上 下
6 / 9

しおりを挟む







「……で、話ってなに?」

 ユキは人気のない学園の裏庭までやってくると、メリッサを睨みつけながら口を開いた。

「単刀直入に申し上げます。私は殿下の婚約者になりたくないのです」 

「白々しいことを言わないで。夜会で殿下とキスをしていたじゃない!」

「あれは事故です」

 メリッサはにこりと笑いながら、ユキに向かってはっきりと言った。

「私が体調を崩して立ちくらんでしまったところを、お優しい殿下が支えくださったのです。その際に、少し唇が触れてしまっただけなのです」

 だから事故なのですよ、とメリッサが平然と言い放つと、ユキは目を見開いた。

「……えっと、そうだったかな?」

「そうだったのですわ」

 メリッサは身を乗り出した。ユキの顔を覗き込みながら力強く発言する。
 どう考えてもメリッサの言い分には無理があるのだが、ここまではっきりと言いきられてしまうと、ユキは自信がなくなってきたらしい。

「……そう言われると、そうだったかもしれない」

 ユキは首を傾げつつも、そうつぶやいた。

「ええ、ただの事故だったのですわ。だというのに、お優しい殿下は責任を取って私と結婚するとおっしゃるのです。それではあまりに殿下がお可哀想だとは思いませんか?」

「そうね。それはあんまりね!」

「ええ、あんまりなのです。だって、殿下にはユキ様という素晴らしい女性がいらっしゃるのですもの」

 本音をひた隠しにしながらメリッサが言うと、ユキは腕を組んで大きく頷いた。
 短絡的な性格をしていると聞いてはいたが、ここまで浅はかなだと心配になってしまうほどだ。

「そうよ! 殿下には私がいるのにあなたと婚約だなんて、ありえない話ね」

「その通りです! ですから、ユキ様から私はなにも気にしていないと殿下に伝えて欲しいのですわ」

 メリッサはユキの手を取って力強く話しかける。
 しかし、それまで胸を張ってメリッサの話に頷いていたユキが、突然はっとした顔をして目を伏せた。

「……でも、私は陛下に殿下との交際は反対されているの。だから正式に婚約さえできていなくて。殿下は説得できても、陛下はどうかな……」

「まあ、そうだったのですね」

 メリッサはユキの手を取ったまま、目を潤ませた。

「きっと陛下はユキ様のことをよくご存じないのね。でも、それは仕方のないことかもしれませんわ。だって陛下はとってもお忙しい方ですもの。いくらユキ様が聖女様とはいえ、お会いする機会は少なかったでしょう?」

 メリッサはユキに口を挟ませずにつらつらと話を続ける。
 ユキはぽかんとした顔をしてメリッサを見つめている。

「ユキ様はとてもお可愛らしい方ですもの。ユキ様の魅力を、陛下にも伝わるようになさればよろしいのではないでしょうか?」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ただ、あなただけを愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:259

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:101

とある婚約破棄の顛末

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:7,612

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,774pt お気に入り:4,928

厄災の王女の結婚~今さら戻って来いと言われましても~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:312pt お気に入り:3,415

『そうぞうしてごらん』っていうけどさ。どうしろっていうのさ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:624pt お気に入り:94

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:32,973pt お気に入り:2,802

転生公爵令嬢の婚約者は転生皇子様

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:966

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,705pt お気に入り:466

処理中です...