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第五章 奇跡の夜にメテオの祝福
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「いったいどっちなんだ?」
「刑事なんだから自分で判断しなよ。まあ、ちょっと考えればわかることだけどね。でも遅かれ早かれ、野垣さんは罪を犯したと思うよ」
「なぜそう思う?」
「蛯名って男は爆弾を作るサイコパスなんだろう? 目的を果たすためならなんだってするはずだよ。たぶん野垣さんは弱い部分につけこまれちゃったんだよ。そして蛯名に操られた野垣さんは無意識に蛯名に心酔していって、言われるがままに行動しちゃったんだと思うよ」
「驚いたよ。なかなか鋭いところを突いてくるな」
四方堂は伊央の分析力に脱帽した。
たしかに莉々亜は蛯名を特別な存在に位置づけていた。自分を高く評価してくれた人間。莉々亜は事情聴取でそう供述している。
「今の時代、爆破予告程度では大きなニュースにはならないからな。それを見込んでいた蛯名は少しでも大きく取りあげられるよう、アイドルオタクを装って野垣莉々亜を利用したようだ」
「蛯名にとったら、すべて思惑通りにものごとが進んだだろうから、さぞかし楽しかっただろうね」
「野垣莉々亜はとんでもない男に目をつけられたものだよ。あいつにさえかかわらなければ……。本当にかわいそうな子だよ」
一見、華やかな日常を送っているように見えていた莉々亜は深い孤独を抱えていた。
伊央の言う通り、ライバルがのしあがっていくなか、アイドルとして大成できないことにイラついてもいた。そんなもどかしさのなかで深く陥ってしまった孤独を埋めていたのが蛯名だと四方堂は考えていた。
計算高い悪魔にとって未熟な子どもを操るのはたやすいこと。善良な市民の仮面を被り、じわじわと忍び寄り、心の隙間に入り込んで支配する。
莉々亜は最初こそ純粋な気持ちでアイドルを目指していた。
数少ないファンを大切にして、ステージに立つことを心から楽しんでいた。
しかしやがてそれでは満足できなくなってしまう。もっと上に行きたい、大勢の前で唄いたい、高い評価がほしい。次々に欲が出てきて、闇に落ちてしまった。
「最後にもうひとつ聞いていいかな?」
「なに?」
「雫石くんは蛯名と面識があったのか?」
「そんなものないよ。ニュースで顔と名前を初めて知ったんだから。そんなこと、蛯名のスマホやパソコンの通信記録を調べればわかるんじゃない?」
「通信記録からは雫石くんとの接点は一切出てこなかった。だが、そのことを言っているんじゃない。十年前、君は蛯名と会っていたんじゃないかと思ってね」
「十年前? 僕はそのとき六歳だよ」
「そうなんだよなあ。でも十年前、行方不明騒動のあと、雫石くんは久良木《くらき》メンタルクリニックでカウンセリングを受けていた。その病院に蛯名も通院歴があったんだよ。少年院を出てすぐに蛯名の父親が通わせた」
「それがあんたが見つけた、僕と蛯名の唯一の接点ということか。たしかにその病院に通院させられていたのは事実だよ。でも蛯名なんて男は知らない。仮に会っていたとして、それと今回の事件とどんな関係があるの?」
伊央の言う通りだった。それがわかったところでどうにもならない。六歳の子どもだった伊央はその後すぐに渡米しており、ますます接点がない。
「いや、ただちょっと気になっただけだ。忘れてくれ」
「用はそれだけならもういいかな?」
「ああ、引きとめて悪かったな」
「いいえ、なんの役にも立てなくて残念だよ。それじゃあね、四方堂刑事」
四方堂はその場を動かず、伊央を見送った。心に引っかかりを感じたまま、ここで一連の爆発物騒動に決着をつけるしかなかった。
「おまえは何者なんだ? いったい、なにが目的だったんだ?」
四方堂は自動ドアの向こうの、伊央の華奢な背中に問いかけた。
捜査の重要ポイントに常に伊央の存在があった。直接関与していないが、影響を与えているような気がしてならなかった。
子どもだからといって天使だとは限らない。本物の悪魔になる子どもだっている。伊央にその可能性がないとは言いきれない……ような気がした。
「いや、考えすぎかな」
そう思うことにしよう。そう思うしかない。
屋上の鍵を開けたのは野垣莉々亜ではないと伊央は知っているふうだった。それはマスコミに公表していない事実。つまり伊央の言葉は真実の可能性が高い。
だが伊央が鍵を開けた証明は難しいし、それ自体罪にはならない。償うべきなのは、やはり蛯名であり、莉々亜なのだ。
実際、天使から本物の悪魔に見事に生まれ変わってしまったのが蛯名だった。
蛯名の父親は外資系の保険会社に勤めるまじめなサラリーマン。母親は料理好きの専業主婦。
長男の蛯名は両親にかわいがられ、幸せに育ってきた。
そして五歳のときに弟が生まれ、四人家族としてさらなる幸せの道を歩むはずだった。しかしそこで運命の歯車が狂いはじめる。
生まれてきた次男に重い先天性の疾患があるとわかったのだ。
次男は入院生活となり、母親は看病に追われた。父親も看病のほか仕事で忙しく、両親は五歳だった蛯名にかまう時間がほとんどなかった。
それでも蛯名は我儘を言わずに耐えてきた。弟のことを心から愛していたから耐えることができたのだ。
けれど蛯名が七歳のとき、次男が二歳の誕生日を待たずに死んだ。
両親は悲しみに暮れ、とくに母親は心神喪失となりネグレクト状態となった。
そんな蛯名家に三男が誕生した。蛯名が九歳のときだった。
すると母親は三男に深い愛情をそそぎはじめる。亡くなった次男の身代わりだったのか、母親は三男を溺愛した。
不思議なことに、母親は長男である蛯名に興味を示すことは一切なかった。
母親のそんな姿を見て、蛯名は行き場のない不満をどこにもぶつけることができずに悶々とした日々を過ごしていくが、やがて十八歳となり、爆発物取締罰則違反と火薬類取締法違反容疑で逮捕された。
逮捕されたとき、蛯名は事情聴取で語った。「家族の幸せをぶち壊すために爆発物を作った」と。
事実、蛯名の家庭は長男の逮捕をきっかけに崩壊した。
父親は外資系の保険会社を退職せざるを得なくなり、それを受け、夫婦仲にも亀裂が入り、両親は離婚。蛯名の母親は三男だけを引き取ったが、のちに母親は精神科に入院措置となってしまった。
現在、家族はバラバラ。父親は現在市内の工場で働いているが、母親はいまだに入退院を繰り返しており、二十歳になった三男の行方はわからない。
「刑事なんだから自分で判断しなよ。まあ、ちょっと考えればわかることだけどね。でも遅かれ早かれ、野垣さんは罪を犯したと思うよ」
「なぜそう思う?」
「蛯名って男は爆弾を作るサイコパスなんだろう? 目的を果たすためならなんだってするはずだよ。たぶん野垣さんは弱い部分につけこまれちゃったんだよ。そして蛯名に操られた野垣さんは無意識に蛯名に心酔していって、言われるがままに行動しちゃったんだと思うよ」
「驚いたよ。なかなか鋭いところを突いてくるな」
四方堂は伊央の分析力に脱帽した。
たしかに莉々亜は蛯名を特別な存在に位置づけていた。自分を高く評価してくれた人間。莉々亜は事情聴取でそう供述している。
「今の時代、爆破予告程度では大きなニュースにはならないからな。それを見込んでいた蛯名は少しでも大きく取りあげられるよう、アイドルオタクを装って野垣莉々亜を利用したようだ」
「蛯名にとったら、すべて思惑通りにものごとが進んだだろうから、さぞかし楽しかっただろうね」
「野垣莉々亜はとんでもない男に目をつけられたものだよ。あいつにさえかかわらなければ……。本当にかわいそうな子だよ」
一見、華やかな日常を送っているように見えていた莉々亜は深い孤独を抱えていた。
伊央の言う通り、ライバルがのしあがっていくなか、アイドルとして大成できないことにイラついてもいた。そんなもどかしさのなかで深く陥ってしまった孤独を埋めていたのが蛯名だと四方堂は考えていた。
計算高い悪魔にとって未熟な子どもを操るのはたやすいこと。善良な市民の仮面を被り、じわじわと忍び寄り、心の隙間に入り込んで支配する。
莉々亜は最初こそ純粋な気持ちでアイドルを目指していた。
数少ないファンを大切にして、ステージに立つことを心から楽しんでいた。
しかしやがてそれでは満足できなくなってしまう。もっと上に行きたい、大勢の前で唄いたい、高い評価がほしい。次々に欲が出てきて、闇に落ちてしまった。
「最後にもうひとつ聞いていいかな?」
「なに?」
「雫石くんは蛯名と面識があったのか?」
「そんなものないよ。ニュースで顔と名前を初めて知ったんだから。そんなこと、蛯名のスマホやパソコンの通信記録を調べればわかるんじゃない?」
「通信記録からは雫石くんとの接点は一切出てこなかった。だが、そのことを言っているんじゃない。十年前、君は蛯名と会っていたんじゃないかと思ってね」
「十年前? 僕はそのとき六歳だよ」
「そうなんだよなあ。でも十年前、行方不明騒動のあと、雫石くんは久良木《くらき》メンタルクリニックでカウンセリングを受けていた。その病院に蛯名も通院歴があったんだよ。少年院を出てすぐに蛯名の父親が通わせた」
「それがあんたが見つけた、僕と蛯名の唯一の接点ということか。たしかにその病院に通院させられていたのは事実だよ。でも蛯名なんて男は知らない。仮に会っていたとして、それと今回の事件とどんな関係があるの?」
伊央の言う通りだった。それがわかったところでどうにもならない。六歳の子どもだった伊央はその後すぐに渡米しており、ますます接点がない。
「いや、ただちょっと気になっただけだ。忘れてくれ」
「用はそれだけならもういいかな?」
「ああ、引きとめて悪かったな」
「いいえ、なんの役にも立てなくて残念だよ。それじゃあね、四方堂刑事」
四方堂はその場を動かず、伊央を見送った。心に引っかかりを感じたまま、ここで一連の爆発物騒動に決着をつけるしかなかった。
「おまえは何者なんだ? いったい、なにが目的だったんだ?」
四方堂は自動ドアの向こうの、伊央の華奢な背中に問いかけた。
捜査の重要ポイントに常に伊央の存在があった。直接関与していないが、影響を与えているような気がしてならなかった。
子どもだからといって天使だとは限らない。本物の悪魔になる子どもだっている。伊央にその可能性がないとは言いきれない……ような気がした。
「いや、考えすぎかな」
そう思うことにしよう。そう思うしかない。
屋上の鍵を開けたのは野垣莉々亜ではないと伊央は知っているふうだった。それはマスコミに公表していない事実。つまり伊央の言葉は真実の可能性が高い。
だが伊央が鍵を開けた証明は難しいし、それ自体罪にはならない。償うべきなのは、やはり蛯名であり、莉々亜なのだ。
実際、天使から本物の悪魔に見事に生まれ変わってしまったのが蛯名だった。
蛯名の父親は外資系の保険会社に勤めるまじめなサラリーマン。母親は料理好きの専業主婦。
長男の蛯名は両親にかわいがられ、幸せに育ってきた。
そして五歳のときに弟が生まれ、四人家族としてさらなる幸せの道を歩むはずだった。しかしそこで運命の歯車が狂いはじめる。
生まれてきた次男に重い先天性の疾患があるとわかったのだ。
次男は入院生活となり、母親は看病に追われた。父親も看病のほか仕事で忙しく、両親は五歳だった蛯名にかまう時間がほとんどなかった。
それでも蛯名は我儘を言わずに耐えてきた。弟のことを心から愛していたから耐えることができたのだ。
けれど蛯名が七歳のとき、次男が二歳の誕生日を待たずに死んだ。
両親は悲しみに暮れ、とくに母親は心神喪失となりネグレクト状態となった。
そんな蛯名家に三男が誕生した。蛯名が九歳のときだった。
すると母親は三男に深い愛情をそそぎはじめる。亡くなった次男の身代わりだったのか、母親は三男を溺愛した。
不思議なことに、母親は長男である蛯名に興味を示すことは一切なかった。
母親のそんな姿を見て、蛯名は行き場のない不満をどこにもぶつけることができずに悶々とした日々を過ごしていくが、やがて十八歳となり、爆発物取締罰則違反と火薬類取締法違反容疑で逮捕された。
逮捕されたとき、蛯名は事情聴取で語った。「家族の幸せをぶち壊すために爆発物を作った」と。
事実、蛯名の家庭は長男の逮捕をきっかけに崩壊した。
父親は外資系の保険会社を退職せざるを得なくなり、それを受け、夫婦仲にも亀裂が入り、両親は離婚。蛯名の母親は三男だけを引き取ったが、のちに母親は精神科に入院措置となってしまった。
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