八月の流星群

さとう涼

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第五章 奇跡の夜にメテオの祝福

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 八日後。今日は八月の最終日。
 めぐるは伊央に誘われて、産院跡の丘に来ていた。
 辺りは暗闇。そんななか、流星が輝いては消えていく。桜の花びらが散っていくように、手持ち花火の炎がはらはらと流れていった。

「きれいだね」
「本物には負けるけどね」
「ううん、そんなことないよ。それぞれ素敵だよ」

 最後の手持ち花火が静かに消え、虫の声が奏でられる丘にそよ風が吹き渡った。
 伊央は静かに語り出した。

「花火っていいよね。六歳の秋、通院していた病院で同じ患者だったお兄ちゃんと仲よくなったんだ。僕が花火大会に行ったことがない話をしたら、そのお兄ちゃんが打ち上げ花火を手作りしてくれて、近くの河原で見せてくれたんだよ。迫力があって、すごく楽しかった」

 伊央の脳裏に浮かぶのは鮮明な記憶。
 当時、雫石の家に養子として迎え入れられていた伊央は、家政婦の目を盗み、薄暗い時間に家を抜け出した。当然、伊央が行方不明になったことは雫石の耳に入ることになったのだが、数時間後に自宅に戻った伊央はどこに行っていたのか頑なに口を閉ざしたのだった。

「自分で打ち上げ花火を作れるなんてすごいね」
「もの知りで、めちゃめちゃ頭がよかった。変わった人だったけど、あの人は天才だよ」
「伊央が認める人か……。その人、今はどうしてるんだろうね」

 伊央があまりにも楽しそうに語るので、めぐるも興味がわいた。

「元気そうだったよ」
「会ったの?」
「駅前で見かけた。女の子と一緒だったから声をかけるのを遠慮したけど」
「彼女かな?」

 けれど伊央はとくに関心がないようで、「知らない」とあっさり言う。それからなにかをひらめいたらしく、「そうだ!」と声を弾ませた。

「ねえ、誕生日は毎年ここでペルセウス座流星群を見ながら花火をしようよ!」

 伊央が珍しくテンションをあげて身を乗り出してくる。

「それいいね!」

 めぐるも声高らかに目を輝かせた。

「僕たちが生まれた場所がずっとこのままでありますように」
「来年も再来年もふたりで誕生日のお祝いができますように」

 ふたりは星に祈りを捧げる。たとえば五年後もこの場所がこのままであるとは限らない。けれど言葉にすることで安心できる。この先、ふたりが離れてしまうことがあっても、魂でつながっていられる。

 どちらともなく手をつなぎ合う。めぐるは伊央の左手を強く握りながら、幸せな気持ちで夜空を見あげた。
 瞬く星がふたりを静かに見守っている。めぐるの聞こえない左耳にはいつまでもやさしい伊央の声が響いていた。




《完》


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