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婚約者としての生活
第8話
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「あれれぇー?」
サクラがヴァルカと応接室で話し込んでいると、廊下から誰かの声が聞こえてくる。
思考に集中していたサクラは、その声ではっと我に返った。
この時間、屋敷の中にはサクラとヴァルカの二人しかいないはずだ。
サクラの目の前にはヴァルカがいるため、他に声をあげられる者が近くにいるわけがない。
サクラの全身から冷や汗が噴き出た。背筋が寒くなって、慌てて立ち上がる。
サクラは声の聞こえてきた方角を振り返りながら、からだに力を入れた。
目を据えて、焼けつくような視線を廊下に向ける。
「うわあっ、びっくりした」
「──っノルウェット、くん⁉︎」
現れたのはノルウェットだった。
ノルウェットはサクラと視線が合うと、大げさなくらい驚いた表情をして飛び上がる。
「そ、そんな怖い顔をしないでくださいぃ。お二人ともこんなところでどうしたんですかあ?」
「それはこっちが聞きたいわ! まだお仕事が終わる時間じゃないわよね?」
ノルウェットがクロビスと共に仕事へ向かってから、それほど時間が経っていない。
普段ならば屋敷にいるはずがない時間帯なので、サクラは驚いて大声を出してしまった。
「ど、どうしてって。僕はただ師匠に頼まれて、荷物を取りに来たんですよー」
「……クロビスに、頼まれて?」
サクラの心臓が破裂してしまうのではないかというくらい、激しく鼓動を打っている。
すっかり見慣れた少年が姿を見せたというだけなのに、なぜか気持ちが落ち着かない。息苦しさを感じて、サクラは胸を押さえてソファに腰をおろした。
「あらあら、まあまあ! それは大変ですわね。お忘れ物を取りに戻られただなんて」
サクラがふらふらとソファに座り込むのと反対に、ヴァルカが勢いよく立ち上がった。
さきほどまで泣きはらした顔をしていたヴァルカだが、すっかりいつもの小うるさくておせっかいな婆やの姿をしている。彼女はソファから離れると、普段の調子で小言をつぶやきながらノルウェットのもとへ近づいていった。
「……まったく。ですから夜更かしなどせずに、きちんと睡眠をとってくださいませと。婆やはいつもお伝えしているではないですか!」
「違いますう、忘れ物じゃないですよ」
「言い訳はけっこうですわ。そんなにそそっかしくて、お仕事でも旦那様にご迷惑をかけてはいないでしょうか」
「ですからあ、師匠が自宅にある資料が必要だと急におっしゃられたんです。私は手が離せないから、お前が荷物を取りにいってくれって言うんですよ」
「あらあら、まあまあ。旦那様がそんなことを? お珍しいこともあるものですわね」
「僕も驚きましたよ。用意周到な師匠らしくないですよねえ」
ノルウェットはヴァルカに向かってそう答えたあと、こちらを窺うようにサクラへ視線を向けてきた。その顔がなんとも気まずそうな表情で、サクラは首をかしげる。
「どうかしたの? ノルくんってば、すごく変な顔になっているよ」
「……じ、実はそのう。サクラさんに手伝ってもらえってぇ」
「え、なにを?」
「師匠がそうおっしゃっておられましてぇ。ものすごく申し訳ないのですけれど、一緒に来てもらいたいです」
「……はあ、でも。手伝ってもらえってなにを?」
そう質問したサクラに、ノルウェットは居心地が悪そうな顔のまま、なにも答えない。彼は無言のまま無理やりサクラの手を取って、どこかへとつれていく。
「ちょ、ちょっとちょっと。いきなりなんなの?」
「説明するより早いので、とりあえずついて来てください」
ノルウェットはそう言って、サクラの腕を力強く引っ張る。そうして、あっという間にクロビスの書斎の前までやってきた。
ノルウェットは覚悟を決めたようにひと呼吸すると、勢いよくクロビスの書斎の扉を開く。展開についていけずに唖然としているサクラの背中を押して、部屋の中に足を踏み入れた。
「嘘でしょ、あの人はこれを持ってこいって言っているの?」
「はいぃぃ! そうなのです」
「こんなの、ノルくんひとりじゃ持ちきれないじゃない」
「ですから師匠はサクラさんに手伝ってもらえってええぇぇ」
クロビスの書斎の机には、大きな木箱が二つ置かれていた。
その両方の木箱を、ノルウェットは城にいるクロビスのもとまで運んでほしいと頼まれたのだそうだ。
「あの人ってば、わざとね」
机に乗った木箱の中には、本がぎっしりと詰まっている。
手にしなくても、なかなかの重量があることは想像がつく。
「ノルくんからお願いされれば、私が断りにくいだろうってことね。魂胆が見え見えだってのよ」
これを一箱だけでも、持ち運ぶには骨が折れる。台車があったとしても、重労働になるだろう。それを二箱となると、ノルウェットひとりに緊急で頼む案件ではない。
「私が家を出たがらないからって、やってくれるわ。こんな方法で城に足を運ばせようとするなんて信じられない」
「まあまあ、よいではございませんか。せっかくですから、お手伝いをしてさしあげてくださいまし」
後ろからついて来ていたヴァルカも、すぐにクロビスの意図に気がついたようだ。
華奢なノルウェットに運べなくとも、力の有り余っているサクラなら苦も無く抱えて持ち運べる。
「……師匠はこれがすぐに必要だからとおっしゃっておられましてぇ。どうにかお願いできませんか?」
木箱の前に立つサクラの横で、ノルウェットが潤んだ瞳を向けてくる。
縋り付いてくるような視線に、サクラは目が泳いでしまう。
「わかった、わかったから。そんな子犬みたいな目をむけてこないで!」
サクラがそう言うと、ノルウェットの表情がぱあっと輝いた。
その後ろで、ヴァルカも満面の笑みを浮かべている。数分前まで泣き喚いて顔をぐちゃぐちゃにさせていた人物と同じだとは思えない。
二人の全身からは嬉しさが滲み出ている。
「ありがとうございますぅ! 師匠がお喜びになります」
「まあまあサクラ様。せっかくお城に向かわれるのですから、皆さまへの差し入れをお持ちになってくださいませね。婆やがすぐにご準備いたしますわ」
ヴァルカは鼻歌を口ずさみながら、書斎の外へと飛び出していった。まるでダンスをしているかのような軽やかな足運びだった。彼女の年齢を勘違いしてしまいそうになるほど、活力がみなぎっている。
そんなヴァルカの背中をみつめながら、サクラは盛大にため息をついた。
「……はあ。寒気がしたり、妙な胸騒ぎがしていたのは、このせいなのかな?」
サクラがヴァルカと応接室で話し込んでいると、廊下から誰かの声が聞こえてくる。
思考に集中していたサクラは、その声ではっと我に返った。
この時間、屋敷の中にはサクラとヴァルカの二人しかいないはずだ。
サクラの目の前にはヴァルカがいるため、他に声をあげられる者が近くにいるわけがない。
サクラの全身から冷や汗が噴き出た。背筋が寒くなって、慌てて立ち上がる。
サクラは声の聞こえてきた方角を振り返りながら、からだに力を入れた。
目を据えて、焼けつくような視線を廊下に向ける。
「うわあっ、びっくりした」
「──っノルウェット、くん⁉︎」
現れたのはノルウェットだった。
ノルウェットはサクラと視線が合うと、大げさなくらい驚いた表情をして飛び上がる。
「そ、そんな怖い顔をしないでくださいぃ。お二人ともこんなところでどうしたんですかあ?」
「それはこっちが聞きたいわ! まだお仕事が終わる時間じゃないわよね?」
ノルウェットがクロビスと共に仕事へ向かってから、それほど時間が経っていない。
普段ならば屋敷にいるはずがない時間帯なので、サクラは驚いて大声を出してしまった。
「ど、どうしてって。僕はただ師匠に頼まれて、荷物を取りに来たんですよー」
「……クロビスに、頼まれて?」
サクラの心臓が破裂してしまうのではないかというくらい、激しく鼓動を打っている。
すっかり見慣れた少年が姿を見せたというだけなのに、なぜか気持ちが落ち着かない。息苦しさを感じて、サクラは胸を押さえてソファに腰をおろした。
「あらあら、まあまあ! それは大変ですわね。お忘れ物を取りに戻られただなんて」
サクラがふらふらとソファに座り込むのと反対に、ヴァルカが勢いよく立ち上がった。
さきほどまで泣きはらした顔をしていたヴァルカだが、すっかりいつもの小うるさくておせっかいな婆やの姿をしている。彼女はソファから離れると、普段の調子で小言をつぶやきながらノルウェットのもとへ近づいていった。
「……まったく。ですから夜更かしなどせずに、きちんと睡眠をとってくださいませと。婆やはいつもお伝えしているではないですか!」
「違いますう、忘れ物じゃないですよ」
「言い訳はけっこうですわ。そんなにそそっかしくて、お仕事でも旦那様にご迷惑をかけてはいないでしょうか」
「ですからあ、師匠が自宅にある資料が必要だと急におっしゃられたんです。私は手が離せないから、お前が荷物を取りにいってくれって言うんですよ」
「あらあら、まあまあ。旦那様がそんなことを? お珍しいこともあるものですわね」
「僕も驚きましたよ。用意周到な師匠らしくないですよねえ」
ノルウェットはヴァルカに向かってそう答えたあと、こちらを窺うようにサクラへ視線を向けてきた。その顔がなんとも気まずそうな表情で、サクラは首をかしげる。
「どうかしたの? ノルくんってば、すごく変な顔になっているよ」
「……じ、実はそのう。サクラさんに手伝ってもらえってぇ」
「え、なにを?」
「師匠がそうおっしゃっておられましてぇ。ものすごく申し訳ないのですけれど、一緒に来てもらいたいです」
「……はあ、でも。手伝ってもらえってなにを?」
そう質問したサクラに、ノルウェットは居心地が悪そうな顔のまま、なにも答えない。彼は無言のまま無理やりサクラの手を取って、どこかへとつれていく。
「ちょ、ちょっとちょっと。いきなりなんなの?」
「説明するより早いので、とりあえずついて来てください」
ノルウェットはそう言って、サクラの腕を力強く引っ張る。そうして、あっという間にクロビスの書斎の前までやってきた。
ノルウェットは覚悟を決めたようにひと呼吸すると、勢いよくクロビスの書斎の扉を開く。展開についていけずに唖然としているサクラの背中を押して、部屋の中に足を踏み入れた。
「嘘でしょ、あの人はこれを持ってこいって言っているの?」
「はいぃぃ! そうなのです」
「こんなの、ノルくんひとりじゃ持ちきれないじゃない」
「ですから師匠はサクラさんに手伝ってもらえってええぇぇ」
クロビスの書斎の机には、大きな木箱が二つ置かれていた。
その両方の木箱を、ノルウェットは城にいるクロビスのもとまで運んでほしいと頼まれたのだそうだ。
「あの人ってば、わざとね」
机に乗った木箱の中には、本がぎっしりと詰まっている。
手にしなくても、なかなかの重量があることは想像がつく。
「ノルくんからお願いされれば、私が断りにくいだろうってことね。魂胆が見え見えだってのよ」
これを一箱だけでも、持ち運ぶには骨が折れる。台車があったとしても、重労働になるだろう。それを二箱となると、ノルウェットひとりに緊急で頼む案件ではない。
「私が家を出たがらないからって、やってくれるわ。こんな方法で城に足を運ばせようとするなんて信じられない」
「まあまあ、よいではございませんか。せっかくですから、お手伝いをしてさしあげてくださいまし」
後ろからついて来ていたヴァルカも、すぐにクロビスの意図に気がついたようだ。
華奢なノルウェットに運べなくとも、力の有り余っているサクラなら苦も無く抱えて持ち運べる。
「……師匠はこれがすぐに必要だからとおっしゃっておられましてぇ。どうにかお願いできませんか?」
木箱の前に立つサクラの横で、ノルウェットが潤んだ瞳を向けてくる。
縋り付いてくるような視線に、サクラは目が泳いでしまう。
「わかった、わかったから。そんな子犬みたいな目をむけてこないで!」
サクラがそう言うと、ノルウェットの表情がぱあっと輝いた。
その後ろで、ヴァルカも満面の笑みを浮かべている。数分前まで泣き喚いて顔をぐちゃぐちゃにさせていた人物と同じだとは思えない。
二人の全身からは嬉しさが滲み出ている。
「ありがとうございますぅ! 師匠がお喜びになります」
「まあまあサクラ様。せっかくお城に向かわれるのですから、皆さまへの差し入れをお持ちになってくださいませね。婆やがすぐにご準備いたしますわ」
ヴァルカは鼻歌を口ずさみながら、書斎の外へと飛び出していった。まるでダンスをしているかのような軽やかな足運びだった。彼女の年齢を勘違いしてしまいそうになるほど、活力がみなぎっている。
そんなヴァルカの背中をみつめながら、サクラは盛大にため息をついた。
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