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第2章 オフィスラブは失恋後が厄介です
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「飯島と何話してた?」
なんだか素っ気ない言い方だ。
「さっき?」
「そう、さっき」
一希はずっとわたしたちに背を向けていたはずなのに飯島さんと話していたのに気づいているとは。
背中に目でもついてるの?
「仕事を頼まれていただけだよ。広告原稿を確認して新聞社にファックスしておいてって」
デスクに裏返して置いてあった原稿を表向きにする。
「だからそうじゃなくて。それ以外にだよ」
どうして機嫌が悪いんだろう。わたし、何かしたんだろうか。
「それ以外に?」
「ああ」
それ以外というと、あのことしかない。
「飯島さん、わたしたちが別れたことを知ってるんだってね。その話を少しだけしたよ」
周囲の人に聞こえないよう小声で答える。
一希が口止めした話は言わないでおいた。言ったら飯島さんが怒られやしないかちょっと心配になったので。
「あとは?」
「特にはないけど」
「嘘つくなよ」
「嘘なんて──」
「あいつに言い寄られていただろ?」
「はっ?」
なんでそうなるの? 飯島さんが馴れ馴れしいのは今にはじまったことじゃない。
だいたい一希だって似たようなことをしていたじゃない。女の子にベタベタして、言い寄って、口説いて、デートに誘って……。
やだ、変なこと思い出しちゃったよ。それは一希がわたしとつき合う前のことだったけれど、その噂話を思い出すたびにイライラしていた。別れた今も不快に感じる。
「心配しなくても大丈夫だよ。飯島さんとどうこうなることは絶対にないから」
「おまえがそうでも、あいつが……」
「えっ?」
「いや、だから……。それはつぐみが俺とつき合ってたからで。あいつ、女癖が果てしなく悪いから」
この期に及んですごい悪口だ。
「わたしなんて飯島さんから見たら恋愛対象外だよ。そんなの一希だって知ってるくせに」
社会人1年目の春。新人研修を終えて広報課に配属されてからの数か月間は飯島さんに食事や飲みに誘われていた。けれどチャラチャラした人が苦手でどうしても行く気になれず、相手にしなかったからか、そのうちそういうのはなくなった。
「つぐみさえしっかりしてればいいんだ」
「だから、わたしなら大丈夫だって。わたしの身持ちがかたいことは知ってるでしょう?」
「そっか、そうだった」
「そうだよ。思い出した?」
「思い出した。おまえ、俺の誘いにもなかなかのらなかったよな」
入社して半年ぐらい経った頃、ようやく飯島さんからのお誘いがなくなったと思ったら、一希が言い寄ってくるようになった。「おはよう」と声をかけられることからはじまり、3日後には自販機のお茶をおごってもらうようになった。2週間後には出張のお土産だと言われ、お菓子をもらった。
それから社員食堂でお昼ごはんを一緒に食べるようになり、やがて仕事終わりに食事に誘われるようになった。
そのときすでにわたしは一希のことが気になっていた。同じフロアで見かける仕事ぶりは格好よくて、気づいたら目で追うようになっていた。
でも食事だけは頑なに断り続けた。会社の外で個人的に会うことは避けていた。だって好きになってはいけない人だと思っていたから。
どうせ遊びに決まっている。たくさんいる女の子の中のひとりにすぎないと思っていた。
傷つきたくなかった。だから本気で好きになる前に離れようと思った。だけどそんなわたしに一希は半年以上もアプローチし続けてくれた。
今考えると、どうしてそれほど頑なに拒み続けていたんだろうと自分でも不思議に思うけれど。きっとそうやって一希の本気度を試していたのかなって、なんとなくそう思った。
飯島さんのことは誤解だと納得してくれたのか、一希は自分のデスクに戻っていった。それからほどなくして外出し、わたしも仕事に戻った。
それにしてもさっきのはいったい……。
やきもち? のわけないよね。いやいやと首を振る。
だって一希はわたしに愛想を尽かしたんだ。そんなはずはない。
一希はやさしいから、ただ純粋にわたしのことを心配してくれたんだろう。そうに違いない。
なんだか素っ気ない言い方だ。
「さっき?」
「そう、さっき」
一希はずっとわたしたちに背を向けていたはずなのに飯島さんと話していたのに気づいているとは。
背中に目でもついてるの?
「仕事を頼まれていただけだよ。広告原稿を確認して新聞社にファックスしておいてって」
デスクに裏返して置いてあった原稿を表向きにする。
「だからそうじゃなくて。それ以外にだよ」
どうして機嫌が悪いんだろう。わたし、何かしたんだろうか。
「それ以外に?」
「ああ」
それ以外というと、あのことしかない。
「飯島さん、わたしたちが別れたことを知ってるんだってね。その話を少しだけしたよ」
周囲の人に聞こえないよう小声で答える。
一希が口止めした話は言わないでおいた。言ったら飯島さんが怒られやしないかちょっと心配になったので。
「あとは?」
「特にはないけど」
「嘘つくなよ」
「嘘なんて──」
「あいつに言い寄られていただろ?」
「はっ?」
なんでそうなるの? 飯島さんが馴れ馴れしいのは今にはじまったことじゃない。
だいたい一希だって似たようなことをしていたじゃない。女の子にベタベタして、言い寄って、口説いて、デートに誘って……。
やだ、変なこと思い出しちゃったよ。それは一希がわたしとつき合う前のことだったけれど、その噂話を思い出すたびにイライラしていた。別れた今も不快に感じる。
「心配しなくても大丈夫だよ。飯島さんとどうこうなることは絶対にないから」
「おまえがそうでも、あいつが……」
「えっ?」
「いや、だから……。それはつぐみが俺とつき合ってたからで。あいつ、女癖が果てしなく悪いから」
この期に及んですごい悪口だ。
「わたしなんて飯島さんから見たら恋愛対象外だよ。そんなの一希だって知ってるくせに」
社会人1年目の春。新人研修を終えて広報課に配属されてからの数か月間は飯島さんに食事や飲みに誘われていた。けれどチャラチャラした人が苦手でどうしても行く気になれず、相手にしなかったからか、そのうちそういうのはなくなった。
「つぐみさえしっかりしてればいいんだ」
「だから、わたしなら大丈夫だって。わたしの身持ちがかたいことは知ってるでしょう?」
「そっか、そうだった」
「そうだよ。思い出した?」
「思い出した。おまえ、俺の誘いにもなかなかのらなかったよな」
入社して半年ぐらい経った頃、ようやく飯島さんからのお誘いがなくなったと思ったら、一希が言い寄ってくるようになった。「おはよう」と声をかけられることからはじまり、3日後には自販機のお茶をおごってもらうようになった。2週間後には出張のお土産だと言われ、お菓子をもらった。
それから社員食堂でお昼ごはんを一緒に食べるようになり、やがて仕事終わりに食事に誘われるようになった。
そのときすでにわたしは一希のことが気になっていた。同じフロアで見かける仕事ぶりは格好よくて、気づいたら目で追うようになっていた。
でも食事だけは頑なに断り続けた。会社の外で個人的に会うことは避けていた。だって好きになってはいけない人だと思っていたから。
どうせ遊びに決まっている。たくさんいる女の子の中のひとりにすぎないと思っていた。
傷つきたくなかった。だから本気で好きになる前に離れようと思った。だけどそんなわたしに一希は半年以上もアプローチし続けてくれた。
今考えると、どうしてそれほど頑なに拒み続けていたんだろうと自分でも不思議に思うけれど。きっとそうやって一希の本気度を試していたのかなって、なんとなくそう思った。
飯島さんのことは誤解だと納得してくれたのか、一希は自分のデスクに戻っていった。それからほどなくして外出し、わたしも仕事に戻った。
それにしてもさっきのはいったい……。
やきもち? のわけないよね。いやいやと首を振る。
だって一希はわたしに愛想を尽かしたんだ。そんなはずはない。
一希はやさしいから、ただ純粋にわたしのことを心配してくれたんだろう。そうに違いない。
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