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(12)星が見えない夜に
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☆ Side Shizuka Hasumi
僕が雨宮さんと初めて会ったのは本社に異動してきた初日のことだった。
シックな色合いのパンツスーツ、ダークブラウンのまっすぐな前下がりボブ、アンニュイな目もと。第一印象は“ミステリアスで近寄りがたいひと”だった。
でも二日目に印象がガラリと変わった。雨宮さんはまじめで気さくで面倒見がいいひとだった。
そんな彼女が僕の上司の元奥さんであることを知った。最初は意外だなという感想だったけれど、やがて怒りに変わった。理由は、僕の彼女が僕の上司を好きになり、その上司と過去に結婚していたからだ。
雨宮さんが神崎部長と離婚していなければ僕たちの関係は変わることなんてなかったのに――。
まったくもって意味不明で理不尽な理由だ。でもどうしようもなかった。誰かのせいにしないと自分がみじめに思えてならなかったんだ。
僕と結城さんの関係に変化が訪れたきっかけは、たぶん僕に余裕がなくなったからだと思う。
商品開発部に異動が決まったのはいいものの、彼女と同じ部署というのは僕には大きなプレッシャーだった。研修時代に仲よくなり、お互いに都内の店舗に配属され、さらに希望の部署に異動。このままうまくいくと思っていたけれど、それは甘い考えだった。
周りのひとたちの優秀さに圧倒され、落ち込む毎日。なんのアイデアも浮かばず、ミーティングでもなんの意見も言えない。
一方、結城さんは伸び伸びと楽しそうに仕事をしていた。上司や先輩たちにかわいがられ、ほかの部署のひとたちからも注目されていた。
ある日、僕は気づいた。大好きだった彼女である結城さんをうらやみ、随分と卑屈になっていたことに。そんなだから彼女の心が離れてしまったんだ。
あの頃の僕は雨宮さんに勝手にイラ立って、愛想のない態度で、生意気なやつだったと思う。それでも雨宮さんは気持ちがいいくらい明るい笑顔で接してくれた。強くてやさしいひとだと思った。
でも一緒に過ごす時間が増えるにつれ、繊細で傷つきやすい側面もあるのだと知る。彼女の苦しみがわかるがゆえ、自分を見ているようで放っておけなかった。
そして知らぬ間に雨宮さんの存在が僕のなかで大きくなっていく。
それを自覚しはじめると後悔も大きくなっていった。
結城さんと神崎部長がつき合っていることをみんなが知ることとなり、それが僕の仕業であることを誰にも言えずにいた。自分から別れを告げたのに、ふたりが幸せになることが許せなかった。
それでちょっとした復讐をした。軽いつもりだった。でも事態は深刻になって取り返しがつかないことになった。みっともない自分に嫌気がさして消えたくなった。
そんな自分を隠しながら雨宮さんと一緒に過ごすようになり、僕のなかでひとつの勇気が芽生えた。ふたりに謝ることができた。
こんな僕が変わることができたのはきっと雨宮さんのおかげだと思う。雨宮さんが苦しみながらも神崎部長を思いやる姿が僕の心を動かしたんだ。
◇◇◇
東京の夜空は相変わらず星が見えない。大学進学で上京した日の夜、それがショックだった。僕が生まれ育ったところは海と山に囲まれたところで、一年中たくさんの星が見えた。
もともと天体観測の趣味はないんだけど、東京の空に星が見えないとわかると急に見たくなって、山のほうへ行ってみたり、プラネタリウムの場所を調べたりして、いつか誰かと見に行けたらいいなと考えてしまっている。
それが今夜――。
騒がしい夜の街で久しぶりに会った彼女はすごくきれいだった。
「待たせてごめんね。元気だった?」
「はい。雨宮さんは?」
「見てのとおり! 食べ物がおいしくてね。ちょっと太っちゃったよ」
僕たちが会うのは実に半年ぶりだった。お互い忙しいのもあったし、休みも合わなくて、季節は初夏から秋になっていた。
僕が雨宮さんと初めて会ったのは本社に異動してきた初日のことだった。
シックな色合いのパンツスーツ、ダークブラウンのまっすぐな前下がりボブ、アンニュイな目もと。第一印象は“ミステリアスで近寄りがたいひと”だった。
でも二日目に印象がガラリと変わった。雨宮さんはまじめで気さくで面倒見がいいひとだった。
そんな彼女が僕の上司の元奥さんであることを知った。最初は意外だなという感想だったけれど、やがて怒りに変わった。理由は、僕の彼女が僕の上司を好きになり、その上司と過去に結婚していたからだ。
雨宮さんが神崎部長と離婚していなければ僕たちの関係は変わることなんてなかったのに――。
まったくもって意味不明で理不尽な理由だ。でもどうしようもなかった。誰かのせいにしないと自分がみじめに思えてならなかったんだ。
僕と結城さんの関係に変化が訪れたきっかけは、たぶん僕に余裕がなくなったからだと思う。
商品開発部に異動が決まったのはいいものの、彼女と同じ部署というのは僕には大きなプレッシャーだった。研修時代に仲よくなり、お互いに都内の店舗に配属され、さらに希望の部署に異動。このままうまくいくと思っていたけれど、それは甘い考えだった。
周りのひとたちの優秀さに圧倒され、落ち込む毎日。なんのアイデアも浮かばず、ミーティングでもなんの意見も言えない。
一方、結城さんは伸び伸びと楽しそうに仕事をしていた。上司や先輩たちにかわいがられ、ほかの部署のひとたちからも注目されていた。
ある日、僕は気づいた。大好きだった彼女である結城さんをうらやみ、随分と卑屈になっていたことに。そんなだから彼女の心が離れてしまったんだ。
あの頃の僕は雨宮さんに勝手にイラ立って、愛想のない態度で、生意気なやつだったと思う。それでも雨宮さんは気持ちがいいくらい明るい笑顔で接してくれた。強くてやさしいひとだと思った。
でも一緒に過ごす時間が増えるにつれ、繊細で傷つきやすい側面もあるのだと知る。彼女の苦しみがわかるがゆえ、自分を見ているようで放っておけなかった。
そして知らぬ間に雨宮さんの存在が僕のなかで大きくなっていく。
それを自覚しはじめると後悔も大きくなっていった。
結城さんと神崎部長がつき合っていることをみんなが知ることとなり、それが僕の仕業であることを誰にも言えずにいた。自分から別れを告げたのに、ふたりが幸せになることが許せなかった。
それでちょっとした復讐をした。軽いつもりだった。でも事態は深刻になって取り返しがつかないことになった。みっともない自分に嫌気がさして消えたくなった。
そんな自分を隠しながら雨宮さんと一緒に過ごすようになり、僕のなかでひとつの勇気が芽生えた。ふたりに謝ることができた。
こんな僕が変わることができたのはきっと雨宮さんのおかげだと思う。雨宮さんが苦しみながらも神崎部長を思いやる姿が僕の心を動かしたんだ。
◇◇◇
東京の夜空は相変わらず星が見えない。大学進学で上京した日の夜、それがショックだった。僕が生まれ育ったところは海と山に囲まれたところで、一年中たくさんの星が見えた。
もともと天体観測の趣味はないんだけど、東京の空に星が見えないとわかると急に見たくなって、山のほうへ行ってみたり、プラネタリウムの場所を調べたりして、いつか誰かと見に行けたらいいなと考えてしまっている。
それが今夜――。
騒がしい夜の街で久しぶりに会った彼女はすごくきれいだった。
「待たせてごめんね。元気だった?」
「はい。雨宮さんは?」
「見てのとおり! 食べ物がおいしくてね。ちょっと太っちゃったよ」
僕たちが会うのは実に半年ぶりだった。お互い忙しいのもあったし、休みも合わなくて、季節は初夏から秋になっていた。
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