おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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30.vs勇者

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 剣豪の指輪、英雄の指輪、そして剣。
 この3つがあの男の持つ神器だ。
 そのうち一つ、英雄の指輪は篠原さんが同じものを持っていたのでその能力は知っている。
 身体能力と魔力を最大で10倍程度まで強化するという能力だったはずだ。
 剣はあの男が言っていたとおりならば、なんでも切れる剣なのだろう。
 そして剣豪の指輪。
 名前からして、剣を使うときになんらかのサポートを受けることのできる神器かもしれない。
 現に男の剣技は、男爵領警備隊隊長のブルーノさんと比べても洗練されているように思える。
 日本の剣道の動きとはちょっと違うようだから、その可能性は高い。
 
「うまく避けたな。だが偶然はそうそう続かないぞ」

 男は素早い動きで俺の側面に回り込み、鋭い突きを放つ。
 また避けるしかないな。
 男爵にもらった剣で受けるわけにはいかない。
 俺は身体を横にさせ、紙一重で突きを避けた。

「避けるのがうまいな。だが、これはどうかな」

 男の持っている剣が光を帯びる。
 なんでも切れる以外にも能力があるのか。
 
「しゃいにんぐ、ぶれぇぇぇぇぇど!!」

 技名を口で叫びながら光の刃を放つ姿は、なぜだかひどく滑稽に見える。
 しかしその技は本物。
 光の刃は幾重にも分裂し、俺に殺到する。
 しょうがない、魔法を使うか。
 俺は転移魔法で男の背後に移動すると、そのがら空きの背中に蹴りを叩き込んだ。

「がぁぁぁぁ!!な、なぜ、後ろに……」

 なんだかあほらしくなってきてしまった。
 この阿呆は自分以外神器を持っていないとでも思っているのだろうか。
 
「わ、わかったぞ。それがおっさんの神器の力だな。瞬間移動の神器か。くそっ、もう油断しねぇぜ」

 神器は一人につき3つ持っているという事実が頭から飛んでしまっている。
 たとえ俺の神器の一つが瞬間移動の能力を持ったものだったとしても、あと2つ持っているんだぞ。
 
「はぁぁぁぁっ」

 なんのひねりもない大振り。
 避けるのは造作もない。
 振り下ろし、払い、突き。
 どれも剣速は速いし、体さばきもうまい。
 だが、この身体はチートなのだ。
 一度見た攻撃は簡単に見切れるし、たぶん再現もできる。
 もはやこの男の底は見えた。

「くそぅ、くそっ、なんで当たらないんだよ!!」

「愚かな男だ。この町を見てなんとも思わないのか?」

「うるせぇ!!俺は強いんだ!元の世界だって、強いやつが好き勝手やってたじゃねえか!強いやつはなにやったっていいんだよ!!」

「だけどお前は、俺より弱いじゃないか。お前が自分より弱いものになにをしてもいいのなら、俺もお前になにをしてもいいじゃないか」

「うるせぇうるせぇ!!俺は弱くねぇぇぇぇ!!」

 男はまたあの技を使うつもりなのか、剣に光を纏わせる。
 2度目は撃たせない。
 俺は男爵にもらった剣を抜き、男の懐に向かって踏み込んだ。
 剣を一閃。
 男爵家の家宝だという剣は切れ味が素晴らしく、なんの抵抗もなく男の腕を切り落とした。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ、う、腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」

 カランと軽い音をさせて転がる神器の剣。
 そして1拍遅れてぼとりと男の腕が地に落ちる。
 切断面からは夥しい量の血が噴き出た。
 俺は剣を鞘に納め、その神器の剣を拾ってみる。
 
『ぴろりろりん♪竜殺しの剣はシゲノブのものになった』

 やはりか。
 神器は、勇者同士ならば奪える。
 あのサイコ女神の考えたシステムらしいな。
 
「お、俺の、俺の、俺の剣だぞぉぉぉ!!」

「そうだな。返してやろうか?」

「返してくれ。返してくれ!!」

「俺は雇い主である男爵との取り決めによって、もし他陣営の勇者が男爵領に対して敵対した場合に一度だけ降伏勧告をすることを許されている。俺たちに対して今後絶対に敵対することが無いと誓うなら、剣を返してもいい」

「しない!敵対しないから!!」

「わかった」

 俺は竜殺しの剣を男の元へ投げる。
 カランと地面に転がった剣を男は縋るように拾い上げ、そして当然のように俺に向かって突っ込んできた。

「馬鹿が!貴様だけは殺してやる!!」

「そうなると思ったよ……」

 俺は剣を抜き、一閃する。
 男が剣を握る残り1本の腕も静かに落ちた。

「ぐ、ぎゃぁぁぁぁっ、また、腕がぁぁぁっ」

「さっきが最後のチャンスだった。男爵からは2度目の勧告は必要ないと言われている」

「た、たすけて、たすけてくれっ、なあ、同じ日本人じゃないか……」

「お前なんかと同じ国で生まれ育ったことが恥ずかしいよ」

 せめてもの情けだ。
 苦しまずに殺してあげよう。
 俺は剣で男の首を撫でるように切った。
 苦しみの声ひとつあげることなく、男は沈黙する。
 首の皮が一枚残っているために首が地に落ちることもない。
 初めて人を殺した。
 それも同郷の人間を。
 しかし俺の心に思ったよりも動揺はない。
 不思議なものだ。
 もしかしたら、これも神器の力なのかもしれない。
 神巻きタバコは所有者の能力を増幅する。
 それが精神力にも作用するものだとしたら。
 俺はいったい、どうなってしまったというのか。
 身体能力、魔力、記憶力、運動神経、すべてが人間離れしている。
 そして人を切ってもなんとも思わない。
 それはまさしく人外の化け物ではないか。
 そんなわずかな不安すらも、強化された精神力がすぐに消し去ってしまう。
 握った剣が、リーンと震えた気がする。
 気にすることはない、とでも言ってくれているのか。
 男爵家の家宝の剣だ、ただの剣ではないのかもしれない。
 
「はぁ……」

 こんなときは、酒でも飲むに限る。
 おっさんはそうして日々の不安や悲しみをやり過ごすのだ。
 10代の若者でもあるまいし、青い悩みは飲んで忘れよう。


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