131 / 210
五の段 顔 除霊(一)
しおりを挟む「どのようにしてさしあげれば、よろしいのでしょうか?」
寝衣のまましずかに寄り添ってきたあやめが、細い声で訊いてきたので、新三郎は少し驚いた。
閨であやめがこんなことをいってきた覚えが、今までない。これまでは新三郎が命じ、それに無言で、あるいはあからさまに不承不承に従うばかりであった。でなければ、新三郎が有無をいわせず、襲うように責めたのである。むしろ新三郎はそれを専らとしてきた。もっとも、
(あれ以来、変わった。)
あれ、というのは、裏切らせた手代の与平を殺した夜のことである。新三郎はそう思っている。
(あやめが変わるのも、無理もない。むごたらしい真似をさせたからな。)
とは考えていたが、あんなことのあと、互いに開き直ったような言い争いめいたものや、本音のぶつけ合い(と、新三郎のほうは思っている)があったのも、やはり大きかったのかもしれない。
この前は、あやめの躰を割るのもせず、ただともに臥して他愛もない話をした。疲れていたらしいあやめがいつの間にか寝てしまったのは驚いたし、自分の欲望は充たされぬままなのも不如意ではあったが、あやめが自分の腕の中で安心して眠るというのが、新三郎にはうれしかった。
風邪に長く臥せったあと、本復したと聞かされてつい求めた夜にも、自分の執拗な愛撫を受けるとき、悦びをあきらかに感じていた。反応でそれが手に取るようで、思わず新三郎は病み上がりの者への配慮を忘れかけたが、あやめはもう、それに応えてくれた。なにか懸命な様子が、愛おしくてたまらなかった。
それにしても、床に入ったときから積極的なあやめなど、それからもみたことがない。慮外の態度だ。
「好きなようにせよ。」
というくらいしか、思いつかない。
あやめも少し考えて、新三郎の寝衣をはだけさせ、胸板に唇を寄せてきた。唇をあて、肌を吸う。躰に乗りかかるようにして、懸命に唇を肩へ、また胸へ、上半身から全身へと這わせていく。
新三郎は柔らかく温かいものに肌を撫でられる快感に呻きそうだが、かろうじて耐えた。むずかしい顔をする。
それをあやめは勘違いしてしまう。慌てて、唇を男の猛りだした肉塊に寄せていく。
(やはり、男はこれか。)
何度も強制されて、泣かんばかりだった行為を、男の下半身の高ぶりに丁寧に施していく。口と手を使い、眉根を苦しげに寄せて、励んだ。
上半身を唇で吸われた時から、新三郎はあやめが可愛くてならず、触感以上に幸福感に襲われていたが、あやめが躊躇なくこわばりを含み、奉仕をはじめると、むしろ粘膜や体温の快感とは違うものを感じはじめている。
(こやつ、やはり、気に病んでおるのか。)
憐れみが突き上げてくる。
「あやめ、お前のせいではないのだ。」
「……」
あやめは、いいえ、という風に目の表情をみせたかのようだったが、また瞼をきつく閉じて、行為を続けた。
「畏きところ(宮中)など、何が起こるのかわからぬところだ。」
(こんな真似をさせながら、おれも、あらぬことを口に出してしまった。)
「……どのように曲がって伝わるものやら、儂などにはわからぬし、おぬしらですらそうであった。まずは、それだけのことだ。」
「……」
あやめの舌の動きが強くなった。
「もうよい。」
新三郎は、躰を入れ替え、逆にあやめの叢に顔を寄せる。恥ずかしい、と小さな悲鳴をあげて抗う様子がみえたが、力を入れずとも押さえつけることはできた。顔をその部分に伏せているが、慣れ親しんだ場所に、尖りはじめた両つの乳首があるのを、新三郎の手は知っている。
あやめは躰を開き、新三郎の執着する口の動きに応じた。重い息が漏れる。
「あやめ、どうしてこんなに濡れる?」
新三郎は、別にいたぶるつもりもなく、ふと無心に訊いてしまう。
新三郎などにとってはまだ硬いつぼみのようであった最初の頃から、あやめの水脈はよほどのことがない限り豊かであった。無理矢理にしてしまっていても、女にありがちなように恐怖や嫌悪に乾いてしまうことはほぼなかった。それをからかってやると、本人が打ちひしがれたような表情になった。
かつての嗜虐的な新三郎にとってはそれが何よりも見たいあやめの顔であったが、今ではそういうわけではない。
ただ、ふと口をついて出た言葉だ。
「……!」
ところが、あやめは愕然としたようだった。見上げると、顔色が変わっていたので、新三郎の方が驚く。
「……申し訳ございませぬ。」
ようやくして、言葉が出た。
「謝ることではないわ。」
新三郎は苦笑いして、あやめの躰を割り開く姿勢をとる。
「あっ、よろしいのでございますか?」
「なにがじゃ。」
「……おやかたさまに、あまり、なにもしてさしあげられておりませぬ。」
「これから、せよ。」
いうと、浅く入り、女の表情の変化をしばらく愛でると、一気にあやめの中に突き進んだ。あやめは息をつめ、躰を震わせる。肉の全てが温かく包まれていく感覚と、女のひんやりとした肌がぴたりと吸い付く心地よさに、新三郎はしばし、すべての鬱屈を頭から飛ばせた。
あやめの苦しげな表情を見下ろした。灯火が乏しく、陰影が濃いが、目鼻立ちの秀でた女の顔はその分美しいと思った。眉を寄せて目を閉じ、唇を薄く開いている顔に、見とれるようになる。瞼の下で長いまつ毛が震えているのに、胸が衝かれる思いがする。濡れている唇に食いつかずには済まない。真珠の粒のように覗いて見えていた白い歯を舌でこじ開けて、あやめの舌や口腔のなかも味あわずにいられない。
(おや?)
新三郎は気づいた。あやめの躰の震えが止まらない。快楽に耐えかねる反応ではない。瘧のように大きく震えだした。
「あやめ、どうした?」
あやめは答えられない様子だ。目を見開き、驚愕の表情を凍りつかせたまま、激しく震えるばかりである。
新三郎の肉は深くあやめの中に刺さったままだが、腹から振り落とされるかと思い、驚いた。
「おいっ?」
あやめはがくがくとふるえ、口の端から泡をこぼし、痙攣した。
新三郎はさすがにあやめから肉を離し、起き直って、震えつづける女の躰をなかば抱き起した。震えを抑え込むように肩を抱く。
「どうしたというのだ? おれの声がきこえるか?」
震えは収まりつつあるようだし、顔の血の気が引いているとはいえ、あやめの意識は喪われていないようだ。ただ、驚愕の表情で宙の一点を見つめ、うわ言のように繰り返している。
「そんな、そんな、そんなっ!……そんなことが? いま? ありえない、ありえない……」
(仮病でおれを避けようというのではない。それはわかる。)
今までもあやめは体調を偽って逃げたことなどなく、先ほどの様子や肉が重なる直前の躰の反応から見ても、そんなことは考えられぬのであった。
(では、なんだこれは?)
「おやかたさま……申し訳ござりませぬ。手前は、きっと、……できませぬ。」
「なぜわかる?」
「……躰が、震えだすと、とまりませぬ。」
(なぜ新三郎との間で、これが起きる?)
あやめは衝撃を受けている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~
古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」
天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた――
信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。
清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。
母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。
自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。
友と呼べる存在との出会い。
己だけが見える、祖父・信長の亡霊。
名すらも奪われた絶望。
そして太閤秀吉の死去。
日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。
織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。
関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」
福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。
「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。
血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。
※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。
※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる