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大型ダンジョン いいえ、普通のお城ですよ
第8話
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「……おい、そこまでにしてくれないか」
ロークルの低い声が部屋の中に響いた。これまで以上の緊張感が室内に走り、空気が一気に凍りつく。周囲にいる職員たちは気配を完全に消し去り、身を潜めている。
「この男はこう見えてかなりの信仰系魔法の使い手なんだ。俺たちの仲間の中では一番の、な」
サクラがクロビスに詰め寄っていたところへ、ロークルが割って入ってきた。
大きな影がいきなり目の前に現れて困惑している間に、ロークルはクロビスの腕を握っていたサクラの手を強引に引き離す。
「こいつの腕が壊れるとな、救える命も助からなくなってしまう」
「──っ痛ああ⁉」
ロークルはサクラの腕をひねり上げた。肩に痛みを感じて、サクラは思わず声が出てしまう。
「なあ、お手柔らかに頼むよ」
ロークルはクロビスを背中にかばうようにして立っている。笑顔を浮かべているようで、目がまったく笑っていない。サクラの腕を掴んだまま、じっとこちらを見下ろしている。
ロークルから放たれる不穏な気配に、サクラは押しつぶされてしまいそうになる。
「……な、なんで? わたしはっ、なにも……」
ロークルに敵意を向けられている。
そのことだけははっきりと理解できるが、サクラにはなぜこうなってしまったのか、まったくわからなかった。
ほんの少し前まで、ロークルはクロビスと冗談を言い合うくらいには上機嫌だった。たった数秒の間になにが起きたのか、サクラは頭をフル回転させるが、答えはすぐにでてこない。
本来は城の広場で繰り広げられる中ボス戦が室内で始まってしまうのか。それだけは避けなくてはいけないと、気持ちが焦る。
「人が婚約者との逢瀬を楽しんでいるところを邪魔するなんて、やはりあなたは厄介な方ですね」
必死に考えをめぐらせても正解にたどり着けない。
サクラが死の恐怖で震えはじめたころ、ロークルの背中に隠れていたクロビスが声を上げた。
「彼女に悪意はありませんよ。見ていてわかりませんでしたか?」
「だからってお前な。悪気がなければなにをしてもいいわけじゃないぞ」
クロビスはサクラの腕をひねり上げているロークルの手に、自分の手のひらを重ねる。彼がロークルを見上げて首を横にふると、サクラの掴まれていた腕が解放された。
その途端、ロークルからサクラに向けられていた敵意も消える。サクラは安堵して、体中から力が抜けてしまった。
「これに懲りたら、もう少し力加減を覚えてくださいね」
涙目で床に座り込むサクラに向かって、クロビスから声がかけられる。
「……これに懲りたらって、なによ……?」
「無意識なのは承知していますが、私でなければ骨がへし折れていますよ」
クロビスはサクラに手を伸ばしながら苦笑している。
サクラの目尻に溜まった涙を親指の腹で拭うと、大きくため息をついた。
「あなたが力任せにひっついてくるたびに、怪我をしないようにしているのは大変なのですからね」
「……え、なにそれ。どういう、ことなの……?」
サクラがぼんやりしながら尋ねると、クロビスはサクラの脇に腕を差し込んで立ち上がらせながら答えた。
「あなた、家事をするたびに物を破壊していたのを忘れたわけではないでしょう」
そう言われてサクラはハッとした。
家の中を掃除しようとして窓を拭けば割ってしまうし、服を手洗いしようとすると生地をびりびりに破いてしまう。自分はなにをしても、力が入りすぎてしまうということを思い出した。
「……もしかしてなんだけどね。私ってば、いまけっこう強めの力であなたの腕を握っていたのかな?」
「ようやく気がつきましたか」
クロビスは呆れたように吐き捨てた。そばにいるロークルも力強く頷いている。
「そ、それならそうと教えてくれたらいいのに! なにも言わないから平気なんだと思うじゃない」
「そんなわけがありますか。その馬鹿みたいな力を魔法で防いでいただけですよ」
「……うう。そんな器用なことをさせてしまっていたなんて、わからなかったわよ」
サクラはさきほどまで掴んでいたクロビスの腕にそっと手を置いた。見た目ではなんともなってはいないが、いままでサクラが触れる度に魔法を使わせてしまっていたのだと考えると、あまりに情けなくて悔しくなる。
「痛かったよね。手加減が下手なのはわかっていたはずなのに、ごめんなさい」
サクラは顔を伏せて謝罪をする。すると、クロビスはサクラの背中に腕をまわして抱きしめてくれた。
「ほら、彼女に私を害する意志はありません」
クロビスはサクラの背中を撫でながらロークルに話しかけた。
クロビスの胸の中にいるサクラにロークルの表情は確認できないが、呆れている様子が雰囲気で伝わってくる。
「ですから、もう怒らないでやってください。これでも加減を覚えてきているのですよ」
「お前が問題ないと言うなら、あまり口出しをしたくはないがな。正直その馬鹿力はどうかと思うぞ」
「そんなことを言っている暇があるのなら、持ち場に戻られてはどうですか」
「そうだな。そろそろ戻るとしよう」
ロークルはふっと笑みをこぼすと、廊下に続く扉に向かって歩きだした。
「お前が婚約だなんて、どういう風の吹き回しかと思ったがな。相手が負けず劣らずの変人のようで安心したよ」
ロークルは部屋を出て行く直前、室内にいるクロビスを振り返った。ガハガハと大きな声で笑いながらそんな台詞を言い残し、騒がしく去っていった。
「……なんだか、すごい人だったわ」
「あの方は親衛騎士の隊長を務めている男です。生粋の騎士ですからね」
「そう、ね。本当にご立派な方だわ」
親衛騎士ロークル。
ゲームのプレイヤーたちに「ロー兄さん」「ロークル兄貴」とあだ名されるほど、親しまれていたキャラクター。
ゲーム攻略をする上で、プレイヤーが最初に出会うことになる中ボス。
つまり、チュートリアルボスと言ってしまっても、あながち間違いではない。
ロークルはゲーム内において、ボスキャラとの戦闘システムをプレイヤーに教えてくれる役割を持ったキャラクターなのだ。
ゲームの序盤、操作方法に慣れていないプレイヤーに、嫌というほど戦闘システムを叩き込んでくれる。
ロークルのことを「ロー先生」「ロークル師匠」と呼ぶプレイヤーも少なくない。
「兄貴肌っていうか、引率の先生というか。ほんとにあだ名の通りな感じの人なのね」
ロークルの低い声が部屋の中に響いた。これまで以上の緊張感が室内に走り、空気が一気に凍りつく。周囲にいる職員たちは気配を完全に消し去り、身を潜めている。
「この男はこう見えてかなりの信仰系魔法の使い手なんだ。俺たちの仲間の中では一番の、な」
サクラがクロビスに詰め寄っていたところへ、ロークルが割って入ってきた。
大きな影がいきなり目の前に現れて困惑している間に、ロークルはクロビスの腕を握っていたサクラの手を強引に引き離す。
「こいつの腕が壊れるとな、救える命も助からなくなってしまう」
「──っ痛ああ⁉」
ロークルはサクラの腕をひねり上げた。肩に痛みを感じて、サクラは思わず声が出てしまう。
「なあ、お手柔らかに頼むよ」
ロークルはクロビスを背中にかばうようにして立っている。笑顔を浮かべているようで、目がまったく笑っていない。サクラの腕を掴んだまま、じっとこちらを見下ろしている。
ロークルから放たれる不穏な気配に、サクラは押しつぶされてしまいそうになる。
「……な、なんで? わたしはっ、なにも……」
ロークルに敵意を向けられている。
そのことだけははっきりと理解できるが、サクラにはなぜこうなってしまったのか、まったくわからなかった。
ほんの少し前まで、ロークルはクロビスと冗談を言い合うくらいには上機嫌だった。たった数秒の間になにが起きたのか、サクラは頭をフル回転させるが、答えはすぐにでてこない。
本来は城の広場で繰り広げられる中ボス戦が室内で始まってしまうのか。それだけは避けなくてはいけないと、気持ちが焦る。
「人が婚約者との逢瀬を楽しんでいるところを邪魔するなんて、やはりあなたは厄介な方ですね」
必死に考えをめぐらせても正解にたどり着けない。
サクラが死の恐怖で震えはじめたころ、ロークルの背中に隠れていたクロビスが声を上げた。
「彼女に悪意はありませんよ。見ていてわかりませんでしたか?」
「だからってお前な。悪気がなければなにをしてもいいわけじゃないぞ」
クロビスはサクラの腕をひねり上げているロークルの手に、自分の手のひらを重ねる。彼がロークルを見上げて首を横にふると、サクラの掴まれていた腕が解放された。
その途端、ロークルからサクラに向けられていた敵意も消える。サクラは安堵して、体中から力が抜けてしまった。
「これに懲りたら、もう少し力加減を覚えてくださいね」
涙目で床に座り込むサクラに向かって、クロビスから声がかけられる。
「……これに懲りたらって、なによ……?」
「無意識なのは承知していますが、私でなければ骨がへし折れていますよ」
クロビスはサクラに手を伸ばしながら苦笑している。
サクラの目尻に溜まった涙を親指の腹で拭うと、大きくため息をついた。
「あなたが力任せにひっついてくるたびに、怪我をしないようにしているのは大変なのですからね」
「……え、なにそれ。どういう、ことなの……?」
サクラがぼんやりしながら尋ねると、クロビスはサクラの脇に腕を差し込んで立ち上がらせながら答えた。
「あなた、家事をするたびに物を破壊していたのを忘れたわけではないでしょう」
そう言われてサクラはハッとした。
家の中を掃除しようとして窓を拭けば割ってしまうし、服を手洗いしようとすると生地をびりびりに破いてしまう。自分はなにをしても、力が入りすぎてしまうということを思い出した。
「……もしかしてなんだけどね。私ってば、いまけっこう強めの力であなたの腕を握っていたのかな?」
「ようやく気がつきましたか」
クロビスは呆れたように吐き捨てた。そばにいるロークルも力強く頷いている。
「そ、それならそうと教えてくれたらいいのに! なにも言わないから平気なんだと思うじゃない」
「そんなわけがありますか。その馬鹿みたいな力を魔法で防いでいただけですよ」
「……うう。そんな器用なことをさせてしまっていたなんて、わからなかったわよ」
サクラはさきほどまで掴んでいたクロビスの腕にそっと手を置いた。見た目ではなんともなってはいないが、いままでサクラが触れる度に魔法を使わせてしまっていたのだと考えると、あまりに情けなくて悔しくなる。
「痛かったよね。手加減が下手なのはわかっていたはずなのに、ごめんなさい」
サクラは顔を伏せて謝罪をする。すると、クロビスはサクラの背中に腕をまわして抱きしめてくれた。
「ほら、彼女に私を害する意志はありません」
クロビスはサクラの背中を撫でながらロークルに話しかけた。
クロビスの胸の中にいるサクラにロークルの表情は確認できないが、呆れている様子が雰囲気で伝わってくる。
「ですから、もう怒らないでやってください。これでも加減を覚えてきているのですよ」
「お前が問題ないと言うなら、あまり口出しをしたくはないがな。正直その馬鹿力はどうかと思うぞ」
「そんなことを言っている暇があるのなら、持ち場に戻られてはどうですか」
「そうだな。そろそろ戻るとしよう」
ロークルはふっと笑みをこぼすと、廊下に続く扉に向かって歩きだした。
「お前が婚約だなんて、どういう風の吹き回しかと思ったがな。相手が負けず劣らずの変人のようで安心したよ」
ロークルは部屋を出て行く直前、室内にいるクロビスを振り返った。ガハガハと大きな声で笑いながらそんな台詞を言い残し、騒がしく去っていった。
「……なんだか、すごい人だったわ」
「あの方は親衛騎士の隊長を務めている男です。生粋の騎士ですからね」
「そう、ね。本当にご立派な方だわ」
親衛騎士ロークル。
ゲームのプレイヤーたちに「ロー兄さん」「ロークル兄貴」とあだ名されるほど、親しまれていたキャラクター。
ゲーム攻略をする上で、プレイヤーが最初に出会うことになる中ボス。
つまり、チュートリアルボスと言ってしまっても、あながち間違いではない。
ロークルはゲーム内において、ボスキャラとの戦闘システムをプレイヤーに教えてくれる役割を持ったキャラクターなのだ。
ゲームの序盤、操作方法に慣れていないプレイヤーに、嫌というほど戦闘システムを叩き込んでくれる。
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