ありのままでいたいだけ

黒蜜きな粉

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「──ガキの癖に色気付いてんじゃないよ!」

 祖母はそう叫んで、はしゃいでいた真奈美の頬を平手打ちした。
 
「だいたい私は着物を仕立ててやるのだって嫌だったんだ。それを我慢して許してやったってのに、感謝もせずに貸衣装の方がいいだなんて!」

 祖母は鬼の形相でそう叫ぶと、真奈美の髪を掴んだ。せっかく美容室で綺麗にセットしてもらった髪型が台無しになった。
 祖母は止める周囲の言葉なんて聞かずに、そのまま乱暴に真奈美の頭を振り回しはじめた。

「今日のアンタの格好にいくらかかったと思っているんだい⁉ 本当に生意気なガキだよ!」

「ごめんなさい! もう我儘を言わないから離して!」

 真奈美は何度もごめんなさいと謝罪の言葉を口にしたが、祖母の激高はおさまらなかった。
 祖母がそんな騒動を起こして、そのまま家族で記念写真なんて撮れるわけがない。
 真奈美の七五三の写真撮影は中止になり、騒ぐ祖母を祖父と父が宥めながら自宅に帰ることになった。

「……せっかくおばあちゃんが七五三のお祝いをすることを許してくれたのに。どうしてアンタが台無しにするのよ」

 自宅に帰り着くと、母が真奈美に向かってそうぼやいた。それから母は、めんどくさそうな顔をして真奈美に背を向けるとどこかへ行ってしまった。
 あとから知ったのだが、母は挨拶回りをするはずだった親戚たちの元へ詫びに出かけたそうだ。祖父と父も、祖母を自室まで連れて行ったあとに、迷惑をかけた写真館に謝りに出かけていた。

 どうしてあんなに暴れた祖母と真奈美を自宅に残して行ってしまったのか。何度思い返しても理解できない。

「どうして女孫なんて生まれてきたんだろうねえ?」

 真奈美が乱れた髪のまま自分の部屋の隅でうずくまっていると、祖母がやってきた。
 
「……ご、ごめんなさい」

 祖母の手には大きなハサミが握られていた。
 そのハサミが窓から差し込んでいた日の光に当たってきらりと輝いて、真奈美は背筋が凍りついた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 祖母が何をするつもりなのか察した真奈美は、震える声で謝罪の言葉を繰り返す。
 祖母はそんな真奈美に構わずに、七五三のために長く伸ばしていた髪を、ハサミでバッサリと切った。
 適当にザクザクと切ってしまったものだから、美容室に行って整えてもらうと坊主頭のようにされてしまった。
 そんな真奈美の姿を見た祖母が、猿のようだと笑っていたことをはっきりと覚えている。

 その時のことがトラウマで、真奈美は今でも髪を長く伸ばすことができない。
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