虎はお好きですか?

兎屋亀吉

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011話 エルフの女の子

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 僕は今、温泉に入っている。

 エグラントの溶岩洞窟があった山が元通りになったので、山の中腹に、森が見渡せる展望温泉を作ったのだ。

 ちなみに山はミルムが尻尾でベシンと1回叩いたら生えてきた。土魔法が得意だと以前言っていたが、まさか山が生えてくるとは思わなかった。

 それで、元に戻った山にエグラントが棲みつけばそこはもう活火山になる。あとは地下水を少しいじれば温泉は簡単に出来上がるのだ。

 そして今、やっと僕の新しい家が完成したので、みんなで温泉に入っているというわけだ。もちろん全員人型に変化へんげして入っている。

 元の姿では大きすぎて入れないし、鱗や毛皮が強靭すぎて、すこし温かい水に入ったところで全然気持ちよくないからだ。

「あぁ~~、この温泉っていうのに人型で入るのはいいな」

 エグラントはおっさんっぽいのに変化した姿は若い兄ちゃんだ。僕が人間を怖がっているのをミルムがこっそり伝えてくれていたみたいで、角と尻尾が生えた竜人のような姿だ。

「私は前に何度か入ったことあるよ。人間は温泉に浸かって怪我なんかを治したりするんだ」

 ミルムも当然人型だけど、大事なところは鱗で覆われている。おそらく前世で人間だったことがある僕への配慮だろう。しかし、だからといってどきどきしないわけではない。

「それで、君は神になってみてどうだ?」

 そうそう、僕はあっさり神になれた。

 温泉が完成して一番風呂をいただいてリラックスしてたら、いきなり身体の中の魔力が膨れ上がって、それで変化へんげが勝手に解けたと思ったら尻尾がもう1本生えてきてたんだよ。

 慌ててミルムに聞いてみたら、それが亜神化だったらしい。

「神だったとき、ひとつだけ持ってた権能がまた使えるようになったよ」

「へえ」

「権能ってどんなのだ?」

 エグラントにも僕が神だったことや、転生している話を全部話してある。最初は驚いていたけど、少し考えて「ま、普通に考えて生まれたばかりの魔物が俺に勝てるわけないわな」と少し自信を取り戻したみたいだった。

「千里眼だよ。まあ千里の彼方までは見えないけどね」

 せいぜい見える範囲はこの森全体くらいだ。それでもこの森はめちゃくちゃ広い。おそらく500キロ四方は軽くあるだろう。十分便利な能力だ。

「あまり戦いには使えそうに無いな」

「面白そうな能力じゃないか」

 エグラントは戦いに使えなさそうだと思ったのかあまり興味がなさそうで、ミルムは逆に少し食いついてきた。

「エグラント、千里眼を舐めているね。これはすごい便利なんだよ。見てて」

 僕は空間収納から昨日作ったばかりの新作の魔道具を取り出す。

 それは魔道具というよりも弾丸のようなものだ。地球でも大口径の銃の弾丸は結構大きいけれど、これはさらに大きい、ちくわくらいの大きさの弾丸だ。

 エグラントもミルムも興味深そうに僕がなにをするのか見ている。

 僕は温泉に浸かってくつろいだまま、千里眼で5キロくらい離れたところを飛んでいる巨大鳥に狙いをつけると、魔法で軽く回転させながら弾丸を撃ち出した。

 弾速は音速の半分も出ていないだろうが問題ない。この弾丸には距離や空気抵抗なんてものは考慮する必要はない。

 僕の手を離れた弾丸はすぐに刻まれた魔法陣の魔法を発動して、光りだす。そして一瞬の後、すでに巨大鳥の脳天はぶち抜かれていた。

 この弾の正体は転移弾だ。この弾のおかげで僕は千里眼の範囲内にいるものすべてを瞬時にゼロ距離でぶち抜くことができる。

 まあここまでならぶっちゃけ僕自身が転移しても結果は変わらないんだけど、この弾がすごいのはここからだ。

 何が起こったのかもわからずに絶命して、あとは地面に落ちるだけという巨大鳥の死体が、突然光ったかと思うと、その死体は僕の隣に転移してきた。

 そう、この弾は転移してぶち抜いた獲物を自動的に僕の元へ転移で飛ばしてくれる画期的な弾なのだ。

 転移してきた巨大鳥の死体を、僕は温泉に浸かったまま空間収納に入れた。

「すごいでしょ。お風呂でくつろぎながら狩りができるんだよ。もう家から出る必要はないね」

 エグラントは純粋に驚いた顔を、ミルムは驚きつつも呆れたような顔をしていた。

「すげぇなそれ。敵を感知もできねえような遠くから、ぼっこぼこにできるじゃねえか」

「またそんな怠けるための魔道具を作って。私は君の将来が心配だよ。放っておいたら君は植物型の魔物になってしまうんじゃないか?」

 一日中動かなくても、根っこから水や養分が吸収できる生活か、悪くないな。

「まんざらでもないみたいな顔をするんじゃない」

「なに怒ってんだよミルム、さっきのあれ、なんだっけ千里眼?あれすっげぇ便利じゃねぇか。何が悪いんだ?」

「エグラント、便利すぎるものというのは、人や魔物を堕落させるんだよ」

 エグラントが自爆して説教の矛先が僕からエグラントに変わったみたいだ。ラッキー。

 ミルムは懇々と、便利すぎる魔道具を作った人間がいかにして堕落していったのかをエグラントに語って聞かせている。

 僕は暇になったので、森でも眺めていよう。

 それにしても、この温泉からの眺めは最高だな。森が一望できるじゃないか。別に景色が悪かろうが内風呂だろうが僕には森が見えるからいいんだけどね。

 ふと森の中で何かが光ったような気がした。

 僕は千里眼で光った辺りを覗いてみる。

 そこでは、金髪碧眼で耳の長い少女が人間たちに囲まれていた。

「エルフだ……」

「なんだ?エルフがどうしたんだ?」

「エルフが森にいたのかい?こんな所にめずらしいね」

 二人は説教するのと説教されるのを中断して僕のほうを向いた。

「なんか人間に囲まれてるみたいだ。助けてあげたいな」

 人間に囲まれて剣を向けられている姿が、僕のトラウマを刺激して人間に対する憎しみがもやもやと燻る。

「君が助けなくてもエルフは人間なんかに負けないんじゃないかい?」

 僕は実は前世も含めてこの世界のエルフに会ったことがない。

 たまたま人間に囲まれているのを見かけて、ピンチだと思ってしまったけど、この世界のエルフは基本的にみんな強いらしく、人間の10人や20人でどうにかなるような存在ではないとミルムは教えてくれた。

 ミルムの言ったとおりエルフの女の子は、見たこともないような不思議な力を使って人間たちを戦闘不能にしていく。

 地面から木がにょきにょき生えてきて人間に絡みつく。背後からの不意打ちもどうやってか感知しているみたいで、地面から生えた木の根が人間の手足を串刺しにしていく。

 しかし、どうやら生やせる木に限界があるようで、残った人間とは直接短剣で戦っている。

 4人対1人の攻防は、やはり4人のほうが優勢だ。僕がやっぱり助けに行こうか迷っている間にもエルフの女の子は追い詰められ、潜んでいた5人目が不意打ちを仕掛けた瞬間、エルフの女の子の身体が木に変わった。

 そして、別の場所ににょきっと生えてきた木がエルフの女の子になった。

 あの子の力は確実に魔法じゃない。自分の身体を変化させるなんて魔法にはできないことだ。ああいう摩訶不思議っぽいのはおそらく呪術だろう。

 僕がエルフの女の子の強さに感心しながら戦いを見ていると、だんだん雲行きが怪しくなってきた。

 エルフの女の子と人間の周りに蛙が集まりだしたのだ。

「あの蛙共、空気読めよ」

 いや、空気を読んで集まってきたのか。ピンチはさらなるピンチを呼ぶのが物語のセオリーだもんね。

「やっぱり僕ちょっと助けに行ってくるよ」

「もう人間は怖くないのかい?」

 ミルムが僕を元気付けようとわざとからかうように聞いてきた。

 僕は肩を竦めてミルムに軽く微笑みかけて立ち上がった。ミルムも笑顔になった。

 僕は温泉から出ると、子虎の姿に変化して、あのエルフの女の子と人間たちの近くに転移で向かった。






 バルマー辺境伯の息子、アドルフ様を助けるために最上級ポーションを調合するべく、そのための素材をエグラントの森に採りに来たまではよかったのですが、森に入った辺りから妙な連中が追跡してきているのに気づきました。

 先を急いでいましたし、森の奥に入ればさすがに追ってはこないだろうと思っていました。

 しかし、予想を裏切ってその連中は森の奥深くまで私の後を追跡してきました。そして私は人間たちに包囲されてしまいました。

 私を囲んでいる男たちを見て私は驚きました。全員1度は顔を見たことがあるようなベテラン冒険者たちだったのです。10人以上いる男たちのほとんどがCランクやBランクなどの高ランク冒険者です。

「これはなんのつもりですか?」

 ベテラン冒険者が人攫いなんかをするとは思えません。誇りを捨ててまで悪事に手を染めても、エルフを売り払った程度の金銭では割りに合わないからです。全員、その程度の金額を稼ぐのは難しくないような腕利きです。

「領主の依頼で最上級ポーションを調合するんだろ?」

「これから作る最上級ポーションをおとなしく差し出せば手荒な真似はしない」

 どうやら私が最上級ポーションを調合できるという情報がどこかから漏れたらしいですね。このことを知っているのはギルドとバルマー辺境伯くらいです。おそらくそのどちらかから漏れたのでしょう。

「お金に目がくらんで誇りを捨てましたか」

「何とでも言え。誇りで飯は食えない」

「あなた方がお金に困っているようには見えませんがね。はっきり言ったらどうです、お金がたくさん欲しいと。お金が欲しくて誇りなんて捨てちゃいました、とね。」

「うるせぇ!お前ら作戦通りだ」

 男たちはリーダー格の男の号令とともに私に攻撃を仕掛けてきます。男たちの持っている剣や短剣には、ぬらぬらした液体が塗ってあります。おそらく麻痺毒かなにかでしょう。

 解毒薬は持っていますが、飲む余裕があるとも思えません。かすりでもしたらアウトですね。

 それ以外にもまずいことはあります。

 まず、人数が多いですね。私の呪術は手数がそれほど多くありません。何人かは直接刃を交えなければいけません。

 幸いにも私の使う森呪術は相手の動きを察知したり、罠に嵌めたりする搦め手が多いので接近戦でも遅れをとるとは思えませんが、相手はとにかく私に攻撃を当てればいいのに対して、私は確実に相手を無力化しないといけません。多人数相手にハンデ戦ですか、厳しいですね。

 そして、ここがエグラントの森の深部だということ。この冒険者たちは、お金に目がくらんで忘れているかもしれませんが、ここは強力な魔物が跋扈する前人未到の魔境です。

 運よくここまで強い魔物には遭いませんでしたが、この状況で強い魔物に遭ったらこの人たちと心中することになります。それはごめんですね。
 
 このまま戦えば剣戟の音で、魔物が集まってくるでしょう。 
 
 Aランク冒険者の私一人でも運が良くて生きて帰るのがやっとだというのに、この人たちはもし私を捕らえられたとして、魔物に囲まれた状況から私を抱えてこの森から生きて帰れるつもりなのでしょうか。

 愚かなこの人たちのことなんて考えている場合ではありませんね。とにかく早く全員倒して、この場から離れたほうがよさそうです。

 多くの男たちは足元から生えた木に絡め捕られたり、手足を貫かれたりして、無力化することができましたが、4人ほど私の木を潜り抜けて私に肉迫してきました。私は腰の短剣を抜いて切り結びます。

 4人は私の注意を自分たちに向けるように動いているように見えました。

 私はなるべく相手の思惑通りに動かないように気をつけましたが、あちらは4人、こちらは1人です。私の動きは4人に封じられているといってもいいでしょう。

 そこへ、潜んでいた5人目が後ろから不意打ちを仕掛けてきます。感知の呪術で、気づいてはいるのですが避けられません。

 私はとっさに1日1回しか使えない変わり身の術を発動させました。私の身体とこれから生えてくる木とが入れ替わります。

 私は、落ちていた短剣を拾って不意打ちを仕掛けた5人目に向かって投擲します。短剣は、足に刺さって男は昏倒します。

「くそ!化け物が!!」

 男たちは今の連携で私を捕らえられると思っていたようで、いきなり木と入れ替わった私を不気味に思っているようでした。
 
 ほとんどの男たちは私の木に絡め捕られて、手足を貫かれて、残っているのはあと4人だけです。
 
 しかし、少し遅すぎたようです。

 今気づきましたが、大量の魔物の気配が私たちを包囲しています。この数は多すぎますね。私の木では完全に足りません。

 大きな紫色の蛙の舌が高速で伸びてきてリーダー格の男のわき腹を貫きました。

「がはっ、ぐっ…」

「バルゼ!くそっ魔物か」

「ポイズントードだ!囲まれてる!?」

「数が多すぎる!」

 私は、この状況を打開するために木で拘束している人たちを解放しました。

「一時停戦です。まずは魔物を狩りましょう」

「あ、ああ」

 男たちは少しの間呆然としていましたが、一応高ランクの冒険者らしくすぐに切り替えて、魔物と戦い始めました。

 私も今は人間たちに構っている状況ではないので全力で魔物を狩っていきます。そして魔物を倒すのに集中しすぎたのがいけなかったのでしょう。私は背後から近づいてくる一人の男に気づくのが遅れてしまいました。

 気づいたときにはもう、麻痺毒の塗られた短剣が私の腕に一筋の傷をつけていたのです。

「な…ぜ?」

「へへへっ、こいつらを倒し終わったら次はお前の番だからな。先に動けなくしておいたほうが後々楽なんだよ」

 私はその場に崩れ落ちます。本当に人間というのは、一時たりとも信用できない種族です。そして愚かですね。

「お、おい!この女がいなくてこいつら倒しきれるのかよ!!」

「逆に、このチャンス意外でこの女を倒せるのかよ」

「だが…」

「とにかく、1匹でも多く蛙を狩るしかねえ」

 そう言って男たちはポイズントードを倒していきます。

 しかし、この数のポイズントード相手では勝ち目はないでしょう。一人また一人と男たちが倒れていきます。

「くそっ、なんでだ!なんでこうなるんだよ!!」

 愚かな最期の言葉を残しながら男たちはどんどん殺されていきます。こうなったのは自分たちの欲望のせいだというのに。

 しかし、なぜだと言いたくなる気持ちも分かります。なぜ私はこうなったのでしょう。本当に外の世界は怖いところでしたね。大人の言うことに従って森に引きこもっていればよかったのでしょうか。

 これが走馬灯というのでしょうか。家族や近所の大人たちに言われた言葉や、故郷の森の情景が頭の中に浮かんでは消えていきます。

 とうとう最期の人間が殺されて、次は私の番のようです。痛みがないように一息で殺してほしいものです。

 わたしは目を瞑って最期のときを待ちました。しかし、なぜかいつになっても蛙の舌は伸びてきません。

 おかしいと思って目を開けてみると、そこには不思議な光景が広がっていました。

 一匹の白い虎の子供がポイズントードを蹂躙していたのです。

 白い虎の子供は身体から雷撃を飛ばしてどんどんポイズントードを無力化していきます。私は、薄暗い森の中で、雷電を身に纏い光を放つ白い子虎が舞う姿に見惚れてしまいました。

 心の底から美しいと思いました。

 やはり、故郷の森を出て外の世界を旅したことは間違いではなかったようです。

 そしてすべてのポイズントードが動かなくなり、白い虎の子は恐る恐るといった感じで私に近づいてきたました。

 そしてその虎は、頭の中に直接響く不思議な声でこう私に問いかけてきたのです。



『あ、あの、ち、血が出てますけど、だ、大丈夫ですか?』


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