FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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2.敏腕社長の華麗な駆け引き

006

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 食事を終え、店に戻る途中、冴島社長が急にうちの店に寄りたいというので連れていくことになった。

「プレゼントですか?」
「いや、自宅用の観葉植物をと思って。小さいのでいいんだ」

 店に着くと、塔子さんが目を丸くし、仰天していた。冴島社長のところで仕事を終えたあと、いったん店に戻ったのだが、昼休憩を冴島社長ととることを伝えていなかったからだ。

「塔子さん、冴島テクニカルさんから、生け込みの長期プランのお仕事を頂いたの」
「まあ、それはありがとうございます! 今後ともよろしくお願いいたします」

 塔子さんの顔がぱあっと明るくなって、何度も頭を下げていた。

「あのエントランスの生け込み、お客様にも好評だそうですよ。もちろん、依頼した母もとても気に入っています」
「まあ、それはありがたいことです。ねえ、咲都?」
「ほんと、すごくありが──えっ? お母様?」

 塔子さんの言葉に同意しようとしたら、別のことにびっくりして、思わず声に出してしまった。塔子さんも意味を理解し、驚きのあまり口もとを押さえている。

「春名さんはうちの母と面識あるよね?」
「ええ。ということは、冴島社長は小百合《さゆり》社長の息子さんなんですか?」

 小百合社長はエントランスの生け込みの仕事を依頼してくださった人。冴島WESTビルの管理会社を経営していて、先月初めてビルに伺った際、ご挨拶と詳細な打ち合わせをさせていただいた。
 小百合社長が冴島物産社長の奥様だということは、この界隈では有名なので知っていた。けれど冴島社長のお母様だなんて。
 つまり目の前にいる人は冴島物産の御曹司……。血縁関係はあるんだろうとは思っていたけれど、そこまで濃いとは予想もしていなかった。

 だけど、よくよく考えたら、ビルの最上階に社長室をかまえているのだから、親戚のなかでもとくに近い関係なのは明白なわけで、そのことにたった今気がつき、言葉が出ない。

「もしかして驚かせちゃった? みんな知ってることだから、てっきり春名さんもそうなのかと」
「いいえ、初耳です。小百合社長が冴島物産さんの社長夫人なのは知っていたんですが」
「そっか。同じ業界じゃないから知らなくて当然か。それにほんの数年前まで父に勘当されていて、冴島物産とは無関係だったから」

 小さな花屋を細々と経営している身としては、冴島物産の経営陣の家族構成なんて考えたことはないし、ましてやお家事情なんて知るはずもない。

「勘当……って、それも業界では有名な話なんですか?」
「まさか。表向きは親に頼らず、自分の力を試すために健気にがんばってる長男で通ってるよ」
「でも今は冴島WESTビルに会社をかまえていますよね?」
「信用が大事だからね。銀行から融資してもらったり、仕事の契約書に判を押してもらったりするために冴島ブランドを利用させてもらった。つまり会社を維持していくためには、親の七光りを受けるのが手っ取り早かったんだよ」 

 なんだか、かなりすごいことをさらりと言っているような気がするのだけれど。当の冴島社長はどこ吹く風で、言い終わるや否や、店内をきょろきょろしはじめた。
 そうだった。冴島社長の目的は身の上話をすることじゃなかった。

「観葉植物でしたよね。定番なのは、パキラやポトスです。窓辺に置くなら、日光を好むオリーブの木もおしゃれですよ」
「へえ、オリーブの木か。大きいものしか想像してなかったけど、部屋にも置けるサイズで売ってるんだね」
「はい、とても人気があるんですよ。それからこちらのシャコバサボテンは冬になるとピンク色の花が楽しめます」

 小さめのものがいいということだったので、卓上タイプで部屋のアクセントになり、かつ育てやすいものを四種類ピックアップした。

「じゃあ、それ全部ちょうだい」
「えっと……四種類全部でよろしいんですか?」
「どれがいいか考えるの面倒だから。それにおすすめなんだろう?」

 なぜか、してやったりの顔をする。

「ええ、それはそうなんですが」

 考えるのが面倒な人に植物のお世話ができるとは思えないんだけど。
 そんなふうになんとなく不安に思っていたら、わたしの考えを読めたらしい冴島社長が愉快そうに笑った。

「冗談だよ。大丈夫、ちゃんと大切に育てるから」
「それならいいんですが」
「あっ、ねえ、もし元気がなくなったり、育て方に困ったりしたときは春名さんに相談しに来てもいい?」
「ええ、それは別にかまいません」
「じゃあ、そうさせてもらうよ。助かるよ、アドバイザーが身近にいれば心強い。慣れてきたらきゅうりやアスパラ、あと枝豆も育ててみたいんだよね。ビールのつまみを自給自足する男って格好いいと思わない?」
「……そ、そうですね」

 んん? 格好いいのか?

 それより、なんて自由人なんだろう。
 少し偏見ではあるが、IT業界トップクラスの会社経営者ともなると、仕事やお金以外のことには淡白、そして常に時間に追われてせっかちなイメージがわたしのなかにあった。
 でも彼はぜんぜん違う。おおらかで余裕がある。
 食事のときに尋ねたら、わたしよりも二歳上で、今月二十八歳になるそうだ。それほど年の差がないのに、人生の経験値は雲泥の差があるんだろうな。

「では四点のお買い上げということですね」

 レジカウンターに鉢植えを並べ、先に会計を済ませる。けれど持ち帰るのはちょっと大変かもしれない。あとで会社にお届けしたほうがいいかなと思い、提案しようとしたら目が合った。

「配達してくれるかな?」
「かしこまりました。本日中の配達でよろしいですか?」
「ごめん、日時指定してもいいかな? 今日はこれから出張なんだ。それから配達先は……」

 そう言うと、冴島社長はスラックスのポケットから名刺入れを出し、一枚を手に取るとペンでなにかを書き込んでいた。

「ここに頼むよ」

 名刺を差し出され、受け取る。ペンで書き込まれていたのは都内の住所とマンション名、そして部屋番号だった。

「今度の日曜日の十一時でいいかな?」
「日曜日は定休日なんですが」
「予定あるの?」
「とくにないですけど」

 そういう問題じゃないんですが、という言葉を飲み込む。
 場合によっては配達をお受けすることもあるので、そのこと自体は別にかまわない。だけど普通、定休日だと言ったら、日にちをずらすものだと思ったんだけれど。

「じゃあ、よろしく」

 半ば強引に決めて、ちっとも遠慮がない。こちらが了承するのをあたり前のように思っているみたいだった。
 でも無理もない。彼は生まれながらにしてヒエラルキーの上位に立つ者。要するに人を使う側なのだ。
 あくまでもわたしはお金を頂く立場。わたしは自分にそう言い聞かせた。
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