お題に挑戦した短編・掌編集

黒蜜きな粉

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お題:オムライスから見たあの子

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『ふしあわせ』



 ぼくの存在は、あなたを不幸にしてしまったのだろうか。
 
 キッチンの三角コーナーに、ぼくはいる。
 ぼくを作ってくれた人が、無造作にそこへ投げ捨てたからだ。
 だからいま、ぼくの体はばらばらに飛び散っている。

 それを見てしまったあなた。
 ケチャップが血のようだと、そう思ったんだね。
 そうなるべきは自分だったと感じたんだ。
 ゴミになりたかったなんて、そうじゃなきゃ出てこない言葉だよね。
 
 でもさ、それはぼくに対して、ものすごく失礼なんじゃないかな。
 他者を見てゴミになりたいなんて、そんな言葉よく言えたね。
 自分が傷ついた顔をしながら、他者を傷つけるなんて、最低だ。
 それはとても卑劣な行為だとは思わなかったのかな。

 そんな顔をされたら、ぼくはなにも言い返せない。
 傷つけられたのはぼくのはずなのに、あなたを慰める言葉が頭の中に浮かんでしまうんだよ。

 今朝、ぼくは生まれた。
 お母さんが、笑いながらぼくを作ってくれた。
 すごく嬉しかった。とても幸せだった。
 きっとこれから素敵なことが起こるのだと、わくわくしていた。

 だけど、ぼくはひとりリビングのテーブルの上に置かれていた。
 家の中が、しんと静まり返っていた。
 静けさがぼくの心の中に、不安の感情を生み出した。

 そこへ、あなたはやってきた。
 心細くて泣きそうなぼくを見て、あなたは穏やかな顔をしたよね。
 ぼくはあなたのそんな姿を見て、また嬉しくなった。
 きっとあなたに食べてもらえるのだと、そう思ったんだ。

 だけど、あなたはぼくを食べてくれなかった。
 せっかくお母さんがとても綺麗に盛りつけてくれたのに。
 あなたはぼくをリビングに置き去りにした。

 いまこの場で、誰よりも傷ついて、誰よりもみっともない姿を晒しているのは、ぼくだ。
 不幸くらべなんて、そんなことはしたくはない。
 けれど、ぼくは自分の不幸せを心の底から訴えたい気持ちになってしまったんだ。

 だけど今日は、今日だけは──。
 ぼくがみっともなくこの世を去るよ。
 こんな姿になるのは、ぼくだけで十分だ。
 ゴミになってしまった不幸なぼくだからわかる。
 こんな辛い気持ちになんて、誰にもなってほしくはない。

 たった一度、一度だけの穏やかな──。
 ぼくに見せてくれたあなたの笑顔が宝物。
 それだけを思い出に、ぼくは旅立つ。
 あの笑顔だけで、ぼくはとても幸せな気持ちになれたんだ。

 だけど、明日は我が身という言葉を忘れないで。
 傷つけて、傷ついて、あなたは生きて。
 一生をかけてぼくに償ってほしい。
 あなたの余生はぼくへの、ぼくの知らない他者への、反省だと思って生きるんだ。

 あなたはこれからもきっと誰かを傷つけて、傷ついていくはずだ。
 そのたびに、これからの人生は反省の日々なのだということを思い出してほしい。
 そうすれば、どんなに辛くとも自分を見失うことはないはずだ。
 
 ぼくも残りわずかな命を、あなたを傷つけてしまったことへの反省の時間にあてることにするよ。
 だからどうか、また会うときは挽回させてほしい。
 次に会う日を心待ちにしている。
 今度は傷つけたりしないから。

 おいしいオムライスを、どうぞ召しあがってくださいませ。
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