ありのままでいたいだけ

黒蜜きな粉

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 真奈美が実家のある地域に足を踏み入れたのは、数年ぶりだった。

「おっかえりー。久しぶりだね」

 実家の最寄り駅で真奈美を出迎えてくれたのは、いとこの徳之のりゆきだった。

「わざわざお迎えなんていらなかったのに。徳之は忙しいでしょう?」

「いやいや、問題ないさ。それにさ、僕なりに気をつかったんだよ? 僕と一緒なら長老たちのありがたいご意見を拝聴せずに済むと思ってさ」

「……ああ、そういうことか。そりゃ長老と言えども、本家のお坊ちゃまにはおいそれとお声がけなんてできませんものね」

「そういうこと! ほらほら、早くスーツケースを乗せちゃってよ。伯母さん達が待ってるよ」

 最寄り駅から真奈美の実家までは、スーツケースを転がしていける距離ではない。最寄り駅と言っていいものかと悩んでしまうほど、遠く離れている。
 車がなければ実家へ辿り着くのは非常に難しいのだが、駅にタクシーなんて便利な乗り物は常駐していない。さすがに配車を頼めばやってくるが、数分待てば乗れるような場所ではないから困りものだ。
 ちなみに、実家方面に向かうバスが出ているが、二時間に一本しかない。自家用車がなければ、生活をすることが困難な地域なのである。

「お迎えに来てくれてありがとう。すごく助かるわ」

 真奈美は徳之に礼を言いながら、彼の車を傷つけないようにそっとスーツケースをトランクに入れさせてもらった。
 ひと目見ただけでわかった。徳之の車は昨年発売されたばかりの国産メーカーのスポーツカーだ。
 真奈美の稼ぎでは絶対に買えない高級車だ。ほんの少し傷をつけただけでも何十万と請求される。
 真奈美はひやひやしながらスーツケースから手を離す。

「どういたしまして。つってもさ、こっちにいる間ずっと一緒にいてあげられるわけじゃないから、多少の嫌味は覚悟しておきなよ?」

「もちろん。そんなことは覚悟しておりますわよ」

 徳之は本家の跡取り息子だ。
 この車は本家を取り仕切っている叔父が徳之に買い与えたものだろう。
 徳之のことは嫌いではないが、金持ちのお坊ちゃまといった立場に甘んじているところが苦手だったりする。
 とはいえ、徳之と肩を並べていれば、本家の息子に嫌われたくない者は真奈美に面と向かって嫌味を言ってはこない。本家の人間の機嫌を損ねれば、この土地では生活をしていけないのだ。


 真奈美が助手席に乗りこむと、徳之はどこか得意げな顔をしてドアを閉めてくれた。彼は機嫌良さそうにニコニコと微笑みながら運転席側にまわりエンジンをかける。

「もう真奈美のとこの婆さまの三回忌かあ。あっという間だね」

 運転席に乗り込み車を発進させた徳之が、感慨深そうに話し出した。

「……あのババアってば、本当に死んだのかしら。今でも信じられないのよね」

「真奈美は葬式に顔を出さなかったもんな。嫌でも骨くらい拾っておけばよかったのに。そうしたらさ、もうこの世にいないんだって自覚できたのにさ」

「さすがに骨だけじゃ誰かはわからないでしょ。そんなの拾ったって意味ないわよ」

「だけどさ、真奈美のことだから死に顔を見たって寝てるだけじゃないのかって疑うだろ? 骨ならバラバラだし、もう動くことはないって思えるかなって思ってさ」

 けらけら笑いながら話す徳之を眺めながら、自分の死後にこんな話を身内にされるような生き方はしたくないなと、真奈美は心底いやな気持ちになった。
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