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協力 ダンジョンボス
第6話
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「……新しい季節か。わたしに運べるのかな」
サクラはぽつりとつぶやいた。胸の奥に芽生えた不安が、じんわりと広がっていく。
異世界に来てからは、ただ生き延びることだけを考えてきた。けれど、今はもっと大きな役目を求められている。自分にそんな器があるのだろうか。
「あなたは異界からやってきた神、稀人なのですから。それくらいのことはできるのでしょう?」
クロビスの声音には、いつもの皮肉も棘もなかった。静かで、しかし揺るぎない確信に満ちている。
その響きに、サクラのまぶたがわずかに震えた。
クロビスの中で、ただの流れ人だった自分が「稀人」へと昇華されたのだと悟った瞬間、ふっと笑いが漏れた。
「まるで民俗学の話みたいね」
サクラはそう言ってから肩をすくめ、続ける。
「いや、むしろ典型的な神話かな。若者が異国を渡り歩き、数々の試練を乗り越え、やがて神や尊い存在になる……。ああ、だからかもしれないね。それこそ王道のゲームのシナリオみたい」
自分で言って納得し、一人でこくりとうなずく。
異世界の空気に染まっても、やっぱり発想はゲーム的に引き戻される。そんな自分に、サクラは苦笑しつつも安心していた。
そんなサクラを見つめるクロビスの視線が柔らかくなった。そのことに気づき、サクラはにやりと笑った。
「なんだか安心したような目をしてるけど……。もし、わたしが王になったら、あなたを王配に指名してやるんだからね」
冗談半分、本気半分。そう告げると、クロビスはぎょっとして目を見開いた。
「なにその反応。さっきは結婚を前提にって言ってくれてたのに。口から出任せだったの?」
「……考えてもいないことでしたので、本気で驚いただけです」
言い訳めいた返事をしたあと、クロビスは腕を組み、数呼吸置いてから口を開く。
「王配はご遠慮願いたいですね。せめて愛人ではいかがでしょう?」
「嫌よ。玉座にひとりぼっちの王さまなんて無理。それに……」
サクラは顔を赤らめながら言葉を続けた。
「わたしはあなたのこと、好きだもん」
真正面からの告白に、クロビスが目頭を押さえる。
「……あなたという方は。こんな時にそういうことを言いますか?」
「あなたにだけは言われたくないわ」
サクラは頬を膨らませる。
「婚約者のふりだってわかってるけどね。あんなにさらりと上司に向かって、結婚を前提に、なんて言える人、そうそういないわよ。あれはときめいちゃうでしょ」
「もうそのつもりではありません」
クロビスは淡々と告げる。
「本気で思っていることだから、自然と言葉が出ただけです」
真剣な響きに、サクラの心臓がどくんと跳ねた。全身が熱に包まれ、頬がさらに赤くなる。両手はパタを握ったままで顔を隠せないのがもどかしい。
「……なんだか、すごく恥ずかしくなってきた。いまはこっち見ないでほしいかも」
「奇遇ですね。私もですよ」
クロビスの素直すぎる返答に、サクラは噴き出した。緊張と羞恥が混じった笑い声が、嵐のような広場に一瞬だけやさしい空気を生む。
「ごめんなさい」
サクラは小さく息をつき、目を伏せる。
「やっぱり、わたしは自分が王さまになるなんて想像できないの」
「そうでしょうね。そんな気がしていました」
クロビスは静かに言った。先ほどまでの軽口は消え、柔らかな響きだけが残る。
「稀人だからといって、誰もが王たることを望むわけではないのですね。……私は、神には心などないものだと勘違いしていたようです」
サクラは顔を上げ、真剣なまなざしで彼を見返す。
「勘違いはお互いさまだからいいの。これからは、ちゃんと分かり合えるように、たくさん話をしようね」
その言葉は自分に向けても投げかけたものだった。異世界に来てから抱え込んできた孤独や不安を、少しずつ分かち合っていきたい。
サクラは前を向く。視線の先では、アリエノールと奏多の戦いが激しさを増していた。
轟音。稲妻。崩れゆく城壁。
奏多はもはや人の形を保っているのが奇跡のようだった。
血走った目は虚ろで、口からは泡を吹き、全身の皮膚は赤黒くただれている。それでも、彼が小さな杖を振るうたび、闇の瘴気が吹き荒れ、石畳を砕き広場を震わせた。
「──うああああああッ!」
獣の咆哮に似た絶叫。理性の欠片もない、ただ生き延びるために本能を燃やす叫び。
一方のアリエノールは、真紅の雷をまとい、巨大なハルバードを振るって応じる。地を踏みしめるたび稲妻が奔り、裂けた空から轟雷が降り注ぐ。
「愚か者が……!」
斬撃と雷鳴が衝突し、閃光と衝撃が広場を覆った。
サクラは吹き飛ばされそうになりながら必死に踏みとどまる。耳が痛くなるほどの轟音、視界は閃光と砂塵で白く染まった。
「このままじゃ……城が崩れちゃう!」
城壁の亀裂は広がり、瓦礫が雨のように降り注ぐ。アリエノールの力が強すぎて、このままでは奏多を討つ前に周囲が崩壊してしまう。
クロビスが低くつぶやく。
「……だからこそ、あなたの力が必要なのです。アリエノールさまは加減を知らない」
サクラは唇を噛んだ。恐怖で足がすくむ。それでも胸の奥で別の感情が燃え上がる。
――見届けたい。あの竜人の無垢な力を、暴走した奏多の末路を、そして自分がここにいる意味を。
サクラは深呼吸し、決意を固める。
「わたしはアリエノールさまに協力する。あの方を王にするために、ご助力させていただきますわ」
ちらりと横目でクロビスを見る。仮面に表情は隠されているが、彼はゆっくりとうなずいた。その耳がほんのり赤く染まっているのを、サクラは見逃さなかった。けれど、口には出さず胸の奥にしまい込む。
「竜王の時代、また来ますかねえ」
クロビスがぼそりとつぶやく。
「アリエノールさまが王になりたいと思ったのは、偉大なご先祖さまに憧れているからなんだよね」
サクラはゆっくりと応える。
「純粋無垢な方だから、しっかりと私たちがお支えしていけたらいいんじゃないかな」
言葉にしながら、サクラは改めて自分の役割を感じた。
新しい季節を運ぶなんて大げさかもしれない。けれど、隣にクロビスがいて、前にアリエノールがいるのなら――。
その未来を信じてみるのも、悪くない。
サクラはぽつりとつぶやいた。胸の奥に芽生えた不安が、じんわりと広がっていく。
異世界に来てからは、ただ生き延びることだけを考えてきた。けれど、今はもっと大きな役目を求められている。自分にそんな器があるのだろうか。
「あなたは異界からやってきた神、稀人なのですから。それくらいのことはできるのでしょう?」
クロビスの声音には、いつもの皮肉も棘もなかった。静かで、しかし揺るぎない確信に満ちている。
その響きに、サクラのまぶたがわずかに震えた。
クロビスの中で、ただの流れ人だった自分が「稀人」へと昇華されたのだと悟った瞬間、ふっと笑いが漏れた。
「まるで民俗学の話みたいね」
サクラはそう言ってから肩をすくめ、続ける。
「いや、むしろ典型的な神話かな。若者が異国を渡り歩き、数々の試練を乗り越え、やがて神や尊い存在になる……。ああ、だからかもしれないね。それこそ王道のゲームのシナリオみたい」
自分で言って納得し、一人でこくりとうなずく。
異世界の空気に染まっても、やっぱり発想はゲーム的に引き戻される。そんな自分に、サクラは苦笑しつつも安心していた。
そんなサクラを見つめるクロビスの視線が柔らかくなった。そのことに気づき、サクラはにやりと笑った。
「なんだか安心したような目をしてるけど……。もし、わたしが王になったら、あなたを王配に指名してやるんだからね」
冗談半分、本気半分。そう告げると、クロビスはぎょっとして目を見開いた。
「なにその反応。さっきは結婚を前提にって言ってくれてたのに。口から出任せだったの?」
「……考えてもいないことでしたので、本気で驚いただけです」
言い訳めいた返事をしたあと、クロビスは腕を組み、数呼吸置いてから口を開く。
「王配はご遠慮願いたいですね。せめて愛人ではいかがでしょう?」
「嫌よ。玉座にひとりぼっちの王さまなんて無理。それに……」
サクラは顔を赤らめながら言葉を続けた。
「わたしはあなたのこと、好きだもん」
真正面からの告白に、クロビスが目頭を押さえる。
「……あなたという方は。こんな時にそういうことを言いますか?」
「あなたにだけは言われたくないわ」
サクラは頬を膨らませる。
「婚約者のふりだってわかってるけどね。あんなにさらりと上司に向かって、結婚を前提に、なんて言える人、そうそういないわよ。あれはときめいちゃうでしょ」
「もうそのつもりではありません」
クロビスは淡々と告げる。
「本気で思っていることだから、自然と言葉が出ただけです」
真剣な響きに、サクラの心臓がどくんと跳ねた。全身が熱に包まれ、頬がさらに赤くなる。両手はパタを握ったままで顔を隠せないのがもどかしい。
「……なんだか、すごく恥ずかしくなってきた。いまはこっち見ないでほしいかも」
「奇遇ですね。私もですよ」
クロビスの素直すぎる返答に、サクラは噴き出した。緊張と羞恥が混じった笑い声が、嵐のような広場に一瞬だけやさしい空気を生む。
「ごめんなさい」
サクラは小さく息をつき、目を伏せる。
「やっぱり、わたしは自分が王さまになるなんて想像できないの」
「そうでしょうね。そんな気がしていました」
クロビスは静かに言った。先ほどまでの軽口は消え、柔らかな響きだけが残る。
「稀人だからといって、誰もが王たることを望むわけではないのですね。……私は、神には心などないものだと勘違いしていたようです」
サクラは顔を上げ、真剣なまなざしで彼を見返す。
「勘違いはお互いさまだからいいの。これからは、ちゃんと分かり合えるように、たくさん話をしようね」
その言葉は自分に向けても投げかけたものだった。異世界に来てから抱え込んできた孤独や不安を、少しずつ分かち合っていきたい。
サクラは前を向く。視線の先では、アリエノールと奏多の戦いが激しさを増していた。
轟音。稲妻。崩れゆく城壁。
奏多はもはや人の形を保っているのが奇跡のようだった。
血走った目は虚ろで、口からは泡を吹き、全身の皮膚は赤黒くただれている。それでも、彼が小さな杖を振るうたび、闇の瘴気が吹き荒れ、石畳を砕き広場を震わせた。
「──うああああああッ!」
獣の咆哮に似た絶叫。理性の欠片もない、ただ生き延びるために本能を燃やす叫び。
一方のアリエノールは、真紅の雷をまとい、巨大なハルバードを振るって応じる。地を踏みしめるたび稲妻が奔り、裂けた空から轟雷が降り注ぐ。
「愚か者が……!」
斬撃と雷鳴が衝突し、閃光と衝撃が広場を覆った。
サクラは吹き飛ばされそうになりながら必死に踏みとどまる。耳が痛くなるほどの轟音、視界は閃光と砂塵で白く染まった。
「このままじゃ……城が崩れちゃう!」
城壁の亀裂は広がり、瓦礫が雨のように降り注ぐ。アリエノールの力が強すぎて、このままでは奏多を討つ前に周囲が崩壊してしまう。
クロビスが低くつぶやく。
「……だからこそ、あなたの力が必要なのです。アリエノールさまは加減を知らない」
サクラは唇を噛んだ。恐怖で足がすくむ。それでも胸の奥で別の感情が燃え上がる。
――見届けたい。あの竜人の無垢な力を、暴走した奏多の末路を、そして自分がここにいる意味を。
サクラは深呼吸し、決意を固める。
「わたしはアリエノールさまに協力する。あの方を王にするために、ご助力させていただきますわ」
ちらりと横目でクロビスを見る。仮面に表情は隠されているが、彼はゆっくりとうなずいた。その耳がほんのり赤く染まっているのを、サクラは見逃さなかった。けれど、口には出さず胸の奥にしまい込む。
「竜王の時代、また来ますかねえ」
クロビスがぼそりとつぶやく。
「アリエノールさまが王になりたいと思ったのは、偉大なご先祖さまに憧れているからなんだよね」
サクラはゆっくりと応える。
「純粋無垢な方だから、しっかりと私たちがお支えしていけたらいいんじゃないかな」
言葉にしながら、サクラは改めて自分の役割を感じた。
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