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10.届かぬ想いの行方
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「それ、航くんからもらったものですよね?」
雫さんはわたしの手もとを見つめていた。わたしも薬指の指輪に目を落とす。
「ええ、婚約指輪なんです」
「昔、航くんが言ってました。わたしがふざけて誕生石のアクセサリーがほしいっておねだりしたことがあったんですけど。そしたら、女性に宝石を贈るのは人生で一度きり、プロポーズのときだけだって」
「え?」
「美織さんとつき合うずっと前の話。本当かどうかはわからないけど。単なるわたしへの言い訳だったかもしれないよ」
雫さんはニヤリと笑うとパンを手に取り、食事を再開した。
今の、本当なのかな。
だけど航とつき合ってきて、婚約指輪以外、アクセサリーをプレゼントされたことはない。誕生日は、とんでもない数のバラの花束とか豪華ディナークルーズとか国内旅行とか。すべて形に残らないものだった。
それはそれですごくうれしかったけれど。ネックレスや時計といった形のあるものをプレゼントしてもらっていた女の子の友達がうらやましくもあった。肌身離さず身に着けていられるから、お守りみたいでいいなって。
でももし航にそんなこだわりがあったのなら、わたしが初めての相手だと思っていいんだよね?
まだわたしたちが出会う前の航の誓い。信じちゃうからね。
「このパン、ほんとおいしいね」
雫さんはパンをお皿に置くと、ホットコーヒーにスティックシュガーを三本分入れた。
けっこう入れるんだなと思っていると、わたしの視線に気づいたらしい雫さんがクスリと笑みを浮かべた。
「砂糖、入れすぎだって友達にも突っ込まれる。コーヒーは好きな味なんだけど、砂糖をこれぐらい入れないと飲めないの。お酒もほとんど飲めなくて……」
「お酒も? あっ! それであのとき、具合が悪くなったんですね」
航の隣でかなりぐったりとしていた。顔色も悪く、あれは演技には見えなかった。
「航くんのつき合っている彼女を間近で見て、飲まなきゃやってられないって感じになって。でも加減を知らないから、つい飲みすぎちゃった」
「そうだったんですね」
「あと、航くんが美織さんのことを八方美人だって言ってた話をしちゃったんだけど……」
「そのことだったら、学生時代に航から似たようなことを何度か言われたことがあったんです」
だから雫さんの口から聞いたとき、本当に航が言っていたのかなと思ってしまったのだ。
航の男の子の友達に愛想よくしすぎだと、何度か怒られたことがある。わたしはただ航に恥をかかせないように明るく振る舞っていたつもりだったのに。
「わたしが八方美人って言ったのは、航くんと蒼汰くんが話していたのをたまたま聞いたからなの」
「蒼汰くんと? ……どんな話ですか?」
聞くのがちょっと怖いけれど、気になってしょうがない。
「美織さんのことを航くんの友達みんながいい子だって言ってたらしくて。だから必要以上に愛想をよくするのはやめてほしかったみたい。美織さんを好きになる男の子が出てくると困るからって」
「ばかみたい……。そんなことあるわけないのに」
「それだけ愛されてるってことだよ。ほんと、美織さんがうらやましい。わたしもそういう彼氏、ほしいな」
雫さんは目を細め、じとーっとわたしを見る。でもすぐに微笑んで、やさしい顔になった。
それから雫さんの趣味であるお菓子作りの話をした。この間もらったクッキーがおいしかったことを伝えたら、プリンにチーズケーキにスフレなど、なんでも作れるらしい。
「でも航くんって甘いものが苦手なんだよね。だから作り甲斐がなくて」
「雫さんのクッキーはおいしいって、喜んで食べてたよ。普段そういうのはぜんぜん食べないのに」
「ほんと!? よかったあ」
こうして話してみると、雫さんは二十歳の普通の女の子だ。
話している途中で「敬語はやめない?」と恥ずかしそうに言ってくれた。パンを頬張っているときは、無邪気であどけなさの残るかわいらしい子だった。
航にとって特別な女の子。あの航をあそこまで振りまわせるなんて、本当にすごい女の子だ。
雫さんはわたしの手もとを見つめていた。わたしも薬指の指輪に目を落とす。
「ええ、婚約指輪なんです」
「昔、航くんが言ってました。わたしがふざけて誕生石のアクセサリーがほしいっておねだりしたことがあったんですけど。そしたら、女性に宝石を贈るのは人生で一度きり、プロポーズのときだけだって」
「え?」
「美織さんとつき合うずっと前の話。本当かどうかはわからないけど。単なるわたしへの言い訳だったかもしれないよ」
雫さんはニヤリと笑うとパンを手に取り、食事を再開した。
今の、本当なのかな。
だけど航とつき合ってきて、婚約指輪以外、アクセサリーをプレゼントされたことはない。誕生日は、とんでもない数のバラの花束とか豪華ディナークルーズとか国内旅行とか。すべて形に残らないものだった。
それはそれですごくうれしかったけれど。ネックレスや時計といった形のあるものをプレゼントしてもらっていた女の子の友達がうらやましくもあった。肌身離さず身に着けていられるから、お守りみたいでいいなって。
でももし航にそんなこだわりがあったのなら、わたしが初めての相手だと思っていいんだよね?
まだわたしたちが出会う前の航の誓い。信じちゃうからね。
「このパン、ほんとおいしいね」
雫さんはパンをお皿に置くと、ホットコーヒーにスティックシュガーを三本分入れた。
けっこう入れるんだなと思っていると、わたしの視線に気づいたらしい雫さんがクスリと笑みを浮かべた。
「砂糖、入れすぎだって友達にも突っ込まれる。コーヒーは好きな味なんだけど、砂糖をこれぐらい入れないと飲めないの。お酒もほとんど飲めなくて……」
「お酒も? あっ! それであのとき、具合が悪くなったんですね」
航の隣でかなりぐったりとしていた。顔色も悪く、あれは演技には見えなかった。
「航くんのつき合っている彼女を間近で見て、飲まなきゃやってられないって感じになって。でも加減を知らないから、つい飲みすぎちゃった」
「そうだったんですね」
「あと、航くんが美織さんのことを八方美人だって言ってた話をしちゃったんだけど……」
「そのことだったら、学生時代に航から似たようなことを何度か言われたことがあったんです」
だから雫さんの口から聞いたとき、本当に航が言っていたのかなと思ってしまったのだ。
航の男の子の友達に愛想よくしすぎだと、何度か怒られたことがある。わたしはただ航に恥をかかせないように明るく振る舞っていたつもりだったのに。
「わたしが八方美人って言ったのは、航くんと蒼汰くんが話していたのをたまたま聞いたからなの」
「蒼汰くんと? ……どんな話ですか?」
聞くのがちょっと怖いけれど、気になってしょうがない。
「美織さんのことを航くんの友達みんながいい子だって言ってたらしくて。だから必要以上に愛想をよくするのはやめてほしかったみたい。美織さんを好きになる男の子が出てくると困るからって」
「ばかみたい……。そんなことあるわけないのに」
「それだけ愛されてるってことだよ。ほんと、美織さんがうらやましい。わたしもそういう彼氏、ほしいな」
雫さんは目を細め、じとーっとわたしを見る。でもすぐに微笑んで、やさしい顔になった。
それから雫さんの趣味であるお菓子作りの話をした。この間もらったクッキーがおいしかったことを伝えたら、プリンにチーズケーキにスフレなど、なんでも作れるらしい。
「でも航くんって甘いものが苦手なんだよね。だから作り甲斐がなくて」
「雫さんのクッキーはおいしいって、喜んで食べてたよ。普段そういうのはぜんぜん食べないのに」
「ほんと!? よかったあ」
こうして話してみると、雫さんは二十歳の普通の女の子だ。
話している途中で「敬語はやめない?」と恥ずかしそうに言ってくれた。パンを頬張っているときは、無邪気であどけなさの残るかわいらしい子だった。
航にとって特別な女の子。あの航をあそこまで振りまわせるなんて、本当にすごい女の子だ。
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