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争いのあとに
第5話
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自室で手早く身支度を整えたサクラは、屋敷の中のどこかにいるはずのヴァルカを探した。
食堂から洗面所、応接室まで隈なく見て回ったが、どこにもヴァルカの姿はなかった。
「ヴァルカさん、どこに行ったのかな?」
買い出しにでかけてしまったのだろうか。そう考えたとき、サクラはもしやと思った。
その場から踵を返し、屋敷の奥へと向かう。
「……こんなところにいたのですね」
ヴァルカはノルウェットの部屋にいた。
乱雑に物が置かれた部屋の中、唯一ベッドだけはからだを横にできるだけの空間がある。
ヴァルカはベッドの端にそっと腰かけて、虚ろなまなざしをしていた。
彼女はサクラが部屋の中に入ってきたことに気がつくと、ゆるゆると頭を横に振る。
「さすがノルくんの部屋ですね。なにがどこにあるのか、さっぱりわからないや」
「……あの子はそそっかしかったですからね。ほら、見てくださいませ」
ヴァルカはそう言って机の上を指差した。そこには読みかけの本が開いたまま、伏せた状態で置かれている。
「私もガサツな方だけど、開いたところが癖になっちゃうからコレはやらないかな」
「ふふふふ、わかりますわ。でもねえ、あの子はいくら言っても直す気がなかったのですよ」
サクラは机の前に立って読みかけの本を手に取った。本を閉じて机の上に戻そうとしたが、できなかった。開かれている頁の途中まで、びっしりとメモ書きがされていたのだ。
ノルウェットはクロビスの弟子という立場だったが、いずれは立派な医者になるために努力していたのだということが感じられて、胸が締めつけられる。
サクラはノルウェットが開いていたページのまま、本を机の上に戻した。もう彼がこの続きを読むことはないとわかっていても、いまはまだこのままにしておきたいと思った。
「……まさかねえ、あの子が私よりも先にいなくなってしまうだなんて……」
ヴァルカは目を細めて部屋の中を眺めている。
「毎日のように大騒ぎしていましたでしょう。こんなに静かな朝は久しぶりで、婆やには堪えますわ」
「…………………………………………」
かける言葉がみつからない。
サクラは黙ったまま、ヴァルカの隣に腰かけた。
背中を丸めて小さくなっているヴァルカの手の上に、そっと自分の手のひらを重ねる。
「そうですわね。きっといまは、こんなことを言うべきではないのかもしれませんが……」
ヴァルカはからだを小さく震わせていた。彼女はゆっくりと深呼吸をして震えをおさえてから、サクラを見上げてくる。
「安心しましたわ。これからは旦那様のおそばにサクラさまがいてくださるのですから」
ヴァルカと視線がぶつかる。サクラは苦笑いするしかなかった。
「そう言ってくれるのは、私を信用してくれているからだってわかってるの。ありがとうって、そう答えるのが正解なのかもしれないけど……」
サクラは重ねていただけのヴァルカの手を、そっと包み込むように握った。
「私はね、これからは外に出ようと思うの」
「なぜですか! まさか、この家を出ていくおつもりなのですか⁉」
ヴァルカが目を見開いた。
すっと顔を青ざめさせて、サクラの肩に手を置く。
がたがたとサクラのからだを揺さぶって、訴えてくる。
「サクラ様までいなくなってしまっては、あの方のお心は壊れてしまいますわ!」
「落ち着いてヴァルカさん。この家を出ていくわけじゃないの」
サクラは肩に置かれたヴァルカの手を握りしめ、安心させるように微笑んだ。
「クロビスにはもう話をしてある。彼は認めてくれたわ」
サクラがこれまで通り、クロビスの家の中だけで過ごす生活を送る。
できることなら、サクラだってそうしていたいと思う。
王になんてなりたくない。
玉座なんて望んではいない。
それに関する争いになんて、関わりたくない。
しかし、それをベルヴェイクは良しとしないだろうと思ったのだ。
「私はね、もう少し世界のことを知りたいんだ」
きっとサクラが現状を維持したままの生活をしていると、ベルヴェイクがなにかしらの接触をしてくるだろうと、そんな気がしてならないのだ。
ベルヴェイクという存在は、そういうものだった。
ゲーム内でも主人公のやることに余計な手出しをしてきて、事態をややこしくさせていた。
その可能性を考えたくはない。
しかし、いくらなんでも都合がよすぎると思ってしまう部分があるのだ。
サクラがはじめて領主の城へ赴いたタイミングでの稀人による襲撃。もしも、あれがベルヴェイクによる世界への干渉の結果であった場合、それはなにを意味するのだろうか。
稀人であるサクラがいつまでもなにもせずにいたことを、ベルヴェイクが歯がゆく思っていたとしら、どうするだろうか。
──単純に考えれば、動かざるを得ない状況を作ってしまえばいいって、そう思わせるように追いこむ策を練る。だけどそれって、もしかしたらノル君が死んでしまったのは私の……。
そこまで考えて、サクラは唇を噛んだ。
頭の中に浮かんでいた最悪の事態について、そこで思考を止める。
確信がもてないことは、考えすぎないほうがいい。
「彼にだけは隠し事をしないで、きちんと話せるようになりたいの。それだけはわかってほしいな」
サクラが懇願すると、ヴァルカは納得できていない様子だったが、頷いてくれた。
ベルヴェイクと会ったこと、そこで話した内容、サクラはこれをまだクロビスに相談できていない。
望む答えを得るために、サクラは街の外へ出る決意をしたのだ。
食堂から洗面所、応接室まで隈なく見て回ったが、どこにもヴァルカの姿はなかった。
「ヴァルカさん、どこに行ったのかな?」
買い出しにでかけてしまったのだろうか。そう考えたとき、サクラはもしやと思った。
その場から踵を返し、屋敷の奥へと向かう。
「……こんなところにいたのですね」
ヴァルカはノルウェットの部屋にいた。
乱雑に物が置かれた部屋の中、唯一ベッドだけはからだを横にできるだけの空間がある。
ヴァルカはベッドの端にそっと腰かけて、虚ろなまなざしをしていた。
彼女はサクラが部屋の中に入ってきたことに気がつくと、ゆるゆると頭を横に振る。
「さすがノルくんの部屋ですね。なにがどこにあるのか、さっぱりわからないや」
「……あの子はそそっかしかったですからね。ほら、見てくださいませ」
ヴァルカはそう言って机の上を指差した。そこには読みかけの本が開いたまま、伏せた状態で置かれている。
「私もガサツな方だけど、開いたところが癖になっちゃうからコレはやらないかな」
「ふふふふ、わかりますわ。でもねえ、あの子はいくら言っても直す気がなかったのですよ」
サクラは机の前に立って読みかけの本を手に取った。本を閉じて机の上に戻そうとしたが、できなかった。開かれている頁の途中まで、びっしりとメモ書きがされていたのだ。
ノルウェットはクロビスの弟子という立場だったが、いずれは立派な医者になるために努力していたのだということが感じられて、胸が締めつけられる。
サクラはノルウェットが開いていたページのまま、本を机の上に戻した。もう彼がこの続きを読むことはないとわかっていても、いまはまだこのままにしておきたいと思った。
「……まさかねえ、あの子が私よりも先にいなくなってしまうだなんて……」
ヴァルカは目を細めて部屋の中を眺めている。
「毎日のように大騒ぎしていましたでしょう。こんなに静かな朝は久しぶりで、婆やには堪えますわ」
「…………………………………………」
かける言葉がみつからない。
サクラは黙ったまま、ヴァルカの隣に腰かけた。
背中を丸めて小さくなっているヴァルカの手の上に、そっと自分の手のひらを重ねる。
「そうですわね。きっといまは、こんなことを言うべきではないのかもしれませんが……」
ヴァルカはからだを小さく震わせていた。彼女はゆっくりと深呼吸をして震えをおさえてから、サクラを見上げてくる。
「安心しましたわ。これからは旦那様のおそばにサクラさまがいてくださるのですから」
ヴァルカと視線がぶつかる。サクラは苦笑いするしかなかった。
「そう言ってくれるのは、私を信用してくれているからだってわかってるの。ありがとうって、そう答えるのが正解なのかもしれないけど……」
サクラは重ねていただけのヴァルカの手を、そっと包み込むように握った。
「私はね、これからは外に出ようと思うの」
「なぜですか! まさか、この家を出ていくおつもりなのですか⁉」
ヴァルカが目を見開いた。
すっと顔を青ざめさせて、サクラの肩に手を置く。
がたがたとサクラのからだを揺さぶって、訴えてくる。
「サクラ様までいなくなってしまっては、あの方のお心は壊れてしまいますわ!」
「落ち着いてヴァルカさん。この家を出ていくわけじゃないの」
サクラは肩に置かれたヴァルカの手を握りしめ、安心させるように微笑んだ。
「クロビスにはもう話をしてある。彼は認めてくれたわ」
サクラがこれまで通り、クロビスの家の中だけで過ごす生活を送る。
できることなら、サクラだってそうしていたいと思う。
王になんてなりたくない。
玉座なんて望んではいない。
それに関する争いになんて、関わりたくない。
しかし、それをベルヴェイクは良しとしないだろうと思ったのだ。
「私はね、もう少し世界のことを知りたいんだ」
きっとサクラが現状を維持したままの生活をしていると、ベルヴェイクがなにかしらの接触をしてくるだろうと、そんな気がしてならないのだ。
ベルヴェイクという存在は、そういうものだった。
ゲーム内でも主人公のやることに余計な手出しをしてきて、事態をややこしくさせていた。
その可能性を考えたくはない。
しかし、いくらなんでも都合がよすぎると思ってしまう部分があるのだ。
サクラがはじめて領主の城へ赴いたタイミングでの稀人による襲撃。もしも、あれがベルヴェイクによる世界への干渉の結果であった場合、それはなにを意味するのだろうか。
稀人であるサクラがいつまでもなにもせずにいたことを、ベルヴェイクが歯がゆく思っていたとしら、どうするだろうか。
──単純に考えれば、動かざるを得ない状況を作ってしまえばいいって、そう思わせるように追いこむ策を練る。だけどそれって、もしかしたらノル君が死んでしまったのは私の……。
そこまで考えて、サクラは唇を噛んだ。
頭の中に浮かんでいた最悪の事態について、そこで思考を止める。
確信がもてないことは、考えすぎないほうがいい。
「彼にだけは隠し事をしないで、きちんと話せるようになりたいの。それだけはわかってほしいな」
サクラが懇願すると、ヴァルカは納得できていない様子だったが、頷いてくれた。
ベルヴェイクと会ったこと、そこで話した内容、サクラはこれをまだクロビスに相談できていない。
望む答えを得るために、サクラは街の外へ出る決意をしたのだ。
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