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三回忌の法要が終わるや否や、真奈美は強引に腕を引かれて母に自宅の応接室まで連れて行かれた。徳之が僧侶と話を始めた一瞬の隙をつかれてしまった。
喪服姿のままの真奈美が応接室の中に入ると、そこにはひと組の見知らぬ男女がいた。
母と同年代の女性と、真奈美より一回りほど年上に見える男性の二人だ。
もしやと嫌な予感がして、真奈美は母を睨む。母は真奈美の視線を無視して、室内にいた女性と和気あいあいと話をはじめてしまった。
「お写真は拝見させていただいておりましたけれど、本当に素敵な女性ですわね」
「まあまあそんな。だらしない娘でお恥ずかしいですが、こんなに素晴しい男性と出会う機会がいただけるなんて光栄ですわ」
真奈美の知らないところで、勝手に見合い話が進んでいたらしい。
相手の男性と真奈美が結婚することが当たり前のように、互いの母親が話をしている。
結婚をする当事者である真奈美の意思を確認しようとする素振りなんてない。
最初こそ呆れかえって口を挟めなかったが、茶番に付き合っていることが嫌になってきた真奈美は声を上げた。
「──ねえ、私は結婚なんてする気なんてないから」
真奈美がぶっきらぼうに言うと、母がこちらを横目でギロリと睨みつけてきた。だが、母はすぐに愛想よく笑顔を浮かべて話し出す。
「まったくこの子ったら何を言っているのかしら。お相手の融さんは県庁の職員さんで、ご立派なお仕事をなさっているのよ。お家だって隣の市に広いお土地があってね」
「そういうのどうでもいいから! 私は好きだと思う人ができたら、その人と結婚して幸せになるから心配しないで」
真奈美がそう言って立ち上がると、母は馬鹿にしたように笑った。
「子供みたいなこと言わないでちょうだい。ここに帰ってきて融さんと結婚をするのが一番の幸せにきまっているじゃないの。融さんの伯父様はね、県会議員の方で……」
母が融という男と結婚するメリットについてつらつらと語る。すると、それに便乗して融の母が話し出した。
「そうですよ真奈美さん。私が言うのも憚られることですが、女は立派な婚家に嫁いでその家に尽くすことで幸せを得られるのですから」
融の母が熱く語る話に、真奈美の母は大きく頷きながら同意を示している。
どうやら母親同士は気が合うらしい。真奈美は頭を抱えて大きくため息をついた。そこで、ふと融という男がまだ一言も言葉を発していないことに気がついてしまった。
お前はなにか言いたいことはないのか、真奈美はそう意味をこめた力強い目で融を見つめる。
融は真奈美の視線にすぐさま気がついて、うっすらと笑みを浮かべた。それは真奈美を見下すような、嫌な笑顔だった。
「……私は母さんが選んだ女性であれば問題ないと思っています」
融がようやく口を開いた。そして、彼はそのまま自身の結婚観について淡々と語りだす。
「結婚とは家と家の結びつきです。そこに個人の感情は必要ありません。家のためになるのであれば、私はどんな女性でも受け入れる覚悟があります」
真奈美はおもいきり顔をしかめた。
融の言い分は、母親世代ならまだぎりぎり納得しようと思えばできる。しかし、自分と一回りほどしか年齢の変わらないであろう男性が、令和という時代になって語っているとは思えない内容だ。
「まあ、正直に言ってしまいますと、ぶさいくな年増との結婚は勘弁してほしいと思っていました。ですが、真奈美さんであれば家柄、容姿、年齢、何一つ問題ありませんね」
立ち上がっている真奈美の上から下までじっくりと眺めながら融が言った。
その視線に気味の悪さを覚えた真奈美は吐き気がこみ上げてくる。
「──ッ、私は誰とも結婚をするつもりなんてありません。失礼します!」
あまりに気分が悪くなってしまい、真奈美は口元を両手で押さえながら応接室を出た。そのままの勢いで実家から飛び出して、ひたすら走り続けた。
喪服姿のままの真奈美が応接室の中に入ると、そこにはひと組の見知らぬ男女がいた。
母と同年代の女性と、真奈美より一回りほど年上に見える男性の二人だ。
もしやと嫌な予感がして、真奈美は母を睨む。母は真奈美の視線を無視して、室内にいた女性と和気あいあいと話をはじめてしまった。
「お写真は拝見させていただいておりましたけれど、本当に素敵な女性ですわね」
「まあまあそんな。だらしない娘でお恥ずかしいですが、こんなに素晴しい男性と出会う機会がいただけるなんて光栄ですわ」
真奈美の知らないところで、勝手に見合い話が進んでいたらしい。
相手の男性と真奈美が結婚することが当たり前のように、互いの母親が話をしている。
結婚をする当事者である真奈美の意思を確認しようとする素振りなんてない。
最初こそ呆れかえって口を挟めなかったが、茶番に付き合っていることが嫌になってきた真奈美は声を上げた。
「──ねえ、私は結婚なんてする気なんてないから」
真奈美がぶっきらぼうに言うと、母がこちらを横目でギロリと睨みつけてきた。だが、母はすぐに愛想よく笑顔を浮かべて話し出す。
「まったくこの子ったら何を言っているのかしら。お相手の融さんは県庁の職員さんで、ご立派なお仕事をなさっているのよ。お家だって隣の市に広いお土地があってね」
「そういうのどうでもいいから! 私は好きだと思う人ができたら、その人と結婚して幸せになるから心配しないで」
真奈美がそう言って立ち上がると、母は馬鹿にしたように笑った。
「子供みたいなこと言わないでちょうだい。ここに帰ってきて融さんと結婚をするのが一番の幸せにきまっているじゃないの。融さんの伯父様はね、県会議員の方で……」
母が融という男と結婚するメリットについてつらつらと語る。すると、それに便乗して融の母が話し出した。
「そうですよ真奈美さん。私が言うのも憚られることですが、女は立派な婚家に嫁いでその家に尽くすことで幸せを得られるのですから」
融の母が熱く語る話に、真奈美の母は大きく頷きながら同意を示している。
どうやら母親同士は気が合うらしい。真奈美は頭を抱えて大きくため息をついた。そこで、ふと融という男がまだ一言も言葉を発していないことに気がついてしまった。
お前はなにか言いたいことはないのか、真奈美はそう意味をこめた力強い目で融を見つめる。
融は真奈美の視線にすぐさま気がついて、うっすらと笑みを浮かべた。それは真奈美を見下すような、嫌な笑顔だった。
「……私は母さんが選んだ女性であれば問題ないと思っています」
融がようやく口を開いた。そして、彼はそのまま自身の結婚観について淡々と語りだす。
「結婚とは家と家の結びつきです。そこに個人の感情は必要ありません。家のためになるのであれば、私はどんな女性でも受け入れる覚悟があります」
真奈美はおもいきり顔をしかめた。
融の言い分は、母親世代ならまだぎりぎり納得しようと思えばできる。しかし、自分と一回りほどしか年齢の変わらないであろう男性が、令和という時代になって語っているとは思えない内容だ。
「まあ、正直に言ってしまいますと、ぶさいくな年増との結婚は勘弁してほしいと思っていました。ですが、真奈美さんであれば家柄、容姿、年齢、何一つ問題ありませんね」
立ち上がっている真奈美の上から下までじっくりと眺めながら融が言った。
その視線に気味の悪さを覚えた真奈美は吐き気がこみ上げてくる。
「──ッ、私は誰とも結婚をするつもりなんてありません。失礼します!」
あまりに気分が悪くなってしまい、真奈美は口元を両手で押さえながら応接室を出た。そのままの勢いで実家から飛び出して、ひたすら走り続けた。
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