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お題:世界新記録
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『昨日の自分より』
ある日、からだに激痛が走って目覚めた。
びっくりしてからだを起こそうとしたが、痛みでそれどころではなかった。
普通に考えればこのときに救急車を呼べばよかったのだが、混乱していた私にはそんなことすら思い浮かばなかった。
とりあえず病院に行くので遅れると会社に電話。
だけど、病院に行くにしたって足が痺れていて動けない。
しかたなくタクシーを呼んでから、這うようにして玄関に向かった。
もちろん、パジャマのまま。着替えなきゃいけないなんて考えられなかった。
やってきたタクシーの運転手さんが驚いていたのを覚えている。
謝れるなら謝りたいし、心からの感謝を伝えたい。
本当にごめんなさい、そしてありがとうございます。
病院に到着した私、即入院。
飲み薬、注射、点滴の生活がしばらく続いた。
ベッドで寝ているだけの毎日だったが、痛みがなくなるとリハビリがはじまった。
2週間ほど寝ていただけで、びっくりするほど足の筋肉がなくなっていた。
足が細くなりたいとは常日頃思っていたが、こんな痩せ方は嫌だ。
さっさと退院したかった。元気に動き回りたかった。
リハビリの時間外、本当は車いすで移動しなきゃいけないのに、病院の廊下の手すりに捕まりながら歩いていたら転んでしまった。
看護師さんにとんでもなく怒られた。情けなくて涙が出てきた。
翌日のリハビリ時間直前。
有給休暇をとった恋人がお見舞いにきた。
「いまからリハビリだから、しばらく病室には帰ってこないよ」
「マジか。せっかく来たのに待ちぼうけは嫌だな」
彼はちょうど私を迎えにやってきた療法士さんに、リハビリの立ち会いをお願いしだした。
びっくりしたが、療法士さんは笑顔で承諾。
私は恋人に車いすを押されてリハビリ部屋まで連れていかれることになった。
「はい、よくできました」
入念なストレッチから、歩行練習。
昨日よりは確実に歩けるようになっている。
でも、気持ちはもっともっと長距離を歩きたいと思っていた。
自由に動けないことがこんなに辛いだなんて初めて知った。
あまりに情けない自分に、暗い気持ちになる。
「これでよくできたんですか?」
「はい。昨日はここまででしたから、今日はすごいですよ」
恋人が療法士さんと話している。
どうやら彼は退院したあとのことを気にして、いろいろとアドバイスをしてもらっているようだ。
ときおりメモを取りながら、彼は真剣な顔で療法士さんと話している。
そんな彼が、いきなり私を振り返った。
それも、満面の笑みで。
「昨日はここまでってことは、今日は世界新記録だな!」
「「世界新記録?」」
私と療法士さんの声がはもった。
きれいに声が被ったので、おもわず顔を見合わせてしまった。
「リハビリ世界新記録だよ。だって、昨日はここまでだったってことは、昨日の自分に勝ったってことじゃん」
私と療法士さんのとまどいを気にすることなく、彼は笑顔のまま話し続ける。
「昨日の自分より今日の自分のほうが勝っているって、実感できるのすごくない? 頑張っている証拠だね」
ニコニコと朗らかに、彼はずっと笑っている。
つられて療法士さんが笑いだす。
「その通りです! 昨日より今日。今日より明日の自分です。さあ、もういちど歩いてみましょうか」
「ですね! さあ、もうちょっと歩いてみよっか」
二人の笑顔の圧がすごい。
それを見ていたら、ふさぎ込んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
「……だね。もうちょっと頑張ろうかな」
二人に向かって、私はガッツポーズをしてから立ち上がる。
「私はいま、明日の自分を作っているんだ。今日の自分に勝つために!」
ある日、からだに激痛が走って目覚めた。
びっくりしてからだを起こそうとしたが、痛みでそれどころではなかった。
普通に考えればこのときに救急車を呼べばよかったのだが、混乱していた私にはそんなことすら思い浮かばなかった。
とりあえず病院に行くので遅れると会社に電話。
だけど、病院に行くにしたって足が痺れていて動けない。
しかたなくタクシーを呼んでから、這うようにして玄関に向かった。
もちろん、パジャマのまま。着替えなきゃいけないなんて考えられなかった。
やってきたタクシーの運転手さんが驚いていたのを覚えている。
謝れるなら謝りたいし、心からの感謝を伝えたい。
本当にごめんなさい、そしてありがとうございます。
病院に到着した私、即入院。
飲み薬、注射、点滴の生活がしばらく続いた。
ベッドで寝ているだけの毎日だったが、痛みがなくなるとリハビリがはじまった。
2週間ほど寝ていただけで、びっくりするほど足の筋肉がなくなっていた。
足が細くなりたいとは常日頃思っていたが、こんな痩せ方は嫌だ。
さっさと退院したかった。元気に動き回りたかった。
リハビリの時間外、本当は車いすで移動しなきゃいけないのに、病院の廊下の手すりに捕まりながら歩いていたら転んでしまった。
看護師さんにとんでもなく怒られた。情けなくて涙が出てきた。
翌日のリハビリ時間直前。
有給休暇をとった恋人がお見舞いにきた。
「いまからリハビリだから、しばらく病室には帰ってこないよ」
「マジか。せっかく来たのに待ちぼうけは嫌だな」
彼はちょうど私を迎えにやってきた療法士さんに、リハビリの立ち会いをお願いしだした。
びっくりしたが、療法士さんは笑顔で承諾。
私は恋人に車いすを押されてリハビリ部屋まで連れていかれることになった。
「はい、よくできました」
入念なストレッチから、歩行練習。
昨日よりは確実に歩けるようになっている。
でも、気持ちはもっともっと長距離を歩きたいと思っていた。
自由に動けないことがこんなに辛いだなんて初めて知った。
あまりに情けない自分に、暗い気持ちになる。
「これでよくできたんですか?」
「はい。昨日はここまででしたから、今日はすごいですよ」
恋人が療法士さんと話している。
どうやら彼は退院したあとのことを気にして、いろいろとアドバイスをしてもらっているようだ。
ときおりメモを取りながら、彼は真剣な顔で療法士さんと話している。
そんな彼が、いきなり私を振り返った。
それも、満面の笑みで。
「昨日はここまでってことは、今日は世界新記録だな!」
「「世界新記録?」」
私と療法士さんの声がはもった。
きれいに声が被ったので、おもわず顔を見合わせてしまった。
「リハビリ世界新記録だよ。だって、昨日はここまでだったってことは、昨日の自分に勝ったってことじゃん」
私と療法士さんのとまどいを気にすることなく、彼は笑顔のまま話し続ける。
「昨日の自分より今日の自分のほうが勝っているって、実感できるのすごくない? 頑張っている証拠だね」
ニコニコと朗らかに、彼はずっと笑っている。
つられて療法士さんが笑いだす。
「その通りです! 昨日より今日。今日より明日の自分です。さあ、もういちど歩いてみましょうか」
「ですね! さあ、もうちょっと歩いてみよっか」
二人の笑顔の圧がすごい。
それを見ていたら、ふさぎ込んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
「……だね。もうちょっと頑張ろうかな」
二人に向かって、私はガッツポーズをしてから立ち上がる。
「私はいま、明日の自分を作っているんだ。今日の自分に勝つために!」
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