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兎屋亀吉

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71.仁科盛信(松姫視点→主人公視点)

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 目が覚めた私は、絶望しました。
 あの世に行けなかった。
 あのお方とは決して一緒になることのできない最悪の世に生き残ってしまった。
 涙があふれて止まりません。

「姫様!姫様が目を覚ましました!!」

 側で見守っていた側仕えの者がどこかへ走り去っていきます。
 きっと私が目覚めたことを誰ぞに伝えるつもりなのでしょう。
 私は責められるでしょうか。
 この世では自害などは珍しくもないですが、このタイミングでの自害は意味が違ってきます。
 私の心が、織田に向いていると判断されてもおかしくありません。
 いっそ殺してくださればいいのに。
 ドタバタと走って側仕えが戻ってきます。
 一人の足音ではないので誰か連れてきたようですね。
 お医者様でしょうか。
 私は涙を袖で拭い、平静を装います。

「松、入ってもよいか?」

「お兄様でいらっしゃいましたか……どうぞ」

 御簾を上げてお兄様が入ってきます。
 お兄様といっても私には兄がたくさんおります。
 入ってきたのは私の本当のお兄様、武田家の家臣である仁科家の当主となった同母兄です。
 
「松、なぜこんなことをしたんだ」

「ごめんなさい、お兄様。でも、私……」

「織田の嫡男のことが忘れられぬか?」

「はい……ごめんなさい」

「謝ることはない。人の心などは誰のものでもなく自分のもの。誰を好こうが構わんさ。だが、松にはここは居辛かろう。私と一緒に信濃の森城へ行こう。そこでゆるりと心の傷を癒せばよい。別の男を好きになるのもいい、織田の嫡男を想い続けるのでもいい」

「お兄様……」

「とにかく、松の怪我が大したことなくてよかった。これも神仏の御加護かもしれぬな」

 兄の言葉で少し気が楽になった私は、短刀で突いたはずの喉を触ってみます。
 膏薬のようなものが貼ってありますが、その下には傷も痛みも感じません。
 意識が無くなる寸前短刀はかなり深く刺さったと思ったのですが、気のせいだったのでしょうか。
 私はふいに視線を感じ、天井を見上げます。
 一瞬でしたが、何か黒い影のようなものが見えた気がします。
 私は目をこすってもう一度天井を見上げます。
 何もいませんね。
 世の中には不思議なことがあるものです。






 ゴーストの報告によれば、松姫様は今現在移動中らしい。
 松姫様はこれまで躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたという武田家のお屋敷で暮らしていたらしい。
 武田と織田が敵同士になって松姫様の立場は微妙になり、家内ですったもんだしていた。
 そこに今回の自害騒動があって、史実通りお兄さんの仁科盛信さんの住んでいる森城というところにお引越しすることにしたようだ。
 森城は未来で言えば長野県大町市のあたり。
 ほぼ富山だ。
 現在は山梨と長野の県境である南アルプスのふもとあたりを移動中だそうだ。
 ゴーストたちはダンジョン領域の中しか移動できないので、俺は南アルプスをダンジョンに取り込んだ。
 けっこうダンジョンポイントを使ってしまったけれど、南アルプスはダンジョンポイントがそれなりにもらえる土地だったのでなんとか取り返せそうだ。
 ついでに将来突然噴火することになる長野県と岐阜県の県境にある御嶽山にもサブコアを設置してダンジョン領域にしてみた。
 そっちもそこそこポイントが入ってきている。
 やはり火山や断層などの高エネルギー地帯は土地から吸収できるダンジョンポイントが多いようだ。
 エネルギーの取り過ぎで温泉とか出なくなったらごめん、未来の人。
 その代わり火山の噴火や地震も同時に無くなるかもしれないので許してほしい。

「この先に、松姫がおるのだな」

「ええ、俺の手の者(モヤ)が知らせてきました。この先の街道を集団でこちらに向かってきているそうです」

「そうか……」

 俺達は貢物やら色々の箱を大八車に載せて引いてきているので、速度があまり出なかった。
 しかしなんとか先回りしてここに陣取ることができたのだ。
 どこの関所でも税金だとか言って荷物を奪おうとするから往生したが、全て目が眩むほどの金の力でなんとかしてきた。
 あとは姫様を攫いに行くだけなのだが、肝心の勘九郎様は尻込みしているようだ。
 ここは年長者として殿になんとかしてもらおう。

「殿、お願いします」

「3つしか違わんじゃろうが。まあいい。勘九郎様、武田家の奴らに言ってやればいいのですよ。その姫、いらんならワシにくれと」

「そんなことが言えるか!」

「なぜです?」

「なぜって、お主……」

「なんもかんも思う通りに行かん世の中です。好いた女くらいは、嫁にしたいと思って構わんのですよ。武田とか、織田とか、そこには関係ない。お父上が文句を言うのなら、斬って下克上すればいいのですよ。武田が文句を言うのなら、攻め滅ぼしてしまえばいいのですよ。それが侍というものです」

「侍……。そうか。そうだったな。父上なら確かにそうする。もっとも、父上が好きな女のために何かをするところは想像できぬがな」

 信長もそういう可愛げがあればよかったと個人的には思うけど。
 僕帰蝶のこと超好きなんで斉藤と組むわ、みたいな。
 そんな信長だったら仕えたかったかもしれない。
 現実は第六天魔王だけどね。
 勘九郎様は殿の言葉で気合が入ったようで、キリリとしたいつもの顔に戻った。

「よし、お主ら準備はよいか?」

「いつでも」

「一番槍は某にお任せくだされ」

「勝三君、戦じゃないんだから。殺さないでね」

「わかっております」

 勝三君もついに自分のことをそれがしとか言うようになってしまった。
 もう本格的に勝三さんだな。
 股ぐらに化け物を飼っているし。
 
「では、出陣!」

「「「おお!」」」

 馬に乗った殿と勘九郎君、勝三さんは駆け出した。
 俺達もその後を追う。
 なんか青春って感じがしていいね。


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