枯れない命と紡ぐ花

空崎 たると

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僕の名前は……

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 ……歌が聞こえる。
 全てを包み込んでくれるような優しい歌声が、
 春のような暖かさと一緒に、僕をそっと暗闇の世界から引っ張ってくれる、

「……っ」

 全身が軋む。まるで長い間ずっと眠っていたかのように、身体は重く思い通りに動かせない。
 視界もぼやけて良く見えない。だけど、
 歌だけは、はっきりと聞こえる。
 歌詞も名前も知らないけれど、それでもどこか懐かしく感じる優しい歌。
 痛む体に鞭を入れて声の主の元へ、少しずつ前へ。
 何度も転びそうになりながら歩いていると、急に景色が変わり視界が開ける。
 すると、そこには……。

「――――」

 幼い少女がいた。
 桜色の髪をなびかせて。
 桜の花びらが舞い散る丘の上で一人、心地よさそうに歌っている。
 それはあまりにも幻想的で、違う世界に迷い込んでしまったようにも感じた。

「…………」

 これが夢か現実なのかはわからない。痛みはあるけど、それでもこんなに美しいものが現実にあるなんて信じられない。
 もし、もしもこれが現実ならば……。

「くっ……」

 身体を動かすたびに痛みが走り、顔がゆがむ。
 それでも僕は歩み続けて手を伸ばす。少女に向かって。
 手が届けば何かが変わると信じて。
 でも――。

「……ぁっ」

 あと少しというところで、目の前の世界が反転し僕の意識は薄れていく。

「ひゃっ、だ、誰ですか?」

 どうやら先ほどの少女が僕に気が付いたのか、駆け寄ってくる音が聞こえる。

「えと、あの、だ、大丈夫ですか?」
「うぅ……ぁ……」

 声を出そうにも上手く音にならない。
 そんな僕に少女がそっと手を頭に添えてくれる。

「全身傷だらけ……どうしようわたしだけじゃ……」

 小さくも暖かい手は、不思議と触れているだけでなんだか安心できた。

「あ、アオイさんを呼んできます! きっと何とかしてくれると思うので!」
「もう少しだけ頑張ってください。絶対にすぐ戻ってきます」
「……ぅぁ」

 頭から手が離され、少女が勢いよくどこかへと駆けていく音だけが耳に届く。
 そして僕はそのうめき声を最後に、意識の糸が切れた。



 ……暖かい。
 それが最初に感じたことだった。お日様の下で干した布団の中で眠るような。

「う、ぅーん……」

 深い眠りの底から、少しずつ意識が覚醒していく。
 どうやら僕は助かった……のか?

「いつっ!」

 体を動かそうとすると、痛みが全身を駆け巡った。

「……でも、もう痛く、ない?」

 昨日やさっき感じた痛みが嘘のようになんともない。
 それに……。

「ここはどこだろう……」

 今いるのはふかふかのベッドの上。
 目に映るのは見知らぬ天井。それだけでここが自分の部屋でないことは明らかだった。

「あっ、起きましたね」
「えっ!?」

 突然、僕以外の声がしてびっくりしてしまう。

「驚かせてしまってごめんなさい。でもよかった、ちゃんと目を覚ましてくれて」

 声がした方を見れば、そこには優しそうな姉さんがベッドの傍の椅子に座っていた。
 雰囲気はとても落ち着いているのに、着物のような服の胸元はしっかりと開いていて、少し目のやり場に困ってしまう。

「君、ずっと眠っていたのよ。もう三日くらい?」
「そ、そんなに?」

 確かにかなり限界だったけれどここまでとは……。

「ありがとう、ございます。えっと……」
「私はユズよ」
「ユズさん、改めてありがとうございます。見ず知らずの僕を助けてくれただけじゃなくて看病まで」
「ふふっ、お礼なんていいのよ。それに私一人だけじゃないから」
「そう、なんですか?」
「看病していたのは私とサクラちゃん」
「サクラ、ちゃん?」
「ここの部屋主で、君を見つけてくれたのよ」

 もしかしてあの丘にいた子かな。

「ちょっと待っていてね。すぐに呼ぶから」
「……と、言うわけでもうすぐ桜ちゃんも来ると思うから」
「あ、はい」

 今のは何だったのだろう。漫画とかでよくあるテレパシーみたいだったけれど。

(って、そんなのがあるわけないでしょ。そんな漫画や小説の中でもあるまいし……)
「わぁ! 本当に目が覚めたんですね!」

 勢いよく扉が開かれ、見覚えのある女の子が入ってきた。
 彼女は他でもない、あの丘の上で歌っていた子だ。

「この子がサクラちゃん。君が桜ヶ丘で倒れているのを見つけて私たちに知らせてくれたのよ」
「初めまして、サクラって言います! 思っていたよりも元気そうでよかったですっ」

 笑顔で元気よく返事をするサクラさん。その笑顔は見ているこちらもつい頬が緩んでしまう。

「サクラさん、助けてくれてありがとうございます」
「お礼を言われることではないです。困っている時はお互い様ですから!」

 なんていい子なんだろう。見た目は小学生とほとんど変わらないのに結構しっかりしている。
 ユズさんと一緒の家にいるのだから姉妹、なのかな? ユズさんもかなり優しそうだし、兄弟や姉妹ってのはなんだかんだ兄や姉を見て育つから。

「……ところで、そろそろ君の名前。教えて貰ってもいいかしら」
「あっ! すみません!」

 言われてから自分が名乗っていなかった。

「僕の名前は……名前、は……」

 が、ここで重大なことに気が付く。

「? どうしたんですか?」
「……肇。だと、思う」
「だと思うって、自分の名前だよね?」
「そうなんですけど……」

 そうだと断言はできるけれど、何かが足りない気がする。そう、名前の前に何かが付いていたような気がするけど……。

「もしかして思い出せない、とか?」
「……はい」
「それって、大変じゃないですか!」

 何度か思い出そうとしてみるけど、靄がかかったように何もわからない。

「念のために聞くけど、誕生日とか今何歳とかわかる?」
「えっと確か……誕生日は一月一日で、年齢は17のはず」
「それならわたしの方が二つお姉さんですねっ!」
「え?」

 見た目で小学生くらいだと思っていたけど、まさか年上だったなんて……。

「ちなみにユズお姉ちゃんは150歳で、この家で一番のお姉ちゃんなんです!」

 そう言ってえへんと薄い胸を張る。

「へぇ、150歳…………え?」

 今、なんて言った? 聞き間違いでなければ150歳って聞こえた気がするけど。
 口に出してようやく違和感を抱く。サクラさんがさも当然のようにさらっと言ったからだろう。

「ははは、冗談ですよね。だってどこからどう見てもサクラさんのお姉さんにしか……」
「ふふっ、肇くんってば上手なのね。でも本当よ」
「でも人ってそんなに長生きできるんですか?」
「人……?」
「…………」

 僕の言葉にサクラさんは首をかしげる。
 な、なんだろう。おかしなことを言ったのかな?
 なんて思っていると、

「私たちはあなたの言う人に近い存在だけど、人ではないわ」
「え?」
「私たちは妖精。この世界では、あなたの世界の人間と同じような感じだと思ってくれればよいわ」
「妖精? それにこの世界とか僕の世界って……」

 いっぺんに理解しがたい多くの情報が入ってきて混乱しそうになる。

「わかりやすく言いうと、ここは君がいた世界……人間界ではなくて、人間界の裏側にぴったりとくっついているもう一つの世界なの」
「もう一つの世界……」
「窓の外を見て」

 言われるがまま視線をそちらへ向ける。
 窓の外、レンガの家がずらりと並んだ先……大きな山の頂上からとても大きな樹が立っている。樹はどこまでも高く、無数にも終える枝は空にさえ届いているのではないかと思うほどだ。
 更に枝先と薄い桃色の空が混ざり合い、ここから見るとまるであの樹にサクラの花びらが咲いているようにも見える。
 あの樹はかなり離れているはずなのに、その存在感はここからでもはっきりと感じる。

「あれは世界樹と言って、この世界や私たち妖精に加えて人間と人間界を作り出したと言われているの」
「……世界樹」

 言われてみれば、なるほどと納得してしまう。
 同時にここが僕の元々いた世界ではないということも。記憶ではない、感覚がそう言っている気がした。

「むぅ、ユズお姉ちゃんばっかりズルいです。わたしも肇さんとお話がしたいですよ」
「ズルいって……。サクラちゃん、これはね遊びじゃないのよ」
「わかってますよ! でも、自分の事もよくわからないなんて悲しいです」
「だからわたしが楽しいお話を聞かせられたらきっと肇さんも楽しくなると思うんです!」
「サクラちゃん……」
「というわけで肇さん!」
「は、はいっ!」

 ぼんやりと二人の会話を眺めていたら、ぐっと詰め寄られ小さな手が僕の手を握った。
 その瞬間、ふわりと甘い花の香りに包まれた。

「わたしと沢山お話しましょう! まずはですね、最近起こったハッピーなことから――」

 結局この後、彼女が疲れて寝落ちしてしまうまで続いた。その頃には明るかった空もすっかりと暗くなっていて……。

「すぅー、すぅー……」
「サクラちゃんが迷惑かけてごめんね。ずっと聞いていただけだから大変だったでしょ」
「いえ、色々聞けて面白かったですよ。何よりサクラさんが楽しそうに話していたので、こっちまで楽しくなりましたし」
「それにここがどんなに素敵なところなのか、はっきりと伝わってきましたから」

 そう、あれから数時間はずっと喋りっぱなしだったのに彼女は一度も笑顔を絶やさなかった。

「そう言ってくれると私も助かるわ。さてと、このまま起こすのも忍びないし、私は桜ちゃんをベッドに運ぶから、少しだけ待っていてくれるかしら?」

 言いながらサクラちゃんを優しく抱き上げる。

「それなら僕が別の場所に行きますよ。この部屋はサクラさんの部屋ですし」
「うーん、それはそうなんだけど、君はまだ病み上がりだし、かと言って他の部屋はあるにはあるけどほとんど物置みたいになっているから」
「それにいくら君から言ったことでも、サクラちゃんが聞いたら『どうして肇さんを追い出したんですか』って怒ると思うの」

 確かになんとなく想像ができる。

「だからね、ここは大人しくしてもらえると嬉しいなって」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「ううん、気にしないで。まずはしっかりと体を休めて、この子に元気なところを見せてあげてね」
「はい……」
「よろしい。それじゃあ少しだけ外すけど、何かあったら物音を立ててくれればすぐに駆け付けるから」
「ありがとうございます」
「それじゃ行ってくるね」

 そう言い残して、サクラさんと抱えたユズさんは部屋から出て行った。

「…………」

 なんだか、部屋に一人残されるとあれだ。
 今まではサクラさんやユズさんがいたから、そんなに気にはならなかったけれど、

「ここってサクラさんの部屋なんだよな」

 ふと彼女に手を握られた時のことを思い返す。
 彼女の手はすべすべで小さくて、男の僕なんかとは全然違っていた。

 それにあの時の香りは、なんだか懐かしい感じがした。
「――うぐっ」

 頭に鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめる。
 しかし同時に、脳裏にある風景が浮かんだ。
 いろんな色のお花が並んでいるお店で楽しそうに水やりをしている女性と、店の奥のカウンターで女性のことをうっとりと見つめる男性。そんな二人を僕は見つめていた。

「いつ見ても椿、君の花のお世話は完璧だね」
「当たり前です。私はこのために産まれてきたようなものですから」
「確かにそういえばそうだったね」
「それよりも、あなた――和文さんも手伝ってくださいね。私一人でお店のお花全部は流石に時間がかかってしまうので」
「うっ、俺よりも、肇。お前が手伝ってやれ」
「え、僕?」
「もう、また肇をこき使って……」
「そう言うなって。いつか肇だって俺の後を継がないといけないんだから」
「まだ肇が継ぐなんて決まってないでしょ」
「僕は継いでも良いと思ってる。別にやりたいことなんてないし」
「……ま、跡を継いでくれるってならあんまし文句は言えないか」
「そうね……」

 きっとこれは僕の思い出だ。そしてこの二人は僕の……。

「……父さん、母さん」

 思い出せたのはこれだけだけど、それでも僕にはちゃんと帰るべき場所があるとわかっただけでも気が楽になる。
 と、考えていると。

「――お邪魔するわよ」
「え、あ、あの」
「ふぅん、ユズには聞いていたけど本当にそっくりなのね」

 ノックとほぼ同時に部屋に入ってきたのは、青色の髪が綺麗なポニーテールの女の子だった。
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