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四の段 地獄の花 絆(三)
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「落ちたところから、ともにあがるのじゃ。」
「え?」
「わしは官職を得て、安東さまから離れ、やがて蝦夷島全体を治める。お前が最初は助けてくれる。そこからは、ついて参れ。正しき政事をこの全島に敷く。それでようやく畜生道の底からあがれる。みておれ。」
「……正しき政事、でございますか?」
(新三郎が、おためごかしでなく、そのような志をもっていたとは?)
(こやつの悪い癖か。真面目なはなしを、このようなことを、しながら……)
「あやめ、おぬしたち商人のやっているのは、間違いだ。それを教えてやる。」
「なにが……間違いなので?」
あやめは、ふたたび男の身体の重みをおぼえた。胸乳が押しつぶされた。男が自分の腕を首に回させようとするので、従ってやる。男も掻き抱く手の力をまた強めた。
突き立てられる異物感に反応するが、男がいったん深みに届かせると、痛みのようなものは去った。
しばらくはふたりとも無言で、息ばかりが荒い。新三郎の手は、あやめの肌をくまなく撫でる。唇がいとおしげに動いて、あやめの肌を濡らす。あやめの中にも、戦慄が起きている。
「おぬしらは、日本の者―和人か、その風を、蝦夷地にまで持ち込んだ。米だの、酒だの、鉄鍋だの、……」
「それの、なにが?」
「あろうことか、刀や、鉄砲まで。」
「……。」
「蝦夷どもは苦しんでおる。苦しみのもとは、おぬしら商人が持ち込んだ。商いそのものが、その、苦しみのもとなのだ。」
「商いは、そんなものではございませぬっ!」
それに対する否定の言葉のかわりに、新三郎ははげしく動いた。あやめは反りかえる。
新三郎はそれをみて、あやうく高まりそうになる。あやめの細い鎖骨に唇をあて、耐えた。自分の高ぶりがやや去ると、語りだした。
「儂は知っている。奥州の蝦夷のていたらくを。和人の商いに巻き込まれ、かといって百姓にもなれぬ。和人でも蝦夷でもない、惨めな有様……。」
「あ……?」
蝦夷島からちゃんと蝦夷らしい蝦夷を連れてきてやる、と自分が村上にいったのを、あやめは思い出している。
「放っておけば、蝦夷島の、いまは華やいでいるかのような蝦夷どもも、あのようになる。和人にたちまじっているうちに、必ずそうなってしまう。」
「必ず……?」
「蝦夷は、蝦夷らしく生きるのが一番幸せだったのだ。蝦夷地には蝦夷地の生き方が古来あった。それを守っていけばよかった。それが道というものじゃ。人にはそれぞれの道があり、和人にも蝦夷にもそれぞれの道がある。」
「……みち?」
あやめはこみあげてくる感覚にのみ、注意を向けることにした。伸ばしていた足を持ち上げる。
(新三郎の話を聞きたくない。これを、聞いてはならぬ。淫事にのみ酔え、あやめっ。)
「欲じゃ、欲をもつのが悪い。うまいもの、便利なものを知ってしまった蝦夷は、欲ばかりかきたてられ、道を踏み外そうとしている。そうしたのは、おぬしら商人であろう? 米は食わずともいい。酒も飲まぬがよい。鉄鍋よりまえに器がなかったか? 熊と戦うに、刀や鉄砲は必ず要るのか? 戦の道具を集めて何をしたい?……すべて、おぬしらがもちこんだものじゃ。」
「おやかたさま。アイノは、もとよりみな商人でございませぬか?」
絞り出すような声で問うと、あやめは不意に感覚に襲われて、鋭く叫んだ。そのとたん、あやめの足は、新三郎の腰を固く巻いた。さきほど流れきったかにおもえた汗が、一度は冷えていた肌にまた浮かび、下から新三郎を抱えこむようになったあやめの動きとともに、散った。
新三郎は喜色をあらわにする。
「あやめ、可愛いやつ……」
「お答え、くださいっ」
あやめは首をぶるぶると振った。新三郎はその顔を両手ではさみ、口を吸った。そのまま、さらに重い打ち込みを、と励む。あやめが息を詰まらせて、逃れようと跳ねた。それを抑え込み、顔を離して、答えた。
「おぬしらの目からみて、蝦夷商人は長もちせぬのであろう? むこうみずにもはるか遠くまで行く。あんな蝦夷船で、冬の海にすら漕ぎ出す。だが、あれは命懸けで、ものを運んでいるだけだ。商いとは、ああいうものでもないのじゃろう? だから、おぬしらにやられる。いいようにされる。」
あやめは無言で首を振る。眉間に深く皺が刻まれ、濃い汗が流れ落ちた。堪えていた息が色を帯びて漏れ出る。新三郎の背に回った手の先が折れ曲がり、爪をたててくいこんだ。
「儂は、そんなことを、これ以上は許さぬ。」
新三郎がまた緩やかに動き出すと、あやめは逆に激しい感覚に押し寄せてこられ、のたうちまわるようになった。男はそれを体重で懸命に抑え込む。
(あやめ、快いのか、あやめ。なんと、可愛い。)
「蝦夷には、蝦夷らしい暮らしを与えてやる。商人の恣ままに、蝦夷地を荒らさせぬ。」
あやめは悲鳴をあげた。目があらぬところに泳ぐ。大きく、深く喘ぐしかない。
新三郎はそこであやめの揺れる頭を抑え込み、耳をやわらかく噛んだ。息を吹きいれた。女は小さな呻きをあげて硬直する。
「儂が、商いをすべて束ねる。商いは毒じゃ。毒は誰かが預かり、治めねばならぬ。それができるのは、儂らだけではないか?」
「……。」
「おぬしらの欲にはまかせぬ。蝦夷どもの欲にもまかせぬ。蝦夷商人は、天下の北の端に穴をあけておる。山丹との商いなどといって、いったい、何者を引き入れることになるのか。」
そのとき、あやめがかすれた声をひとつたてた。躰の内側から噴き出るものが、張り詰めきった新三郎の肉にかかるのがわかった。新三郎も余裕が失せる。
「安東様の、天下人の、秀吉の欲にも、まかせんのだ。蝦夷島はわしらのものじゃ。松前の武家が、蝦夷島を、おぬしらを、正しく導いてやるっ。」
う、と低く呟くと、新三郎は自分のことにかかった。あやめはすでに茫然として、揺蕩いのなかにいる。そのあやめに新三郎は放った。あやめは固く目をつぶり、無意識のうちに男の厚い胸にしがみついて、がくがくと躰をゆらした。その様が、新三郎には心に突き刺さるようにいとおしい。
「あやめ……!」
さらに激しくかき抱く。最後の打ち込みのなかで、女の放下した表情をみると、矢も盾もたまらぬという気持ちになった。自らも震えあがりながら、空気を求めて喘ぎ丸まって開いている女の唇に、唇を強く押し当てる。それがあやめには、とどめのとどめになったようだ。
「……」
あやめは絶息するような呻き声をあげた。男の首にまわしていた手が硬直し、やがて力を喪って、ゆっくりとほどけていく。
……
「え?」
「わしは官職を得て、安東さまから離れ、やがて蝦夷島全体を治める。お前が最初は助けてくれる。そこからは、ついて参れ。正しき政事をこの全島に敷く。それでようやく畜生道の底からあがれる。みておれ。」
「……正しき政事、でございますか?」
(新三郎が、おためごかしでなく、そのような志をもっていたとは?)
(こやつの悪い癖か。真面目なはなしを、このようなことを、しながら……)
「あやめ、おぬしたち商人のやっているのは、間違いだ。それを教えてやる。」
「なにが……間違いなので?」
あやめは、ふたたび男の身体の重みをおぼえた。胸乳が押しつぶされた。男が自分の腕を首に回させようとするので、従ってやる。男も掻き抱く手の力をまた強めた。
突き立てられる異物感に反応するが、男がいったん深みに届かせると、痛みのようなものは去った。
しばらくはふたりとも無言で、息ばかりが荒い。新三郎の手は、あやめの肌をくまなく撫でる。唇がいとおしげに動いて、あやめの肌を濡らす。あやめの中にも、戦慄が起きている。
「おぬしらは、日本の者―和人か、その風を、蝦夷地にまで持ち込んだ。米だの、酒だの、鉄鍋だの、……」
「それの、なにが?」
「あろうことか、刀や、鉄砲まで。」
「……。」
「蝦夷どもは苦しんでおる。苦しみのもとは、おぬしら商人が持ち込んだ。商いそのものが、その、苦しみのもとなのだ。」
「商いは、そんなものではございませぬっ!」
それに対する否定の言葉のかわりに、新三郎ははげしく動いた。あやめは反りかえる。
新三郎はそれをみて、あやうく高まりそうになる。あやめの細い鎖骨に唇をあて、耐えた。自分の高ぶりがやや去ると、語りだした。
「儂は知っている。奥州の蝦夷のていたらくを。和人の商いに巻き込まれ、かといって百姓にもなれぬ。和人でも蝦夷でもない、惨めな有様……。」
「あ……?」
蝦夷島からちゃんと蝦夷らしい蝦夷を連れてきてやる、と自分が村上にいったのを、あやめは思い出している。
「放っておけば、蝦夷島の、いまは華やいでいるかのような蝦夷どもも、あのようになる。和人にたちまじっているうちに、必ずそうなってしまう。」
「必ず……?」
「蝦夷は、蝦夷らしく生きるのが一番幸せだったのだ。蝦夷地には蝦夷地の生き方が古来あった。それを守っていけばよかった。それが道というものじゃ。人にはそれぞれの道があり、和人にも蝦夷にもそれぞれの道がある。」
「……みち?」
あやめはこみあげてくる感覚にのみ、注意を向けることにした。伸ばしていた足を持ち上げる。
(新三郎の話を聞きたくない。これを、聞いてはならぬ。淫事にのみ酔え、あやめっ。)
「欲じゃ、欲をもつのが悪い。うまいもの、便利なものを知ってしまった蝦夷は、欲ばかりかきたてられ、道を踏み外そうとしている。そうしたのは、おぬしら商人であろう? 米は食わずともいい。酒も飲まぬがよい。鉄鍋よりまえに器がなかったか? 熊と戦うに、刀や鉄砲は必ず要るのか? 戦の道具を集めて何をしたい?……すべて、おぬしらがもちこんだものじゃ。」
「おやかたさま。アイノは、もとよりみな商人でございませぬか?」
絞り出すような声で問うと、あやめは不意に感覚に襲われて、鋭く叫んだ。そのとたん、あやめの足は、新三郎の腰を固く巻いた。さきほど流れきったかにおもえた汗が、一度は冷えていた肌にまた浮かび、下から新三郎を抱えこむようになったあやめの動きとともに、散った。
新三郎は喜色をあらわにする。
「あやめ、可愛いやつ……」
「お答え、くださいっ」
あやめは首をぶるぶると振った。新三郎はその顔を両手ではさみ、口を吸った。そのまま、さらに重い打ち込みを、と励む。あやめが息を詰まらせて、逃れようと跳ねた。それを抑え込み、顔を離して、答えた。
「おぬしらの目からみて、蝦夷商人は長もちせぬのであろう? むこうみずにもはるか遠くまで行く。あんな蝦夷船で、冬の海にすら漕ぎ出す。だが、あれは命懸けで、ものを運んでいるだけだ。商いとは、ああいうものでもないのじゃろう? だから、おぬしらにやられる。いいようにされる。」
あやめは無言で首を振る。眉間に深く皺が刻まれ、濃い汗が流れ落ちた。堪えていた息が色を帯びて漏れ出る。新三郎の背に回った手の先が折れ曲がり、爪をたててくいこんだ。
「儂は、そんなことを、これ以上は許さぬ。」
新三郎がまた緩やかに動き出すと、あやめは逆に激しい感覚に押し寄せてこられ、のたうちまわるようになった。男はそれを体重で懸命に抑え込む。
(あやめ、快いのか、あやめ。なんと、可愛い。)
「蝦夷には、蝦夷らしい暮らしを与えてやる。商人の恣ままに、蝦夷地を荒らさせぬ。」
あやめは悲鳴をあげた。目があらぬところに泳ぐ。大きく、深く喘ぐしかない。
新三郎はそこであやめの揺れる頭を抑え込み、耳をやわらかく噛んだ。息を吹きいれた。女は小さな呻きをあげて硬直する。
「儂が、商いをすべて束ねる。商いは毒じゃ。毒は誰かが預かり、治めねばならぬ。それができるのは、儂らだけではないか?」
「……。」
「おぬしらの欲にはまかせぬ。蝦夷どもの欲にもまかせぬ。蝦夷商人は、天下の北の端に穴をあけておる。山丹との商いなどといって、いったい、何者を引き入れることになるのか。」
そのとき、あやめがかすれた声をひとつたてた。躰の内側から噴き出るものが、張り詰めきった新三郎の肉にかかるのがわかった。新三郎も余裕が失せる。
「安東様の、天下人の、秀吉の欲にも、まかせんのだ。蝦夷島はわしらのものじゃ。松前の武家が、蝦夷島を、おぬしらを、正しく導いてやるっ。」
う、と低く呟くと、新三郎は自分のことにかかった。あやめはすでに茫然として、揺蕩いのなかにいる。そのあやめに新三郎は放った。あやめは固く目をつぶり、無意識のうちに男の厚い胸にしがみついて、がくがくと躰をゆらした。その様が、新三郎には心に突き刺さるようにいとおしい。
「あやめ……!」
さらに激しくかき抱く。最後の打ち込みのなかで、女の放下した表情をみると、矢も盾もたまらぬという気持ちになった。自らも震えあがりながら、空気を求めて喘ぎ丸まって開いている女の唇に、唇を強く押し当てる。それがあやめには、とどめのとどめになったようだ。
「……」
あやめは絶息するような呻き声をあげた。男の首にまわしていた手が硬直し、やがて力を喪って、ゆっくりとほどけていく。
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