おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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28.辺境伯

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「すみません、釣りのお邪魔をしてしまったようで……」

「いや、別に釣果を期待して釣り糸を垂らしていたわけではないので別に構わないさ」

 男は男爵と同じくらいの歳だろうか、40代から50代くらいに見える。
 身なりはそれなりに良く、肩に勲章のたくさん付いた騎士服を着ている。
 この砦付近でこんな身なりの人物に心当たりがあるとすれば一人だけだ。
 なぜ鎧も着けずにこんなところで釣りなんかしているのかは分からないが、この人物こそがスクアード辺境伯領主ケリー・スクアードその人ではなかろうか。
 
「失礼ですが、あなたが辺境伯でいらっしゃいますか?」

「そうだ。君は誰だ?」

 やはりこの人が辺境伯か。
 まっすぐと俺を見るその瞳は一片の曇りもない。
 まるで神職や僧侶のような雰囲気の人だな。

「すみません。申し遅れました、私はリザウェル男爵のところでお世話になっております、異世界人のシゲノブ・キザキと申します」

「最近陛下の周りの連中が騒いでいる、召喚勇者というやつか。勝手な連中のせいですまんな。向こうに家族もいただろうに……」

「いえ、私などは向こうでも身寄りのない身ですので」

「そうか。して、何用で私に会いにきたのかな」

「はい。実は、誠に図々しいながらもお願いしたいことがありまして……」

「待て、ここはちと冷えるな。続きは砦で伺おう」

 それだけ言うと辺境伯は立ち上がり騎士服を翻して砦の方へ歩いて行ってしまった。
 俺は慌てて辺境伯の後を追った。




 辺境伯の後ろについて砦に入る。
 みんな俺のことジロジロ見ているな。
 いきなり辺境伯が連れてきた客だ、戸惑っているのだろう。
 辺境伯は速足で歩き、やがて砦の最奥部の応接室のような部屋に通される。
 お茶が出てきて、辺境伯が向かいにドスンと腰かけた。
 俺は男爵からの書状を取り出し、ここに来た理由を丁寧に話していった。

「ふむ、あのゴミ溜めのような街の治安維持にな。陰険な中央貴族らしい嫌がらせだ」

「はい。町の顔役の後ろにはウィンコット伯が付いているみたいで、迂闊には手を出せないのです」

「兵を貸してほしいというのであれば今の状況では難しいが……」

「いえ、町の掃除は私たちの力だけで行います。辺境伯には、お名前だけ貸していただければと」

「しかしリザウェル男爵のところの兵は200程度しかいなかったと記憶しているが」

 実際にウィンコット伯と戦う必要はない。
 ウィンコット伯に対抗できる後ろ盾さえ得られれば、あとは中央からの命令通りあの町の治安維持任務を全うしてやればいい。
 辺境伯が心配しているのは、たった200の兵で町ひとつを大掃除できるのかということだろう。
 しかしそれも問題ないだろう。
 砦に立てこもっての籠城戦の訓練ばかりしてきた男爵領警備隊だが、籠城戦の戦法は市街戦にも応用可能なものが多い。
 多少の訓練で市街戦でもその実力を発揮してくれるだろう。

「そうか。いいぞ。私も醜悪なあの町は以前から嫌いでな、綺麗さっぱり掃除してくれたまえ。ウィンコット伯には私から圧力をかけておく」

「ありがとうございます」

「しかし、私も貴族だ。タダでというわけにもいかんぞ?」

 やはりあの町は悪い町だから正義のために潰しましょうというわけにはいかないよな。
 辺境伯もあの町にはいい気持ちは抱いていなかったようだが、それでも今まで自分で潰そうとはしていない。
 貴族というものは自分に利がなければ動かないものだ。
 
「辺境伯は我々異世界人が女神様から頂いている神器のことをご存知ですか?」

「ああ、特に王国騎士団の女傑や君の神器は有名だからな」

 王国騎士団の女傑というのは篠原さんのことだろう。
 俺は早い段階で神器の能力を明かしているし、篠原さんは一足早く前線に出ているから他の勇者よりも少しだけ知られている。
 当然辺境伯の耳にも入っているということだ。

「私の神器、神酒はここ最前線では非常に有用だと思います」

「どれだけ出せる?」

「1万人分でどうです?」

「2万だ」

「わ、わかりました」

 2万人分か。
 1人分を100ミリリットルくらいだとして、2000リットルくらいかな。
 大樽だなぁ。
 注ぐだけだから別にいいんだけど。





「戻りました」

「おお、シゲノブ殿。どうでしたかな」

「ええ、辺境伯の後ろ盾は得ることができました」

「そうですか。辺境伯は、なんと?」

「綺麗に掃除せよとのことです。対価には神酒を想定の倍量支払ってきました。まずかったですかね?」

 一応男爵に雇われている以上は俺の神器をどのように使うのか、男爵の意見を聞いたほうがいいだろう。
 事前に対価に神酒を贈ろうとは相談していたのだが、量が想定の倍だ。
 俺の神器は篠原さんの冷蔵庫のように対価を払う必要がないので、問題は少ないのかもしれないが、貴族同士のパワーバランスとか色々あるからね。

「いえ、辺境伯ならば神酒を下手なことには使わないでしょう。前線の兵の死傷率が下がるのは悪いことではありませんよ」

「そうですね。確かに辺境伯は中央の貴族とは少し違う考えの人だという印象を受けました」

 陰険な中央貴族とか言っていたし、腐敗した中央の貴族連中とは少し距離を置いているのかもしれない。
 単純に嫌いなだけかもしれないが。

「これで、この町での治安維持任務における障害はありませんね」

「ええ、思い切りやってやりましょう。手始めにあの顔役をなんとかする必要があります」

「そうですね。では作戦を立てましょう」

「ははは、楽しくなってきましたね」

 俺と男爵の作戦会議は、夜が更けるまで続いた。
 小難しい作戦を考える必要はない。
 この町のチンピラ共はこちらの兵が200人しかいないことで舐めているのかもしれないが、こちらの兵が全員魔法兵なのだということを奴らは知らない。
 蹂躙を開始しようか。


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