ありのままでいたいだけ

黒蜜きな粉

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「大学に行きたかったんだって。だけど、女が賢くなっても可愛げがなくなるから駄目だって言われて、受験をさせてもらえなかったって……」

 希星がぺらぺらと祖母について語っている。

「勝手にお見合いをさせられて、結婚したんだって。それがずっと悔しくって……」

 祖母は生まれて死ぬまでこの土地で暮らしていた。希星の話す祖母の生い立ちは、真奈美には容易に想像ができることばかりだった。

「孫にはそんな悔しい思いをさせたくないって。ここで生まれた女は、みんなそういう風に生きていかなきゃならないから……」

 正直、祖母の境遇なんてどうでもよかった。
 いくらそんなことを聞かされたところで、祖母が真奈美にした仕打ちについて許すつもりはない。許せるものではない。理解をする必要なんてないと思っている。

「初枝はアンタにわざと嫌われるようなことをして、アンタが自分でここから出て行きたいと思うように仕向けたんだってさ」

 祖母のことは心底どうでもいいと思っていたが、希星のこの言葉には衝撃を受けた。
 真奈美は目の前が真っ暗になった。あまりにも自分勝手で理不尽な言い分に、眩暈がして倒れそうになった。
 頭の中に、幼い頃の記憶が次々に蘇ってくる。


「……泣くとね、うるさいって叩かれたの。それってどうなの?」

 希星に何を言われても、言葉を返すつもりはなかった。だが、うっかり心の奥底にしまい込んでいた気持ちが口をついて出てしまった。

「ど、どうなのって言われても。だからさ、初枝は真奈美のためを思って……」

「私はね、静かな子供だったの。聞き分けの良い子ねって言われていたけれど、そうじゃないの」

 希星の言葉を遮って真奈美が話し出すと、彼女はお喋りをやめて首を傾げた。真奈美が何を言い出したのかと、不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる。

「静かにしていないと叩かれるから、黙っていただけなの」

 どんなに辛くても、どれだけ嫌なことがあっても、我慢して口を噤んだ。
 そうして我慢をし続けるうちに、誰とも話ができなくなったのだ。
 誰にも相談できない。一人きりが辛くて、消えてなくなってしまいたいと思うこともあった。
 真奈美にそうさせた祖母の所業の数々を、あなたのことを思ってしていたことだったと言われても、受け入れられるわけがない。 

「あなたの言う通り。きっと私はわがままで生意気なのだと思う」

 一度だけ、あまりに祖母の仕打ちが辛くて母に気持ちを打ち明けたことがある。
 
 ──あれがおばあちゃんなりの愛情なのよ。

 わずかな希望を抱いて打ち明けた真奈美の訴えに、母が返してきた言葉に絶望した。

「叩くことは愛なのよね。虐げることだって、きっと愛情なの。だから、私は幸せな子供だったはずよね?」

 ちっとも幸せなんかじゃなかった。
 辛くてたまらなかったけれど、それを誰にも相談できない。
 このままこの土地で生活して、そのまま死んでいくのだと思った。

「ここで家族に愛される幸せな生活を捨てた私は、きっと親不孝者ね」

 具体的な目標があったわけじゃない。
 ただただ、このままじゃ嫌だと漠然と思った。
 だから、大学進学を理由にして家を出た。誰も自分のことを知らない土地に行きたかった。
 
「私はここから逃げたかっただけだもの。すっごく自分勝手な奴よね」

 真奈美の大学進学は、祖母や両親だけでなく、親族中から反対された。
 進学費用なんて出してもらえなかった。奨学金を借りて大学に通って、生活費はバイトで賄った。
 
 ──それでも、私はわがままなのかな?
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