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11.ローションソード

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 寒さに負けて、ついにストッキングを自分で履いてしまった。
 一度履いてしまうとこの温かさと滑らかな肌触りには抗うことが難しい。
 父に請われてストッキングを履いたことのある母もこの滑らかさに嵌ってしまったようで、毎日のように履いているのを見かける。
 母の細くて綺麗な脚に黒いストッキングがよく似合っている。
 ストッキングは普通ナイロンやポリウレタンなどの化学繊維でできているために、燃やすと人体にあまり良くなさそうな煙が出る。
 そのため高温焼却施設もないこの世界では処分に困るなどと思っていたのだが、どうやら僕が魔法で生み出したストッキングは自然に帰るらしい。
 母が破れたストッキングを裏庭のゴミ捨て場に捨てているのを見たのだが、次の日くらいにはもう分解されてボロボロになっていた。
 魔力で造られたものだからなのか、自然に帰るのが恐ろしく早い。
 まあそのスピードを上回るスピードで破れたストッキングが捨てられているのだけど。
 なんか僕が母に渡したストッキングがほとんど消費されているような気がする。
 いったい何に使っているのやら。
 最近両親の夜の盛り上がり方が半端ないために何が起こっているのかは大体わかるのだけど。
 コスプレセッ〇スしてんじゃねえよ。
 年齢的にあと一人くらいいけそうだと父と母はよく話しているので、近いうちに弟か妹ができるかもしれない。
 それまでにこの領地の税収が増えて生活が楽になっているといいのだけど。

「はい、そこまで。素振りは今日はここまでにしよう」

「はい」

 僕は振っていた重たい木剣を下す。
 この木剣もなかなかに僕の手に馴染んできた。
 最初は10分も振っていられなかったけれど、今では30分くらいは続けて振ることができるようになった。
 まだまだ僕の身体は出来上がっていないからそれほど激しいトレーニングはさせてもらえないけれど、段々身体つきが筋肉質になっていくのは気分がいい。

「残りの時間はクラウスがこの間言っていたやつの練習をしてみようか」

「わかりました」

 この間言っていたやつというのはローション魔法を使った戦い方のことだ。
 ローション魔法のスキルレベルもあれからいくつか上がった。
 残念ながら新たな能力は付与されていないけれど、ローションをより高度に操ることができるようになってきたのだ。
 なんでもヌルヌルにしてしまうために今まであまり使うことのなかった能力、ローションを自在に操る能力は戦闘時にこそ真の力を発揮する。

「いきます、ローションソード!」

 僕は手の平から生み出した透明のローションを操り、剣の形に押し固める。
 僕が中学から高校までずっとやっていた競技、サーブル。
 フェンシング競技の中でも唯一斬撃ありのルールとなっているこの競技は、北イタリアの決闘用サーベル術が由来らしい。
 僕は一応サーブル競技の選手だったこともあり、一度だけ本物のサーベルを見たことがあった。
 僕の右手には、あのとき刀剣の博覧会で見たサーベルによく似た形の透明な刀剣が握られていた。

「ふーん、そんな感じになるんだ。ちょっとそこの木の枝を切ってみてよ」

「はい」

 僕はローションサーベルを構えようとするが、どうにも柄がヌルヌルして握りにくい。
 仕方なくアームガードの部分を縮めて手を締め付け、柄に固定する。
 これで少しは握りが安定した。
 僕は少し腰を落とし、シエラさんが指さしていた木の枝に向かってローションサーベルを振るった。
 あまり綺麗ではない風切り音がして、サーベルの刃が木の枝に当たる。
 しかし木の枝は完全に切れてはいなかった。
 2センチくらいの太さの枝には3分の1くらいの切れ込みが入っている。
 太い枝だったから鉈などを使うときのようにちゃんと斜めから刃を入れたにも関わらず、完全には切れなかった。
 なぜだろう。

「刃が柔らかいわけではないんだよね?」

「うん、氷みたいに硬いよ。表面はヌルヌルだけど」

 水魔法を使う人もこういうことができるみたいだけど、この状態はいわば冷たくない氷のような状態なのだ。
 そもそも水は別に柔らかい物質というわけではない。
 その証拠に高い場所から水面に飛び込めば大怪我をする。
 つまり流動さえしなければ水というのは非常に硬い物質であると言える。
 高いところからローションに落ちた人がヌルヌルになる以外にどうなってしまうのかは知らないけれど、おそらく水よりも粘度が高いローションのほうが危険なのではなかろうか。
 ならば剣の形に固めれば、木の枝くらいは切れてもいいと思うのだけどね。

「その表面がヌルヌルなのが問題なんじゃないの?」

「うーん、そうかも」

 よく考えたら刀身がヌルヌルって刃物としてどうなんだろうか。
 よく戦国時代の考察で出てくるのは刀は人を斬ると血のりや脂で切れ味が鈍るということだ。
 もしかしなくても僕のローションサーベルは人も斬ってないのに血のりがべったりの状態と同じなのではなかろうか。
 刃物っていうのは刃の先っちょの摩擦力で切るものだから、ローションがその摩擦を邪魔してしまっているのかもしれない。
 僕はもう一度ローションサーベルを木の枝に叩きつけてみる。
 やっぱり、ちょっと刃が滑っている気がする。
 刃物が木の表面に引っかかっているようなあの感覚がない。

「ダメそうです」

「まあ使えないわけじゃあないと思うよ。改良は必要だと思うけどね。いっそのことその剣では切るのを諦めたらいいんじゃないかな。刺突だけならヌルヌルでも問題なく刺さりそうだし。あとは手で直接そのヌルヌルの剣を握るのはあまりお勧めできないかな。手が滑るからね」

「なるほど」

 必殺技の修業みたいで面白くなってきた。


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