俺と小丸の日常

神町 恵

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小丸と悠太郎

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吾輩は猫である。名は……小丸。
名前の通り、まんまるしてるってよく言われる。最初は小さい猫だったが、今はこの通り。少し動きにくいが気にしない。

ここ最近は、静かで、ちょっとだけあったかい日々を過ごしている。

この家に来て、どれくらい経ったんだっけ?
もう、数えなくなったけど――あの子がいなくなってから、ずっと一緒にいるのは、鈴谷っていう、少し頼りないようで、でも落ち着いた匂いのする男の人。

最初は、知らない場所の知らない匂いに、耳がピンと立って、警戒ばかりしてた。でも、不思議とこの人のそばは、あたたかい。
夜、毛布にくるまってるとき、ソファで居眠りしてるとき、ご飯を用意してくれてる後ろ姿――その全部に、あの子の声が、重なるような気がしたんだ。

「小丸、今日はササミだぞ」

低い声で話しかけながら、カリカリの横に、柔らかく茹でたササミを乗せる彼。
春陽がそうしてたの、ちゃんと覚えてるんだ。
やるじゃない。……まぁ、評価してやってもいい。

とりあえず、満足のしっぽ振り三回。
これは“悪くない”って合図。

それにしても、最近はちょっと忙しいらしい。
スーツ姿で朝早く出かけて、夜はくたびれた足取りで帰ってくる。だけど、どんなに遅くても、必ず「ただいま」と言ってくれる。
あの言葉、好きなんだ。
生きてるって感じがする。待ってる相手がいるって、伝わるから。

「小丸、今日ちょっと寒いよな。ストーブ出すか……あ、でもこないだ毛抜けたばっかだし、床に毛が――」

ごちゃごちゃ言いながらも、ストーブを出してくれる。
あんた、文句言っても結局甘いのよね。

それと、最近ちょくちょく来る女の人――横見真矢、って言ったっけ。あの人、最初は少しだけ警戒してた。
だってほら、家の匂いが変わるじゃない。
でも、なんていうか……その手、やわらかいんだよね。春陽が撫でてくれたときの手と、どこか似てる。

この前なんて、俺のために変なネズミの形した布のかたまりを持ってきた。中に鈴が入ってて、カシャカシャするやつ。
最初は「子ども扱いすんな」って感じで見てたけど……気づいたら、夜中にひとりで転がしてた。見られてないと、遊ぶのも悪くない。

それにしても――

あの子、春陽の写真、まだリビングに飾ってある。
あの場所から、こっちを見てる。ちゃんと笑ってる。

俺は猫だから、難しいことはわからない。けど、あの子が言ってた言葉は覚えてる。

「小丸、ゆーたろーのこと、よろしくね」

俺は、ちゃんとやってるかな?
そうだといいけど。……ま、あんまり真面目に考えると毛が抜けるから、やめておこう。

さて――

今夜も、鈴谷はソファに座って、読みかけの文庫本を手にしている。
俺はいつものように、その隣に丸まって、彼の膝に片手をのせる。

あったかい。静かで、穏やか。
たぶんこれが、「平和」ってやつ。

あの子がいない夜でも、この人と俺がいれば、ちゃんと日常は続いていく。
それだけは、ちゃんと伝えたい。

俺なりに、にゃーって鳴いてみる。
鈴谷が、笑った。

……うん、今日もいい日だ。
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