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10.身分違いの恋だとしても
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その後、無事に挨拶を終えたわたしたちは冴島家を出ると、タクシーで冴島さんのマンションへ向かう。
居酒屋ではほとんど料理を口にしなかったので、ふたりともお腹を空かせていた。時間も時間なので、マンション近くのコンビニで軽くつまめるものを買い込み、リビングのラグの上でくつろぎながら食事をした。
冴島さんは、「今日は飲みたい気分なんだ」と冷蔵庫から出してきた缶ビールを飲んでいる。わたしにもすすめてくれたが、冴島家で気力と体力をかなり消耗したため、飲んだら起きていられる自信がなく、遠慮した。
「それにしても母さんには参ったなあ」
珍しくちょっと疲れ気味に言う。
強引にお見合いをさせられると思っていた冴島さんは、ここ数日ほど気が重い日々だったらしく、それからようやく解放されて安堵しているようだった。
「弟がいわゆる政略結婚ってやつだったから、次は僕なのかって」
「それなんですけど、あんなやさしそうなご両親が結婚を強要したとは思えないんですが」
「強要はしてないよ。すすめたのは両親だけど、弟は自ら進んで結婚したんだ。でも僕にもっと……」
そう言いかけて、口ごもる。
「冴島さん?」
「あっ、いや、なんでもないよ」
冴島さんは言葉を濁したけれど、わたしには彼がなにを言おうとしたのか、わかったような気がした。
──僕にもっと力があったら冴島物産の経営を立て直して、弟に政略結婚なんて選択をさせることはなかったんだ。
冴島物産の業績がここ数年下がってきていると野上さんが言っていた。
弟さんはそれで結婚を決めたんだ。
でも弟さんは犠牲とは思っていないような気がする。冴島さんは冴島さんのやり方で冴島物産を支えていて、弟さんは弟さんなりに考えて選んだ道のように思えた。あのご両親を見て、そう思った。
「冴島さんは家族思いなんですね」
「えっ……」
「冴島さんだけでなく、みなさんがお互いに思い合っているのがわかります」
「ありがとう」
冴島さんがはにかんで目を伏せた。
「今度、弟にも会ってよ。あいつ今、ヨーロッパ各地を転々としてて、あと一ヶ月くらいは戻ってこないんだけど、帰国が決まったら連絡よこせって言ってあるから」
「はい、ぜひ。会えるの、楽しみです」
なんだかんだ言っても、今でも兄弟で連絡を取り合って仲がいいんだなあ。冴島さんが信頼している人はいい方ばかり。弟さんも素敵な方なのは間違いない。
「それと、咲都には言っておきたいことがあるんだ。これは両親と弟にしか言ってないことなんだけど」
そう言って冴島さんが改まるので、わたしは箸を置いて、聞く体勢になる。
「僕は、この先五年を目途に冴島物産に入りたいと思ってる」
「はい」
「冴島テクニカルについても大きく事業再編をはかるつもりなんだ。今後は冴島テクニカルの技術を世界に広げていきたい。そのために必要なことなんだ」
冴島さんはすでに世界を見据えている。野上さんが言っていた話とも共通するところがあって、冴島さんがこれからどれだけ大きなことを成し遂げようとしているのか、なんとなくではあるけれど想像がつく。
「いいかな?」
「なんでわたしに了解を取るんですか?」
「咲都にも関係あることだから。この意味、わかるよね?」
ああもう、なんでこの人はものすごいことを軽く言えるのだろう。こっちは緊張して、心臓が大変なことになっているというのに。
「わたしは冴島さんを信じています。正直、会社のことはよくわからないんですが、冴島さんがそう考えるなら、きっとそれでいいんだと思います。わたしは置いていかれないように、ついていくだけです」
「ありがとう。たくさん苦労をかけるかもしれないけど、それでも咲都を手放すつもりはないから。そのことをわかっていてほしい」
「はい」
冴島さんのいる世界がどんなところなのか、わたしのいる世界とは次元が違いすぎていまいちピンとこない。だから冴島さんはそんなわたしに、そのうち会社にかかわることになるだろうから、いずれは覚悟を決めてねと言っているのだと思った。
「ごめんね、プレッシャーかけちゃって」
「いいえ、とても光栄です」
わたしがそう答えると、冴島さんはニコリとして、ビールをあおる。それから、ほっとしたように息を吐き出しながら缶をテーブルに置いた。
冴島さんも緊張していたのかな。そう思ったら、彼も普通の男の人なんだなあと、ますます愛おしくなる。
「僕たちも不思議な縁だよね。親子であの店に引き寄せられてる。咲都の店に行ったきっかけはエントランスの生け込みを見たからなんだ」
「そうだったんですか!?」
「あれを見て花もいいなあって思ったんだよ。小山田さんにどこの花屋かを調べてもらったら咲都のお店だった」
「なにかひとつでも欠けたら出会えていなかったのかもしれませんね」
わたしが花屋を継がなかったら。塔子さんが花屋を続けていなかったら。父があの場所で花屋を開いていなかったら。あげればきりがないくらいの偶然が積み重なって今がある。
この偶然に今は感謝しかない。冴島さんに出会えて、本当によかった。
居酒屋ではほとんど料理を口にしなかったので、ふたりともお腹を空かせていた。時間も時間なので、マンション近くのコンビニで軽くつまめるものを買い込み、リビングのラグの上でくつろぎながら食事をした。
冴島さんは、「今日は飲みたい気分なんだ」と冷蔵庫から出してきた缶ビールを飲んでいる。わたしにもすすめてくれたが、冴島家で気力と体力をかなり消耗したため、飲んだら起きていられる自信がなく、遠慮した。
「それにしても母さんには参ったなあ」
珍しくちょっと疲れ気味に言う。
強引にお見合いをさせられると思っていた冴島さんは、ここ数日ほど気が重い日々だったらしく、それからようやく解放されて安堵しているようだった。
「弟がいわゆる政略結婚ってやつだったから、次は僕なのかって」
「それなんですけど、あんなやさしそうなご両親が結婚を強要したとは思えないんですが」
「強要はしてないよ。すすめたのは両親だけど、弟は自ら進んで結婚したんだ。でも僕にもっと……」
そう言いかけて、口ごもる。
「冴島さん?」
「あっ、いや、なんでもないよ」
冴島さんは言葉を濁したけれど、わたしには彼がなにを言おうとしたのか、わかったような気がした。
──僕にもっと力があったら冴島物産の経営を立て直して、弟に政略結婚なんて選択をさせることはなかったんだ。
冴島物産の業績がここ数年下がってきていると野上さんが言っていた。
弟さんはそれで結婚を決めたんだ。
でも弟さんは犠牲とは思っていないような気がする。冴島さんは冴島さんのやり方で冴島物産を支えていて、弟さんは弟さんなりに考えて選んだ道のように思えた。あのご両親を見て、そう思った。
「冴島さんは家族思いなんですね」
「えっ……」
「冴島さんだけでなく、みなさんがお互いに思い合っているのがわかります」
「ありがとう」
冴島さんがはにかんで目を伏せた。
「今度、弟にも会ってよ。あいつ今、ヨーロッパ各地を転々としてて、あと一ヶ月くらいは戻ってこないんだけど、帰国が決まったら連絡よこせって言ってあるから」
「はい、ぜひ。会えるの、楽しみです」
なんだかんだ言っても、今でも兄弟で連絡を取り合って仲がいいんだなあ。冴島さんが信頼している人はいい方ばかり。弟さんも素敵な方なのは間違いない。
「それと、咲都には言っておきたいことがあるんだ。これは両親と弟にしか言ってないことなんだけど」
そう言って冴島さんが改まるので、わたしは箸を置いて、聞く体勢になる。
「僕は、この先五年を目途に冴島物産に入りたいと思ってる」
「はい」
「冴島テクニカルについても大きく事業再編をはかるつもりなんだ。今後は冴島テクニカルの技術を世界に広げていきたい。そのために必要なことなんだ」
冴島さんはすでに世界を見据えている。野上さんが言っていた話とも共通するところがあって、冴島さんがこれからどれだけ大きなことを成し遂げようとしているのか、なんとなくではあるけれど想像がつく。
「いいかな?」
「なんでわたしに了解を取るんですか?」
「咲都にも関係あることだから。この意味、わかるよね?」
ああもう、なんでこの人はものすごいことを軽く言えるのだろう。こっちは緊張して、心臓が大変なことになっているというのに。
「わたしは冴島さんを信じています。正直、会社のことはよくわからないんですが、冴島さんがそう考えるなら、きっとそれでいいんだと思います。わたしは置いていかれないように、ついていくだけです」
「ありがとう。たくさん苦労をかけるかもしれないけど、それでも咲都を手放すつもりはないから。そのことをわかっていてほしい」
「はい」
冴島さんのいる世界がどんなところなのか、わたしのいる世界とは次元が違いすぎていまいちピンとこない。だから冴島さんはそんなわたしに、そのうち会社にかかわることになるだろうから、いずれは覚悟を決めてねと言っているのだと思った。
「ごめんね、プレッシャーかけちゃって」
「いいえ、とても光栄です」
わたしがそう答えると、冴島さんはニコリとして、ビールをあおる。それから、ほっとしたように息を吐き出しながら缶をテーブルに置いた。
冴島さんも緊張していたのかな。そう思ったら、彼も普通の男の人なんだなあと、ますます愛おしくなる。
「僕たちも不思議な縁だよね。親子であの店に引き寄せられてる。咲都の店に行ったきっかけはエントランスの生け込みを見たからなんだ」
「そうだったんですか!?」
「あれを見て花もいいなあって思ったんだよ。小山田さんにどこの花屋かを調べてもらったら咲都のお店だった」
「なにかひとつでも欠けたら出会えていなかったのかもしれませんね」
わたしが花屋を継がなかったら。塔子さんが花屋を続けていなかったら。父があの場所で花屋を開いていなかったら。あげればきりがないくらいの偶然が積み重なって今がある。
この偶然に今は感謝しかない。冴島さんに出会えて、本当によかった。
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