの学園を託すことが、尚央の将来のためだと思い込んでいた。しかし、そうではなかった。わたしは、自分が作りあげたこの学園をただ守りたかっただけだった。実際、なにも知らない尚央は大学卒業後、この学園で教師として働くようになったが、学園の運営や教育方針で衝突することがだんだんと多くなり、思い通りにならないことに腹を立てたわたしは、尚央を追いつめ、教師まで辞めさせてしまった」

 その後、尚央の姉の夫である如月が学園長になり、御影理事長のあとを継いだ。
 如月の学園長としての働きは申し分のないものだった。少子化のなかでも学園の運営は順調で、とくに大きな問題もなく、これはこれで正しい道であると満足していた。

「だが一年ほど前に尚央の病気がわかり、余命いくばくもないことを知った。日に日に痩せ細り、尚央は急激に弱っていった。そのときに決意したんだよ。真実を知らないまま、尚央を死なせてはいけないと」

 しかし真実を告げて間もなく、尚央は亡くなってしまい、伊央との再会を叶えてやることはできなかった。それ以来、御影理事長は激しい後悔の日々を過ごすことになる。
 尚央を失った悲しみが降り積もっていくと同時に大きくなっていく虚無感。
 そして考えるのは伊央のことだった。娘が嫁ぎ、三年前に妻も亡くしていた御影理事長は孤独のなかにいた。

「雫石くんがアメリカに住んでいることは知っていた。雫石さんから電話で様子も聞いている。それでも息子の忘れ形見でもある伊央をそばに置いておきたくて、雫石さんに相談をしたんだ」
「だから僕と父さんは急に日本に帰国させられたのか。どこまでも勝手な人だね」

 ずっと黙って聞いていた伊央は怒りをあらわにする。

「反論の余地はないよ。雫石くんから父親を奪ったのはこのわたしだ。君や尚央、そして雫石さんの人生を大きく変えてしまった責任はわたしにある」

 重い言葉にめぐるは紙パックのお茶を握りしめた。

「僕を施設に預ける手はずをしたのがあんただって、額賀って男が言っていたけど、それも事実?」
「ああ、わたしの独断だ」

 御影理事長の声は弱々しい。けれど同情はできない。伊央は涙を浮かべ、憎しみを込めた目で御影理事長を睨みつけた。

「正直、実の両親が亡くなったと聞いても現実味がなくて、悲しいのかもわかんない。でもあんたのことは絶対に許せないよ」
「もちろんだ。わたしも許してもらおうとは思っていない。一生恨み続けなさい」

 御影理事長は覚悟を持って伝えるが、伊央にその誠意が届くことはなかった。あたり前だ。この男の言葉によって、自分の存在がこの世から抹殺されたのだから。
 こんな非道な人間が教育者を名乗っていることを世間が知ったらどう思うだろう。伊央のなかにとめどなく憎しみが沸いていた。
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