未来はハッピーウェディング?

さとう涼

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第8章 期待しちゃだめだと思うのですが

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 あの日、一希は悲しそうな顔で言った。「別れたほうがいいのかな」と。
 それまではどんなにケンカをしてもそんなことを言われるなんて微塵も思っていなかった。一希はわたしをひとりにしない。そう信じて疑わなかった。だからあまりにもショックで絶望して、別れの言葉を受け入れてしまった。
 もっと足掻けばよかったのかな。別れたあとそんなふうに思うこともあった。けれど一希の心を取り戻す自信なんてぜんぜんなくて時間だけが過ぎていった。

 別れの言葉は、わたしが一希に言わせてしまっていたの? わたしがあまりにも我儘で身勝手だったから、一希を追い込んでしまったんだね。

「一希は情けなくなんてないよ。いつだってやさしくて格好いい。悪いのはわたし。一希と別れてそのことにようやく気づけた」

「いや、俺が悪かったんだよ。仕事を優先しすぎた。逆の立場だったらって考えて反省した」

 今回初めてお互い真正面から向き合うことができたように思う。もっと早くこんなふうに話せればよかったよね。
 でも気づくことができてよかった。本当に一希を失うところだった。

「そんなに泣いたら干からびちゃうぞ」

「そんなこと言われても……」

 さっきから涙が止まらない。一希はくすりと笑い、涙を何度も拭ってくれた。

「ごめんな、今までひとりにして」

 一希がわたしの背中をやさしくリズムよく叩いてくれる。ワイシャツ越しに感じる一希の鼓動と同じ速さでそれは刻んでいて心が穏やかになっていった。
 わたしは甘えるように一希にもたれかかった。
 よかった。一希がここにいてくれる。これからもわたしのそばにいてくれるんだよね。

「病院にはもう行ったんだよな?」

「うん。今3か月なの」

「そっか。3か月か……」

 一希はそう言ってしばらく黙ったままだった。
 どうしたんだろう。もしかして戸惑っているのかな。しょうがないよね。わたしだってそうだったんだから。

「つぐみ」

「ん?」

「不安な思いをさせたまま病院に行かせてごめんな」

「一希……」

 そんな辛そうな顔をしないで。一希はなにも悪くない。

「ひとりで産むって決めさせてごめん。でも産むことを選んでくれてありがとう。めちゃくちゃうれしいよ」

「ほんと?」

「もちろんだよ。でも結婚、妊娠っていうふうに順序を守ってやれなくて悪いと思ってる」

「それはお互いの責任だよ」

「だとしてもそこはちゃんとしたかった。妊娠は、仕事のことを含めてつぐみの人生を大きく変えることだから」

 一希は真摯に言葉をつむぎ出す。わたしをまっすぐに見つめる眼差し。その瞳の中にずっと映っていたくて、わたしも一希を必死に見つめた。

「わたしね、一希の子だから産みたいって思ったんだよ。不安もあったけど、それ以上にこの子に会いたいってそう思ったの。だから今すごく幸せだよ」

 一希はそんなふうに思わせてくれるひとなんだよ。わたしをこんなにも夢中にさせた。

「わたしも嫌いになったことなんて一度もなかった。ずっと好きだったの。別れたあとも……」

「それ聞いて、すげーほっとした。飯島とか深見課長に心変わりされたらどうしようって気が気じゃなかった」

「そんなわけないよ」

「でもつぐみが深見課長や飯島と親しそうに話してるのを見て、つぐみの気持ちがよくわかった」

 やたら不機嫌になったのはそういうことだったんだ。一希でもやきもちを焼くことってあるんだね。

「安心して。わたしの心が揺らいだことなんて一度もないから。他のひとじゃだめなの。一希以外ありえないから」

 精いっぱいの愛の言葉。いつもは恥ずかしくて自分の気持ちをほとんど言わないけれど、どうか伝わってほしい。
 すると一希は、「俺も」と真剣な眼差しでわたしを見つめた。たったそれだけの言葉でわたしの心が満たされる。うれしくてドキドキと胸が高鳴った。

「つぐみ、お腹触らせて」

「まだ胎動もないし、ふくらんでもいないよ」

「わかってる」

 一希がやさしく微笑みながらお腹に手を当てた。

「ここにいるんだな」

「早く会いたいね。わたしたちの赤ちゃんに」

 たくさんの不安はあるけれど、今は生まれてくる日が待ち遠しくて仕方がない。

「一希の赤ちゃん、大事に育てるよ」

「ありがとう。ふたりでがんばろうな」

 一希の手に自分の手を重ねた。あったかい。

「好きとか愛してるとか、そういう言葉じゃ今の気持ちをうまく言い表せないんだ。でもとにかく俺はつぐみのいない人生は考えられない。ずっとそばにいさせてほしい。この先、つぐみとこの子を全力で守るって誓うよ」

 ほんの少し前まで続いていた不安に押しつぶされそうだった日々が遠い昔のように思える。
 一希に包まれて、わたしは世界一幸せ者だと思った。

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